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(18)


翌日、イタチは少し熱っぽいと言って朝食を食べなかった。サスケは前日の情交の影響かと心配したが、単なる風邪のようだ。
「これだったら飲めそうか?」
朝食に手をつけなかったイタチに、サスケは葛湯を作って持って行った。
「…懐かしいな。風邪をひくとよく母上が作ってくれた」
「ああ…。オレは風邪をひいてなくても、一緒に飲んでた」
軽く笑って、サスケは言った。そして、イタチが葛湯を飲む姿を見守る。
甘いものが苦手なサスケには葛湯などとても美味しいとは思えなかったが、幼い頃には何でも兄の真似をしたかったので、葛湯も自分の分まで作ってもらっていた。

------サスケは本当にお兄ちゃんが好きなのね

そう言って優しく笑うミコトの姿が脳裏に浮かぶ。
二人ともまだ十歳にもならない頃の、古い記憶だ。
「……!」
不意に一族殲滅の日の記憶が蘇り、こめかみに鈍い痛みが走った。
「…どうかしたか?」
「__何でもない……」
サスケは痛みをこらえて笑って言うと、表情を見られないようにイタチの斜め後ろに座り、腕を回して軽く抱きしめた。
「…母上は薬草や生薬に詳しかったからな。俺の身体の事を知ってからは、色々と薬を調合してくれた」
「薬って…?」
「…月のものの痛みを和らげる薬とか…」

そんな事があったとはサスケは知らなかったし、想像もつかなかった。
イタチが両性具有だと知ったのはサスケが11の時で、基本的な知識はあったが想像が及ばなかったのだ。

「母上は過剰なくらい心配してくれていたが…あの頃の俺には、それがむしろ煩わしかった。色々な意味で特別扱いされる事に、うんざりしていた……」
「…兄貴はアカデミーに入った頃からずっと特別扱いだったよな。天才だし、うちは一族の代表を継ぐべき嫡男だからって」
治まらない頭痛に苛まされながら、サスケは言った。
イタチは幽かに溜息を吐いた。
「俺は……お前が羨ましかった…」
「__オレが…?」
意外に思い、サスケは聞き返した。
「…お前は俺を越えるという目標を持っていたし、警務部隊に入隊して里の治安を護るという夢もあった。俺の生き方は俺自身の意思ではなく、一族の会合で決められようとしていた。どうすればよりうちは一族に有利になるか__それだけだった」

------うちは一族の繁栄の為には、最良の方法だ
------潜入任務だと思えば、やれぬ筈が無い

もう一度こめかみが鈍く痛み、サスケは眉を顰めた。
痛みと同時に、おぼろげな記憶が蘇る。
「俺がこんな身体でなかったとしても、大して変わらなかっただろうな……」

------兄さんを、売る気か……!?

ざわりと、背筋が寒くなるのをサスケは感じた。
脳をかき回されるような激しい頭痛がし、吐き気がこみ上げる。

------危険な暗部任務などに就いているより、本人も幸せだろう
------一族の代表はお前が継げ。そして、イタチの事は忘れろ

「……サスケ?」
黙り込んでしまったサスケの名を、イタチは呼んだ。
「あ…あ、悪い。薪の残りが少なかったなとか、考えてて……」
無理に笑顔を作り、裏で薪割りをしてるから、何かあったら呼んでくれと言って、サスケはイタチの部屋を出た。
洗面所に駆け込み、サスケは吐いた。
激しい頭痛と胃のむかつき、何より部分的に蘇った記憶に吐き気が止まらない。
うちは一族は、イタチを大名の世継ぎの側室に差し出そうとしていた。
それが、サスケが一族を滅ぼした理由だった。

イタチがまだ中忍だった頃、大名の護衛任務に就いた事があった。その時、世継ぎ__その頃は部屋棲みだったが__に見初められたらしい。
世継ぎはイタチを小姓に召し上げたいと、火影に申し入れたのだ。
三代目火影は将来を嘱望される優秀な忍を差し出す訳には行かないと断り、その頃まだ部屋棲みでしかなかった世継ぎは一旦、諦めた。
だが大名の嫡男が病気で夭折し、部屋棲みから次期大名へと『出世』した世継ぎは、もう一度、イタチを召し上げたいと申し入れた。
何度も断られては面子が立たないため、この時は火影ではなく、うちは一族に直接、申し込んだのだ。
そして代償として、相当な額を支払うとも。
その頃にはイタチが両性具有である事は、一族の皆が知っていた。
そして差し出すなら、小姓よりも子供を産みうる側室の方が遥かに有利だ。
現に世継ぎの母も側室で、低い身分の者の娘であったが、自分の産んだ子が世継ぎになった為に城を与えられ、その一族は城中の要職に取り立てられている。
イタチが世継ぎの側室となれば、うちは一族の里での地位が揺ぎ無いものになるのは確かだった。
それでイタチは男として育ったが実は女なのだと密かに伝えると、世継ぎは非常に喜び、しかるべき身分の者の養女とした上で側室に迎えようとまで申し入れて来た。相応の後ろ盾がいれば、城中に入っても肩身の狭い思いをしないで済むとの配慮だ。
そして無論、うちは一族に対してもそれ相応の見返りはすると、世継ぎは約束した。
ここまでの申し出を断る理由は無い__そう、一族の長老たちは考えた。
手術をして、普通の女と殆ど変わらない身体にしてイタチを世継ぎの側室に差し出す計画が、本人の知らぬところで本人の意思を無視して進められていた。

------万華鏡写輪眼を持つほどの優秀な忍を、大名の馬鹿息子なんかに売るのか?
------いかに優秀でも、異常な遺伝子で一族の血を穢す訳にはゆかぬ

サスケの非難に、長老は冷ややかに答えた。
サスケは愕然とした。
今までイタチの忍としての優れた能力を一族の為に利用しておきながら、それより有利な利用法が見つかると身売りまがいの事をさせ、それを恥とも思わない。
世継ぎの好色と悪所通いは子供でも知っているほど悪名高かったので、なおさらサスケの憤りは募った。
何よりサスケが驚き、そして憤ったのは、こんな計画が進められているというのに、フガクもミコトもそれを止めもせず、何も言わない事だった。
宗家が絶対的な権力を持つ日向一族とは対照的に、うちは一族では一族の重要な事はすべて会合で決められる。当主を単に『代表』と呼ぶのもその為だ。
だからフガクとミコトが反対しただけでは決定を覆せるとは限らなかったが、それでも何も言わずにいる両親の姿に、サスケは絶望した。
すぐにイタチに知らせて二人で里を抜けようと思ったが、イタチと引き離されている上に二人とも監視されているので、会うのはとても無理だった。
イタチを救う為には一族を滅ぼすしかない__そう、サスケは決意した。
サスケの預けられている長老の家は薬師でもあったので、毒薬は簡単に手に入った。イタチと接触さえしなければ、あとの行動は自由だったのだ。
定期的に開かれる会合には忍を引退した者も含めて下忍以上の全員が出席する__もうずっと会合に出席する事を拒絶しているイタチを除いては。
そしてサスケより年下の子供はおらず、全員が会合の出席対象だった。
それだけ条件が揃っているのだから、一族を滅ぼすのは容易だった。
その、筈だった。
だが、サスケは自分の両親に止めを刺す事が出来なかった。
悶え苦しみ、助けを求める者たちの姿が脳裏に蘇り、吐き気がこみ上げる。

「__あの時……泣いていた……」
任務を終え、戻って来たイタチは、サスケが何をしたのか知ると、哀しげに眉を顰めた。
その蒼褪めた頬に一筋の涙が流れ落ちたのを、今でもはっきりと覚えている。それだけは、記憶操作されても忘れなかった。
ただ、真実を知るまではそれを記憶違いだと思っていたのだ。平然と一族を滅ぼしたイタチが、涙など流した筈が無い…と。
堰を切ったように次々と蘇る記憶に、サスケの身体は震えた。

------どうして止めてくれなかったの?一族の為なら、兄さんを売っても平気なのか!?
------断りには行った…一族の者には話さずに。だが……

咳き込んで血を吐き、フガクは続けた。

------世継ぎは激怒して、手に入れられぬのであれば、火影に命じてイタチを殺させる…と。所詮、忍は忍…。権力には、逆らえん……

サスケは、その場に崩れるように座り込んだ。
そして、両手で顔を覆った。






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