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(1)
「……大丈夫ですか?」
鬼鮫のその言葉に、「ああ」とイタチは短く答えた。
情事のあと、鬼鮫はいつも決まってイタチを気遣った。
残忍で好戦的な鬼鮫のそんな一面は意外な気もするが、長く一緒にいる間にこの男が見た目ほど粗野でない事は気付いていた。
「イタチさん、肌綺麗ですね……」
耳元で囁くように言って、鬼鮫はイタチの首筋から肩に唇を這わせた。
跡が残らないように軽く吸うだけの口付けを繰り返す。
そんな歯の浮くようなセリフは『霧隠れの怪人』と恐れ称された男には相応しくないと思うし、その腕に抱かれているのが『同朋殺し』の自分であれば、この甘く濃密な空気は尚更そぐわない。
とは言え、こうして汗ばんだ身体を背後から抱きしめられるのは、悪くない。
「…さっきの話だが、何かを感じなかったか?」
「気のせいじゃないんですか?私は何も感じませんでしたが」
「__そうか……」
言って、イタチは身体を起こした。
鬼鮫の腕から離れた途端に、急速に温もりが薄れる。
もう暫くこのままでいたいという想いを断ち切って、イタチは相手から離れた。
シャワーを浴び、絡みつくような熱を洗い流す。
鬼鮫と肌を交わすようになったのはほんの数ヶ月前からのことだが、昔からずっとそんな関係だったような安らぎを感じる。
ツーマンセルのパートナーとなったのは7年も前の事だし、信頼関係を築くだけの時間は充分にあった。
実際のところ、イタチは鬼鮫を信頼していたし、鬼鮫がイタチに信頼以上の感情を抱いてる事を、イタチも気付いていた。
気付いていただけでなく、いつの頃からかその想いに応えたいという感情すら抱き始めていた。
だがそれでも、躊躇いはあった。
だからイタチは鬼鮫の想いに気付いていながら、敢えて何も言わずにいた。
だがツーマンセルのパートナーとして二人で過ごす時間は余りに長く、時には理性より感情が行動を左右する事もある。
そして鬼鮫はそんなイタチの曖昧な態度に業を煮やす事も無く、黙って耐えた。
そのあやうげでいながら永続的な関係が変わったのは、多分、運命の気まぐれの故。
イタチはそれを後悔する積りは無かった。鬼鮫がイタチの身体の秘密を知ってなおイタチへの想いを貫き通している今となっては尚更に。
「……!……」
明らかな『意志』をもって現われた相手に、イタチは身構えた。
「うちはイタチ……」
低く、押し殺した声でサスケは相手の名を呼んだ。
その大きく見開かれた両目は焔のような写輪眼で、3年前に宿屋で対峙した時とは違って完全な三つ巴の勾玉が現われている。
圧し掛かるようなチャクラを感じるが、気配は完璧に絶っている。
これならば少し離れた寝室にいる鬼鮫に気付かれる事はないだろう。
成長したな__そう、イタチは思った。
サスケは成長し、強くなった。自分を殺し、復讐を果たす為に。
「……やはりさっきの気配はお前だったか」
俺を殺しに来たのか?__イタチの問いに、サスケは答えなかった。
聞くまでもない事だったと、イタチは内心で幽かに苦笑した。
サスケがここに現われた目的が、他にある筈も無い。
「__!……」
服を着るまで待つ気はないのだろうなとイタチが思った一瞬の隙に、サスケはイタチの両腕を押さえ、唇を重ねた。
予想もしていなかった出来事に、イタチは呆然と、相手を見つめる。
「……何の真似__」
「あんな男のどこが良いんだ…!」
イタチの言葉を遮って、サスケは言った。
それは質問ではなく、非難の言葉だった。
鬼鮫との情事を見られていた。
最も見られたくない姿を、最も見られたくない相手に見られ、イタチは思わず視線を逸らせた。
「言えよ。あんなバケモノみたいな奴のどこが良いんだ」
「…お前には関係ない」
「関係はあるぜ。オレは__オレはあんたの事が……」
サスケは一旦、口を噤み、それから言った。
「あんたが……好き…だ」
------オレは兄さんが好きだ
イタチは耳を疑い、眼の前の相手を見つめた。
古い記憶が蘇る。
「……何を…言っている……?」
「オレにもワケわかんねぇぜ。オレはあんたを殺すために強くなった。あんたに復讐する為だけに、今まで生きてきた。それなのに__畜生…ッ、嫉妬で気が狂いそうだ……!」
「……サスケ……」
自分でも予期していなかった激しい感情に翻弄され苦しむサスケの姿に、イタチは無意識のうちに唇を噛んだ。
術は完璧だった筈だ。
今更、サスケがあの頃の事を思い出す筈がない。
------兄弟だって事は判ってる
------でもオレは、兄さんが好きなんだ……!
冷静になろうとすればする程、古い記憶がイタチの脳裏に鮮明に蘇る。
「何であんな奴が良いんだ?オレじゃ駄目なのか?」
「…手を離せ」
「答えろよ。オレじゃ駄目なのか?」
執拗に問われ、イタチは間近に相手を見つめた。
乱暴な言葉とは裏腹に、今にも泣き出しそうな顔をしている。
胸の奥が痛むのを、イタチは感じた。
「……俺たちは血の繋がった兄弟だ」
「一族を滅ぼしたあんたが今更、兄弟なんて事に拘るのか?」
イタチは再び視線を逸らし、サスケは苛立ちに歯噛みした。
「オレが憎いなら、オレを殺せよ」
「…サスケ…」
「嫌ならば、これでオレを刺せ」
言って、サスケはポーチから出したクナイをイタチの手に無理やり握らせた。
それから、もう一度、イタチに唇を重ねる。
イタチの手から、クナイが落ちた。
「…殺さないのか?」
「サスケ…お前は今、感情が昂ぶって正常な判断が出来なくなっているだけだ。お前はずっと俺を憎んで来た筈だ」
サスケはすぐには答えなかった。
暫くイタチを見つめ、それから口を開いた。
「__ああ…その積りだった。里を出たのも全てを棄てたのも、みんなあんたに復讐する為だった。だけど……」
サスケはイタチの髪に指を絡めた。
そして続ける。
「強くなったオレは大蛇丸には内緒であんたの行方を捜してた。ここを見つけた時は__酷く嬉しかった」
言って、サスケは幽かに微笑を浮かべた。
幼い頃のような、どこかはにかんだような笑顔だ。
「その時、オレは殺したい相手の居場所が見つかったから嬉しいんだと思ってた。だけど何故かあんたを殺さずに、そのまま音に帰った」
1週間後、サスケは再びイタチの隠れ家に行ったが、既にイタチと鬼鮫は去った後だった。
暁の他のメンバーもそうだが、イタチは複数の隠れ家を転々としていて、一箇所に長く留まる事はしない。
「あんたを取り逃がしたと知ってオレは地団太を踏んだ。けど何故だか、内心ほっとしてもいた。それが何でだか今まで判らなかったけど、今なら判る」
オレは、あんたを殺したくはない
イタチは、黙ったままゆっくりと首を横に振った。
「…それは、お前が俺を恐れているだけだろう」
「怖くなんかねぇよ。今のオレには万華鏡写輪眼だってある」
「…ならば……ここに何をしに来た?」
サスケはイタチの頬に触れ、引き寄せるようにして見つめた。
「あんたに会いに。オレはあんたに会いたかった。ずっとここを見張ってれば、いつかきっとあんたに会えると思ってた」
「俺が…お前を受け入れるとでも思っているのか…?」
「嫌なら殺せよ。どうせこのまま行けば大蛇丸の器にされちまうんだ。あんたに殺される方がよっぽど良い」
イタチは軽く溜息を吐いた。
隙を見てサスケに術をかけ、記憶操作を補強する__方法は、それしか無い。
抵抗を止めたイタチを、サスケはあらためて抱きしめた。
もう一度唇を重ね、そのまま深く口づける。
舌を絡めたまま、首筋から胸へと指を這わせた。
「……ッ……」
敏感な部分を刺激すると、イタチの唇から吐息が漏れた。
そのまま痩せた腹、更に下へと愛撫を続ける。
サスケの指が身体の中心に達した時、イタチは声を上げまいと自分の手の甲を噛んだ。
「あの男が気になって集中できないか…?」
言って、サスケはシャワーの栓を捻り、勢い良くお湯を出した。
これで、多少、声をあげても気付かれない筈だ。
イタチが反応を示し始めたのを確かめてから、サスケは後ろに触れようとした。
が、イタチが壁にぴったりと背を付けて立っているので後ろからは触れられない。
腰に腕を回して抱き寄せようとしても抗う。
鬼鮫には全てを委ねていたイタチが自分に抵抗する事に、サスケは苛立った。
今更、事を中断する気などさらさらなく、却って感情が昂ぶるのを感じ、サスケはイタチの脚の間に手を滑り込ませた。
「……んだよ、これ……」
あるべきでない場所にあるべきでないものの感触を感じ、サスケはやや驚いて相手を見つめた。
イタチは答えなかった。
指を更に奥に入れられ、サスケの手を振り払う。
「……どういう事なんだ…?」
改めて、サスケは問うた。
「…どうもこうも……俺は生まれつきこういう身体だ……」
その事に自分で気付いた時の苦い記憶が蘇り、イタチは唇を噛んだ。
途方に暮れ、絶対に誰にも言わないで欲しいと口止めした上で母親に告げたが、母のミコトが医療忍に相談し、その医療忍の口からあっという間に一族全体に噂が広まってしまったのだ。
一族の上層部はイタチの『畸形』を恥ずべきことと看做し、一族以外に知られてはなるまいと躍起になった。
すぐに暗部を辞めさせるべきだと主張する者もいたが、その頃のイタチは暗部に入隊して半年。その働きから将来を嘱望され、その事はうちは一族に取っても有利となっていた。
その為、暗部には留まり続けたが、一族の者のイタチを見る眼はあからさまに変わった。
それまで羨望と期待の眼差しでイタチを見ていたのが、嫌悪と劣情に取って代わったのだ。
「…どんな身体だろうが、あんたはあんただ」
幸せだった頃のような微笑を浮かべて、サスケは言った。
「__構わない…と?」
「構わないって言うかむしろその方がって言うか……何ていうかその、男を抱いた事なんか無__」
途中で、サスケは口を噤んだ。
その原因が近づいてきた鬼鮫の気配だと、用意に察せられる。
鬼鮫はシャワーを浴びに行ったきり、なかなか戻ってこないイタチを心配して様子を見に来たのだ。
「イタチさん、大丈夫ですか?」
ドアの外から声を掛けられ、イタチはシャワーを止めた。
サスケは身構えた。
二人は肌を交わす仲なのだ。風呂にも入って来るかも知れない。
イタチは改めてサスケを見つめた。
サスケは単に二人の情事を目撃した事で欲情し、今も自分の身体に興味を持っているだけかも知れない__『畸形』を知った一族の男たちの一部が、イタチに劣情を抱いたように。
だがそうと判れば、思い切るのは容易い。
「…鬼鮫、お前は今夜は他の隠れ家に泊まれ」
「……イタチさん?何かあったんですか?」
「今は聞くな。…行け」
鬼鮫は暫く躊躇っていたが、やがてその場から去り、隠れ家を出て行った。
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月楼迷宮