(15)


六ヶ月に入るとイタチのつわりも漸く収まり、体調も落ち着くようになった。
その一方、サスケは毎夜のように悪夢に魘されていた。
夢の中では、一族殲滅の場面がおぞましいばかりの現実感をもって繰り返された。かつて見ていた悪夢では一族を滅ぼしたのはイタチだったが、今はその殺戮者はサスケ自身だ。
鬼鮫から話を聞いてうちは一族に対する憤りは感じたものの、自分が両親も含めた全員を殺した理由までは思い出せず、それだけに罪悪感が募る。
何より、自分のした事のせいで将来を嘱望される優秀な忍だったイタチが汚名を着て里を出なければならなかったのが辛い。
「昨夜も眠れなかったんですか?」
サスケが厨に行くと、自分とイタチの朝食の後片付けをしている鬼鮫が聞いた。
「あ…あ__嫌、夢見が悪かっただけだから、眠ってない訳じゃ無い」
それより、兄貴は?とサスケは訊いた。
「大分、良いみたいですね。今朝も残さず食べてくれましたよ。まあ、量は大分少なめにしてありますが」
「兄貴の体調が落ち着いている内に、別の場所に移動した方が良くないか?」
「そうですね…他に良い隠れ家があれば」

暁にいた頃、イタチと鬼鮫は定期的に隠れ家を変えていたし、大蛇丸たちと一緒にいた頃のサスケもそうだった。
一箇所に長く留まればそれだけ居場所を突き止められる危険性が高まるので、里を抜けた忍としては当然の事だ。
尤も、暁にいた頃は既に用意してある隠れ家へ移動するだけだったし、移動には何の困難も無かった。
が、体調が落ち着いてきた今でもイタチは術が使えないままだし、野宿もさせられない。変化の出来ないイタチを連れて人目の多い宿屋などに泊まるのは、一箇所に留まり続ける以上の危険であるように、鬼鮫には思えた。

「移動が大変なのは判ってる。だが……最近、厭な感じがするんだ」
「厭な感じ…ですか」
鸚鵡返しに、鬼鮫は訊いた。
サスケは頷いた。
「はっきり気配を感じたり何らかの痕跡を見た訳じゃないから気のせいかも知れないが…里に買い物に下りる時とか、たまにだが誰かに見られてるような気がする」
「暁の誰かか大蛇丸…ですかね」
そう言いながら、サスケの気のせいかも知れないと、鬼鮫は思った。鬼鮫自身、何らの気配も感じた事がなかったからだ。
サスケはこのところ睡眠不足が続いて神経過敏になっている。そのせいではないのか、と。
だがサスケの睡眠不足の原因を思うと、気のせいではないかなどとは、鬼鮫には言えなかった。
「可能性としては、大蛇丸自身よりカブトあたりだろうな。大蛇丸だったら…もっとずっと強く邪悪な気を感じる筈だ」

サスケの言葉に、暁にいた頃の大蛇丸を、鬼鮫は思い起こした。
『伝説の三忍』の一人と称されるだけあって、その個性もチャクラも扱う術も強烈だった。
その大蛇丸がイタチの身体を転生の器にと狙っていて、拒んだイタチと戦いになったのは、イタチが暁に入って半年ほどした頃の事だった。
鬼鮫はイタチのパートナーなのでその時にも近くにいたが、とても介入する事は出来なかった。
腹の底から恐怖を感じたのは、あの時が生まれて初めてだ。
あの時の事を思い出すと、今でも背筋が冷たくなる。

「……どうかしたのか?」
黙り込んだ鬼鮫に、サスケが訊いた。
鬼鮫は苦笑した。
「イタチさんと大蛇丸が本気で戦った時の事を思い出したんですよ」
「本気で…戦った…?」
「大蛇丸はイタチさんの身体を転生の器に狙ってましたからね。いくら言葉で誘っても靡かないので自分の能力を見せ付けて強引に説得しようとしたらしいんですが、イタチさんが応戦してどんどんエスカレートしていって……」
サソリもその場にはいたが、やはり二人の戦いを止める事は出来なかった。
と言うより、サソリは自分には関係ないとばかり、すぐに安全な場所に避難してしまったのだが。
「……それで…どう、なったんだ?」
「山が一つ、破壊されましたよ」
鬼鮫の言葉に、サスケはごくりと生唾を飲み込んだ。
「大蛇丸はほうほうの体(てい)で逃げて結局、暁を抜けましたが…あれが生身の身体なら、死んでたでしょうね」
「それって……兄貴の方が勝ったって意味なのか?」

頷いた鬼鮫を、サスケは呆然と見遣った。
大蛇丸がイタチの身体を狙っていたというのも初めて知ったが、二人が戦った事があったなど、思ってもみなかった。
ましてや、その戦いで勝利を収めたのがイタチだったなどと。

「……嘘、だろ……?」
「私もイタチさんがあそこまで強いとは思っていませんでしたよ。イタチさんが本気で戦う姿を見たのは、あれが最初で最後でしたし」
サスケは暫く黙り込み、それから軽く溜息を吐いた。
「……オレは兄貴を斃す積りでいて、その為に大蛇丸の力に頼ってた。まさか……兄貴の方が大蛇丸より強いなんて、考えもしなかった……」
鬼鮫は、黙ったままサスケの横顔を見遣った。
イタチがサスケの記憶を操作して自分に復讐するように仕向けたのだと知った時、イタチはいつの日にかサスケの手にかかる積りだったのではないかと、初め鬼鮫は思っていた。一族を滅ぼしたのがサスケだと知る前は、イタチが罪悪感の故にサスケに自分を殺させようとしているのではないか…と。
だがイタチが言っていた通り、イタチはサスケに生きる目的を与えたかったのだ。それが達成困難な目的であればある程、サスケは生に執着せざるを得ない。
それにしても厳しい目的を与えたものだ、と、鬼鮫は思った。
イタチのサスケに対する愛の深さは羨ましいばかりだが、サスケを甘やかす気は無いのだろう。
そういうところが矢張り兄なのだろうと、鬼鮫は思った。





「イタチ君とサスケ君の様子はどう?」
大蛇丸の問いに、特に動きはありませんとカブトは答えた。
「ですがいつ、別の隠れ家に移ってしまうか判りませんからね。やはり今のうちに確保しておいた方が…」
「イタチ君が、簡単に確保なんて出来る相手だと思ってるの?」
言って、大蛇丸は傍らの袖机に置いてあるミイラ化した腕を見やった。
かつて、イタチに斬りおとされたものだ。
まさか自分が13の少年に翻弄されるとは思ってもいなかった。あれは、今思い出しても屈辱だ。
それに自分の一族を滅ぼしたにも拘わらず、イタチには『邪』が無かった。
あれでは、呪印で縛る事も出来ない。
今、イタチの身柄を確保したところで器に使えないのは判っているが、その身体の特殊性には大いに興味がある。
実験材料としてさぞかし役に立ってくれるだろう。
受精させてあの素晴らしい遺伝子を持つ子供を何人か産ませるのも良いし、もっと効率的に卵子を取り出して利用するのも良い。
卵子も精子も利用できるのだから、遺伝子の供給源としてはこの上なく好都合だ。
鬼鮫もまた、実験材料としては興味深い存在だ。
暁を抜けたらしいにもかかわらず鬼鮫がイタチと一緒にいる理由は判らないが、この際、理由などどうでも良い。

だが、何よりも興味深いのは、イタチの腹の子供だ。
転生の器にした者には残留思念が残るので、自分を裏切ったサスケはもう、器に使えない可能性が高い。
だがイタチとサスケ、二人の血を引いた子供はまだ胎児で、無限の可能性を秘めている。
赤子の頃から手元に置いて育てれば、君麻呂以上の存在になってくれるだろう。
「……お言葉を返すようですが、妊娠中であれば体術は使えないし、かなり能力が落ちていると思われますが」
「それで怪我でもさせて赤ん坊が死んだら元も子もないわ。それに、サスケ君も一緒なのよ?」
カブトはイタチの能力を知らない。が、大蛇丸の言葉は覚えている。
『彼は私より強い』と、大蛇丸は言い切ったのだ。
サスケも3年前に大蛇丸の元に来た頃に比べ、見違えるほどの実力を身につけている。
干柿鬼鮫の事は資料でしか知らないが、いずれにしろ厄介な相手なのは確かだ。
「__では…臨月まで様子を見ますか?37週を過ぎれば腹を裂いてでも赤ん坊は確保できます」
「それでイタチ君が死んでしまったら、生体実験に使えなくなってしまうじゃないの。それにサスケ君だって、私に反感を持って器に出来なくなるわ」
3人とも生きたまま確保するのよ__念を押すように、大蛇丸は言った。
「…判りました」
一礼し、カブトは大蛇丸の部屋を出た。
そして、「欲張りな方だ」と呟いた。







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