
(16)
鬼鮫とサスケは手分けして新しい隠れ家を探していたが、なかなか良い場所を見つけられずにいた。
抜け忍が一時的に身を隠すだけなら充分な小屋などは幾らでもあるが、いつまた体調を崩すか判らないイタチを住まわせるには不向きだった。
「実は…別の問題もあるんですよね」
「別の問題?」
聞き返したサスケに、「金です」と、鬼鮫は答えた。
「そう言えば……今までどうしてたんだ?」
「暁から受け取っていた資金に多少の余裕がありましたからね。その蓄えを持って来ていたんです」
「そうか……」
木の葉を出た後ずっと大蛇丸の元にいたサスケは、勿論金の持ち合わせなど無いし、そんな事は考えもしなかった。
「で…どうするんだ?」
「サスケさんは心配しなくても、私が何とか調達しますよ」
「…追い剥ぎでもする気か?」
鬼鮫は否定も肯定もせず、ただ軽く肩を竦めた。
「追い剥ぎで思い出したが…ここから山を一つ越えた所に夜盗の根城らしきものがあるのを見た事がある。兄貴を探してる時だったから、それ以上、詳しくも調べなかったが」
「上手くいけば、金と隠れ家の両方が手に入りますね」
夜盗なぞ殺してしまえば良いし、と、鬼鮫は付け加えた。
「そうだな…」
生返事をしながら、サスケはイタチが子供を里で育てることに拘っていた事を思い出した。
今まで生活費の事など考えもしなかったが、ずっと抜け忍のまま暮らすのであれば、いずれは夜盗の真似事をするようになってしまうのだろうかと、サスケは思った。
そんな環境で子供を育てたくないと、イタチが思うのは当然だ。
だが木の葉に帰るのならば、自分ではなくイタチが帰るべきだとサスケは思った。
一族を滅ぼしたのは自分なのだから、これ以上、イタチに汚名を着せたままではいたくない。
だが里の者達がイタチの無実を信じるかどうかは判らないし、何よりイタチから離れるのは考えるだけで耐えられない。
イタチと離れるくらいなら自給自足の貧しい生活に耐える方がマシだし、イタチが嫌がらないのであれば、夜盗の真似事をしても構わない。
暁や大蛇丸がどうやって資金を調達していたのかは判らないが、いずれにしろ真っ当な方法では無かっただろう。
それを思えばたとえ夜盗に身をやつしても、イタチは理解してくれる筈だと、サスケは思った。
里の治安を護る警務部隊の長である父親を誇りに思い憧れていた頃の自分を思い出し、サスケは苦く哂った。
「奇麗事を言ってたんじゃ…生きていけないからな」
独り言のように呟いたサスケに、今までそれに気付いていなかったのかと、鬼鮫は思った。
里を抜けてすぐに大蛇丸に拾われたのだから、生活費の事など考えもしなかったのだろう。
金に関してはイタチも無頓着なところがあって、やはり『育ちが良い』のだと、過去に何度か思った事がある。
新しい隠れ家を探すのに粗末な小屋が不向きだと思うのは、それが理由のひとつだ。
抜け忍としては甘いと言わざるを得ないが、藁を敷いただけの土間にイタチを住まわせる気は、やはり無い。
「場所を教えてくれたら、私が行って来ますよ」
「嫌…アンタにばかり手を汚させたくは無い。場所も正確に覚えている訳じゃないし、オレが行く」
鬼鮫は黙ってサスケを見遣った。
イタチとサスケは名門の出であるからまた特別なのかも知れないが、木の葉の忍は霧隠れや他の里の忍とは考え方が違うようだ。
霧隠れの忍は自分たちが汚れ仕事をする『道具』であると割り切り、報酬の為に任務をこなしている。
が、木の葉の忍は任務は里を護る為の行いであると考え、自分たちが忍である事に誇りすら抱いているらしいのだ。
イタチと出会ったばかりの頃、イタチが無用な殺生を好まないのを知って驚いた事がある。
己の一族を『滅ぼした』くらいなのだし、暗部分隊長という経歴からしても殺戮を好むタイプだと思っていたのだ。
だがそれは誤解だった。
イタチは多くを語らなかったが、長く一緒にいる内にはその内面を垣間見る機会もあった。パートナーとしての信頼関係が築かれるようになると、イタチは少しずつ心を開いた。
木の葉と霧隠れの考え方の違いを知り、自分がいたのがどんな環境であったのか知ったのも、その頃だ。
霧隠れでは強い忍を育てる為にはどんな非情な手段も厭わなかった。
孤児たちに食料を争わせたり、アカデミーの卒業試験で殺し合いをさせるのもその為だ。
だが霧隠れの忍たちも木の葉の忍と同じ、人間だ。
それを棄てる事を求められるが、感情がある。
初めは甘いとしか思わなかった木の葉の里が何故、多くの優秀な忍を輩出し栄えているのか、イタチとの付き合いの中で理解したように、鬼鮫は思った。
夜盗を殺して金品を奪う事を「手を汚す」事だと考えるサスケは、忍としてはかなり甘いのだろう。
だがその『甘さ』は、人として失ってはならないものなのかも知れない。
「…やはり、私が行きますよ」
口元に哂いを浮かべ、鬼鮫は言った。
「たまには鮫肌に生き血を吸わせてやらないと、鈍ってしまいますからね…」
忍としての誇りなど持ち合わせていないし里を護ろうなどと考えた事も無い。
だが今、サスケの『甘さ』を失わせたくはないと思う。
イタチも、きっと同じ想いでいる筈だ。
「…そうか。だったら……場所を教える」
言ったサスケに、鬼鮫は軽く笑った。
翌日、鬼鮫は「1週間くらいで戻ります」と言って山寺を出て行った。
夜盗の略奪品は現金以外が多いので、それをどこかで換金しなければならない。
目立たずに宝石などを換金するには場所を変えながら少しずつ小出しにするしかなく、どうしても時間がかかるからだ。
イタチにはただ、新しい隠れ家を探しに行っているのだとだけ話した。
「何を見てるんだ?」
飲み物の盆をサスケが持って行くと、イタチは縁側に座って中庭を眺めていた。
今までずっと寝たきりだった事を思えば大分回復したようだと、サスケは嬉しく思った。
「黄色い花と、白い蝶だ」
「ああ…タンポポか。もう初夏なのにタンポポが咲いてるなんて、やっぱりここは里より涼しいんだな」
盆を傍らに置いて、サスケはイタチの隣に腰を降ろした。
中庭は大分荒れていて手入れもされていない。人が住んでいると気づかせない為にわざと放ってあるのだが、それでもあちこちに野生の花が咲き、わずかな彩を添えている。
「あの白い蝶って、モンシロチョウかな」
「……さあ」
「さあって…昔はよく教えてくれたじゃないか。花の名前とかも」
幼かった頃を思い出し、サスケは微笑った。
イタチも、幽かに笑う。
「よく覚えているな…。二人で修行に行くと言っては、野原で遊んでた頃の話だろう?」
「ああ。兄貴がアカデミーに入学して、たった一年で卒業してしまう前の話だ」
イタチの忍としての才能はアカデミー入学前から顕著だったが、サスケはまだそれを知らずにいた。
自分がアカデミーに入学した年に、前の年に入学したばかりだったイタチが主席で卒業した時に、漸く兄と自分との差に気づいたのだ。
「あんたはオレの誇りで、憧れだった」
イタチの身体に腕を回して抱きしめ、サスケは言った。
「だから近づきたかったけど…修行すればする程、あんたが遠く感じられた」
だがまさか『伝説の三忍』の一人を凌ぐ程の実力だとは思っていなかった。
それに今は抱きしめても華奢に感じるくらいの身体だし、何の術も使えない。鬼鮫の話を疑うわけでは無いが、本当にイタチが大蛇丸と戦って勝ったなど、とても信じられない。
「…俺が下忍になってからは、お前はいつも遅くまで一人で修行して、母上を心配させていたな」
「頑張れば、すぐに追いつけると思ってたんだ。兄貴は子供の頃、身体が弱かったし…」
7歳でアカデミーを卒業したイタチが10歳まで中忍昇格試験を受けなかったのは、身体が余り丈夫ではなかったせいだ。
よく風邪をひき、熱を出して寝込んでいた。
10歳くらいになると体調も整ったので試験を受けた。中忍昇格後はめきめきと実力を発揮し、わずか半年後には暗部に招聘されるに至った。
「…俺が寝ていると、お前は必ず見舞いに来てくれたな」
「そりゃ、心配だったから…」
「俺に追いつきたかったのなら、俺が寝ている間に修行した方が良いと思わなかったのか?」
イタチに問われ、サスケは口篭った。
記憶操作のせいなのかどうかはっきりしないが、幼い頃の記憶はあまり残っていない。
「オレはただ…あんたと一緒にいたかった。昔の事は余りよく覚えていないけど、あんたの髪をとかすのは好きだったな」
「そうだったな…。いつだったかその姿を父上に見られて、女の子のままごと遊びのようだと呆れられた」
サスケはイタチの髪に指を絡め、口づけた。
体調が悪くなってからはずっと伏せっているので、髪はいつも下ろしたままだ。
「綺麗な髪だな……。昔から、綺麗だった」
イタチは黙ったまま、サスケの為すに任せる。
サスケはもう一度、イタチを抱きしめ、だいぶ大きくなってきた腹を撫でた。
「男の子か女の子か判らないけど、あんたに似た美人だと良いな」
「…どちらに似ても同じような顔立ちだろう?」
「顔立ちは似てるけど、でも…あんたの方がずっと美人だ」
イタチは、軽く笑った。
そして木の葉にいた頃の事を思い起こした__サスケと、初めて口づけを交わした時の事を。
幼く初心(うぶ)な恋だったが、軽く唇が触れるだけで気持ちが昂ぶったのを、今でも覚えている。
「なあ…名前とか、考えてるか?」
イタチの腹を撫でながら、サスケは訊いた。
「気が早いな…。まだ男か女かも判らないし、何ヶ月も先の話なのに」
「だからさ…どっちが生まれても良いように、いくつかずつ候補を考えておくんだ…」
言いながら、サスケはイタチの首筋に唇を這わせ、軽い口づけを繰り返した。
「でもなかなか…良い名前って思い浮かばない」
「…そうだな…」
サスケは服の上から、イタチの肩の線をなぞった。
鎖骨に沿って指を這わせ、それから寝着の下に指を忍ばせる。
唇を重ね、軽い口づけを繰り返してからゆっくりと舌を入れ、イタチが応えるのを確かめてから、指を下へと蠢かした。
「__!……」
不意に突き放され、サスケはやや驚いて相手を見た。
このところずっと体調も良いし鬼鮫は何日も戻らない。
拒絶される理由など、何もないと思っていた。
「……済まない。でも、安定期に入っていれば、無茶さえしなければ大丈夫だって本にも書いてあったし……」
サスケは言ったが、イタチは眼を伏せただけだった。
「勿論、あんたが厭だったら無理には……」
言いながら、酷く惨めな気持ちになるのを、サスケは感じていた。
イタチが自分を想ってくれているのは、鬼鮫の話でよく判った。
だがそれは兄としての情に過ぎないのではないかと、思う時がある。
もしもそうであるならば、半年前に自分のした事は、陵辱でしか無い。
だからサスケはイタチの気持ちを確かめたかった。表面だけの言葉ではなく、それよりももっと深く確かな方法で。
そして__その結果が、これだ。
「……悪かった……」
言って、サスケは席を立った。
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