
(20)
「1週間ほどで戻ると、鬼鮫はそう言っていたんだな?」
10日が過ぎても、鬼鮫は戻らなかった。
幾分か苛立たしげに言うイタチを宥めようと、サスケはイタチの手に自分のそれを重ねた。
「何かにちょっと時間がかかってるだけじゃないか?心配する事なんか、何もないぜ」
「…だが__」
「あの人は、必ず帰って来る。あんたが待ってるって、判ってるんだから…な」
イタチは間近にサスケを見つめた。
「…お前は鬼鮫に反感を持っているのだと思っていたが…」
「そりゃ…最初は、な。何ていっても、恋敵なんだし……」
初めサスケは、鬼鮫の全てが気に喰わなかった。
イタチが鬼鮫を側におきたがるのも、鬼鮫の存在そのものも。
だが鬼鮫のイタチに対する愛の深さを知ってからは、反感は奇妙な共感へと変わった。
だからと言って、嫉妬がなくなった訳では無いが。
「あの人はオレに、色々な話をしてくれた。7年の間、あの人が見てきたあんたの事を」
「……俺の、事を?」
サスケは頷いた。
「例えば__あんたが大蛇丸と戦って、山一つを破壊した話とか」
「…破壊は大袈裟だな」
軽く笑って、イタチは言った。
「確かに『天照』を使ったから森は全焼したし、大蛇丸の土遁のせいで大分、地形も変わったが…」
「あんたが大蛇丸と戦って、勝っていただなんて……」
「勝ったとは言えないな…。あの時は俺もチャクラ切れを起こして、危ない状況だった」
もし、と、イタチは続けた。
「あの時、側に鬼鮫がいてくれなかったら、俺はあそこまで戦う事は出来なかっただろう。その一方で、大蛇丸のパートナーだったサソリは早々と安全な場所に逃げていた」
「……鬼鮫さんの事、信頼してるんだな」
サスケの言葉に、「ああ」とイタチは頷いた。
「鬼鮫さんとは、その頃から……?」
イタチはサスケを見、それから首を横に振った。
「パートナーとしては、信頼していた。だが…深い仲になったのは、去年の秋くらいだ」
それが自分がイタチと再会したほんの数ヶ月前の事だったと知って、サスケは複雑な気持ちになった。
もう少し早く自分がイタチと会っていれば、鬼鮫とイタチは恋仲にはなっていなかったかも知れない。
だが記憶操作されていた自分がイタチへの愛を思い出したのは鬼鮫との情事を見てしまった事がきっかけなのだから、鬼鮫の存在がなかったら、今でも自分はイタチを恨んでいたのだろう。
イタチが隠していた一族殲滅の真実を教えてくれたのも鬼鮫だ。
鬼鮫の立場から見たら自分は全くの邪魔者なのに、悪意ある態度を示すどころか、鬼鮫にとって不利になる事まで話してくれた。
そしてその全ては、イタチの為だ。
「あんたが鬼鮫さんを信頼する気持ち…判るぜ」
サスケの言葉に、イタチは何も言わなかった。
「__帰って来たみたいだ」
幽かな物音に、サスケは言った。
サスケが厨に行くと、鬼鮫は戸棚を開けて食料などをチェックしていた。
「遅かったな。兄貴が心配してた」
「済みません。トラップ解除に時間がかかりまして…」
「トラップ?」と、鸚鵡返しにサスケは聞いた。そして怪我はなかったのかと問う。
鬼鮫は苦笑した。
「お恥ずかしい話ですが、毒を塗った千本にひっかリまして、2日ほど動けませんでしたよ」
今はもう、すっかり毒も抜けましたがと、鬼鮫は続けた。
サスケは幽かに眉を顰めた。
「あんたがトラップにひっかかるなんて、らしくないな」
三人で一緒に暮らすようになった初めの頃、サスケと鬼鮫は空き時間にそれぞれ一人で修行していた。が、和解してからは一緒に修行するようになった。
修行なので本気でやりあう事はないが、それでも互いの実力の程度は測れる。
「……多分、余計な事を考えていたせいでしょうね…」
幾分か自嘲気味に哂ってから、鬼鮫は改めて口を開いた。
「それより、戻って来る時に私も感じましたよ。誰かに見られてるような、『厭な感じ』を」
「__それじゃ…」
鬼鮫は頷いた。
「出来るだけ早く、ここを出ましょう」
一週間後。
「取り逃がした…ですって?」
事態を報告したカブトは、大蛇丸の殺気に背筋を冷たい汗が流れ落ちるのを感じた。
サスケが出奔してから、大蛇丸はずっと不機嫌だ。
「お前が見張っておきながら、一体どういう事なの?」
「逃げたのは僕が見張っていた時ではありませんよ。それに、二重の囮を用意した上に、土遁で退路を確保したようですから__」
「言い訳は、聞きたくないわ」
だから早めに確保しておけば良かったのだとカブトは思ったが、口には出さなかった。
「…既に手の者に命じて行方を捜させています。それに、臨月までにはまだ間がありますし__」
「のんびり構えているうちに、暁に先に取られたらどうするのよ」
「……ですから早めに確保しましょうと、あの時、申し上げたんです」
空気が冷えるような殺気を、カブトは感じた。
こめかみを伝って、冷たい汗が流れ落ちる。
「……判ったわよ。次に見つけたら、即座に確保する」
殺気を収めた大蛇丸に、カブトは内心で安堵の溜息を吐いた。
大蛇丸はテーブルの上に片肘をついて頬を支え、斜めにカブトを見上げた。
「それにしてもお前のその不遜な態度、誰に似たのかしら…。私が拾ってあげた頃にはもっと__」
途中で、大蛇丸は言葉を切った。
そして、哂う。
「考えてみたら、お前が素直だった事なんて一度も無いわね」
「……恐れ入ります」
「ともかく、次の失敗は赦されない__良いわね?」
カブトは黙ったまま、深く一礼した。
三人が新しい隠れ家に移って、三週間が過ぎた。
7ヶ月目に入ったイタチの腹は大分大きくなり動くのもだるそうで、むくみや静脈瘤などの症状が見られるようになった。
その上、季節は梅雨に入り、蒸し暑さのせいかイタチの体調は再び悪化した。
「医者に診せられないのは、やはり心配ですね…」
鬼鮫の言葉に、サスケは頷いた。
「赤ん坊の方は元気に動いてるから大丈夫だと思うが、兄貴が…」
「やはり医者を連れてきませんか?私では無理ですが、アナタなら幻術で医者の記憶操作するくらいは簡単でしょう?」
「…確かに写輪眼があればそれなりの幻術は使えるが、記憶操作となると…」
一時的な記憶操作ならばそう、難しくは無い。
だが、その効果を永続的に持続させるのは、写輪眼をもってしても困難だ。
イタチのサスケに対する記憶操作が何年もの間、効力を失わなかったのは、それが万華鏡写輪眼による術だったからだ。
「ならば診察の後、医者は始末しましょう。止むを得ませんよ」
鬼鮫の言葉に、サスケはすぐには同意できなかった。
木の葉では上忍まで勤めたので、無論、人を殺めた経験はある。
だが相手も同じ忍で、一般人を手に掛けた事はない。
大蛇丸の元にいた時も似たようなものだった。
「任務」という名目があれば、きっと割り切れていただろう。
だが自分の記憶操作術が未熟である為に何の罪も無い医師を手に掛けるのは、気が進まない。
だから今までイタチの体調が悪くてもずっと医者には診せずにおいたのだが、そのせいでイタチの身にもしもの事があったらと思うと、決意せざるを得ない。
「…兄貴に話して、明日にでもオレが医者を連れに里に降りる」
「何なら私が行きましょうか?連れて来るまでは、こちらが変化していれば良いだけですし」
いや、と、サスケは首を横に振った。
「普通の街道を通るのは危険だし、獣道を使うとなると、やはり不審を抱かせないように幻術を使う必要がある。それに、この隠れ家を確保したのはアンタだからな。今度は、オレがやる」
「…判りました」
サスケが医者を連れて来ると言った時、イタチは難色を示した。
幻術をかけ、両性具有である事は気づかれないようにするし、その後も記憶操作で全てを忘れさせるから大丈夫だとサスケが説得して、ようやく首を縦に振った。
一度は回復した体調がまた悪化した事で、サスケや鬼鮫以上にイタチも不安だったのだ。
「明日、里に降りて医者を連れてくる。それから、プレゼントも買ってくるぜ」
「…プレゼント?」
「もうすぐ、誕生日だろう?」
サスケの言葉に、イタチは幽かに微笑んだ。
「それならば、この前、麝香連理草の鉢植えを貰った」
「あんなんじゃ贈り物のうちにも入らないぜ。なあ…何が欲しい?」
7年前、自分が贈った首飾りに軽く触れ、サスケは訊いた。
「…金で購(あがな)えるようなものは、何も欲しくない」
ただ、とイタチは続けた。
「この子が無事に生まれてくる事だけが、今の俺の望みだ」
言って、自分の腹に触れたイタチの手に、サスケは自らの手を重ねた。
「その望みは、オレも同じだ…」
「母上も…俺たちが生まれる前に、同じ事を望んでいたのだろうか。それに…父上も」
イタチの言葉に、一族殲滅の日の光景がサスケの脳裏に蘇った。
そしてそれは、イタチも同じだった。
「自分の両親を手に掛けた俺に、人の子の親になる資格が、本当にあるのだろうか……」
「毒を盛ったのはオレだ。あんたが手をださなくても、二人とも死んでた」
「だが…俺は自分の両親を斬った。それは、事実だ」
サスケはイタチの腹に手を置いたまま、もう一方の手で肩を抱き寄せた。
「確かなのは…この子には、何の罪も無いって事だ。何があっても……必ず幸せにする」
何も言わず黙って眼を閉じたイタチに、サスケは軽く口づけた。
翌日、サスケが出かけた後、鬼鮫はいつものように薪割りをしていた。
前の山寺とは違い、ここには井戸があるので水汲みは楽だ。暑くなり始めているので、食料を井戸で冷やしておけるのも助かる。
「……!」
幽かな、だが強大で邪悪な気配に、鬼鮫は身構えた。
「干柿鬼鮫……久しぶりね」
冷たい笑みを浮かべてそこに立っていたのは、大蛇丸だった。
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