「イタチさんの髪って、本当に綺麗ですよね」
イタチの髪をとかしながら、うっとりと鬼鮫は言った。
イタチは表情も変えない。
が、そんなイタチの無愛想さに馴れている鬼鮫は、気にせず続けた。
「前から一度、聞いてみたかったんですけどね、どうして髪を伸ばしているんですか?」
「…ナンセンスな質問だな」
「すごく似合っていて綺麗だし、イタチさんは髪が長い方が良いって私も思うんですけど。でも、どうしてかなって思いまして」
にこにこしながら言う鬼鮫を、イタチは鏡越しにちらりと瞥見した。
そして面倒くさそうに口を開く。
「そこまで言うなら教えてやろう。弟だ」
「……は?」
「以前、木の葉で俺の弟を見ただろう。それが理由だ」
「……あの、イタチさん?ちっとも話が見えませんが?」
「所詮、魚類の知能はその程度か」
イタチの言い様に、鬼鮫は僅かに眉を顰めた。
が、この程度の事でいちいち腹を立てていてはイタチの相棒は務まらない。
暁でイタチとコンビを組んではや5年。
鬼鮫はイタチあしらいにすっかり馴れ切っていた。
「アナタによく似た可愛い弟さんでしたよね」
「愚かなる鬼鮫よ。あの弟のどこが俺に似ているのだ」
「顔立ちがそっくりだったじゃないですか。勿論、イタチさんのほうがずっと美人ですけど__さ、髪は終わりましたから、次はマニキュアですね」
鬼鮫の言葉に、イタチは黙って手を差し出した。

こうして毎朝、イタチの髪を梳き、マニキュアとペディキュアを塗るのが鬼鮫の日課だ。
ちなみに、除光液で綺麗にマニキュアとペディキュアを落とし、その後、爪のお手入れをするのは夜の日課だ。

「俺の写輪眼は万華鏡写輪眼だ。並みの写輪眼と一緒にするな」
「そう言えば、確かにおたまじゃくしの数が違いましたね」
「おたまじゃくしでは無い、勾玉と言え。自分が魚類だからといって、何でも魚類に例えるな」
蛙は両生類です__鬼鮫は内心、思ったが、口には出さなかった。
ずいぶん前だがささいな事でイタチの機嫌を損ね、ひと月の間口をきいて貰えなかった事がある。
その間、暁の任務でツーマンセルを組んで出撃したが、イタチは完璧に沈黙を守り通し、散々な目に遭った。
それに懲りて以来、極力、イタチの気に障る事は言わないようにしている。
「写輪眼は違ってましたけど、イタチさんと同じ綺麗な黒髪でしたね」
「……」
「その弟さんが、イタチさんが髪を伸ばしている理由なんですか」
「……」

イタチは答えない。
その沈黙が、蛙が魚類ではない事にイタチが気づいてしまったからだと判っている鬼鮫は、気にせずに続けた。

「弟さんは短めの髪でしたよね。後ろ髪がハネていて可愛かったですが」
「それだ」
「は?」
「それが理由だ」
「ええと、弟さんが可愛い事がですか?」
「愚か者」
「弟さんの髪が短いから…じゃ、ないですよね」
「……」
「じゃあ、髪がハネていた__あ…」
なるほど、と鬼鮫は納得してマニキュアブラシを持ったままぽんと手を打った。
「つまりイタチさんが髪を伸ばしているのは__」
「黙れ」
「……」

鬼鮫は口を噤み、黙々とイタチのマニキュアを塗った。
爪を傷めないようにネイルコートを塗ってから、エナメルだ。
両手が終わると、次は足だ。
「イタチさん、次はペディキュアを塗りますから、ここに足を乗せてください」
イタチは黙ってスツールに足を乗せた。
鬼鮫は暫く黙々と、イタチのペディキュアを塗りなおす。
「…あの、イタチさんみたいにサラサラの髪だったら、短くしても寝癖はつかないと思いますけど?」
「愚かなる鬼鮫よ。だから貴様は魚類なんだ」
「……ええと、あれは寝癖ではなく生まれつきの、所謂天然パーマというやつなんですか?」
「そうだ」
「じゃあ、イタチさんも天然パーマだったんですか。意外ですね」
「誰が天然パーマだと言った」
「ええと……。でしたら弟さんの髪型と、イタチさんが髪を伸ばしている事に、どんな関係が…」
「サスケは俺の弟だ」
「はい」
「それが理由だ」
だからそれじゃわかんねーよ__内心の叫びたい気持ちを、鬼鮫はぐっと抑えた。
「…つまり、どういう事でしょう?」
「判らないのか。兄弟であれば、遺伝子に僅かでも共通点がある」
「もしかして、イタチさんは今は天然パーマではないけれど、天然パーマの弟がいるのだから、いつか天然パーマになるかも知れない…と?」
「そうだ。まったく、これだけの事を説明するのにどれだけ時間をかけさせる気だ」
「…済みません。でも喋っているうちにペディキュアも終わりましたよ。乾くまで動かないで下さいね」
愛想良く笑って、鬼鮫はマニキュアを片付けるために部屋を出た。

天然パーマというのは生まれつきクセ毛だから天然パーマと呼ぶのであって、成長してから突然、天然パーマになったりしないだろうと内心、思ったが、口にするのは止めておいた。
イタチの機嫌を損ねると、ロクなことにならない。
今日は幸いな事に、イタチの機嫌を損ねずに済んだ様だ。
「今日も良い一日になりそうですね」
梅雨時の雨空を窓越しに見上げ、鬼鮫は満足げに呟いた。





イタチの死



肩で荒い息をしながら、サスケは眼の前の宿敵を睨み付けた。
うちはイタチ。
実の兄であり、一族を皆殺しにした仇だ。
イタチを斃し、一族の仇を討つ__その為だけにサスケは今まで生きてきた。
辛い修行を続け、大蛇丸の呪印の力に頼ってまで目的を果たそうとした。
そして、今。
その望みが叶えられようとしている。
「これで…最期だ…!」
三度目の千鳥を放つべく、サスケはチャクラを左手に集中させた。
二度の攻撃はかわされたが、イタチもそれを完全にかわせた訳ではなく、かなりのダメージを受けている筈だ。
表情も変えず、見下すようにこちらを見据えている。
が、そのチャクラが弱っているのは確かに感じられた__もっとも、サスケ自身のチャクラも残り少なかったが。
少し離れた場所では、鬼鮫を倒したカブトと大蛇丸が戦いを見守っている。
この戦いで生き残れば大蛇丸の器として身体を乗っ取られる事は判っている。
だがサスケはそれでも構わなかった。
うちはイタチを斃す。
その目的さえ叶えば、後はどうなろうと構いはしない。

……だが。

大願成就を目前にしながら、サスケは奇妙な焦燥感に苛まされていた。
イタチが弱っているのは確かだ。今なら勝てる。
にもかかわらず、止めを刺すのが何故か躊躇われる。
何より、イタチがこの戦いで全く写輪眼を使っていないのが気にかかる。
だからこそここまで有利に戦いを進められたのだが、それを単純に喜ぶ気にはなれない。
「…うちはイタチ。俺は本気だ。貴様も本気を出しやがれ」
サスケの言葉に、イタチは軽く冷笑った。
貴様など殺す価値も無い__あの日、投げつけられた言葉が脳裏に浮かぶ。
「だああああっ!」
一気に頭に血が昇り、サスケは全てのチャクラを左手に集中させ、走った。
そして、そのままイタチの心臓を目掛けて千鳥を発動させる。
「止めろ、サスケ!そいつは目が見えてないんだってばよ!!」
「……!?」
サスケを追って現われたナルトが叫んだのと、イタチの身体が蒼い光に貫かれたのが殆ど同時だった。
「……な…に……?」
千鳥の威力に、イタチの身体が数メートル後ろに飛ぶのを、サスケは呆然と見遣った。
その姿はまるで、黒い鳥が飛ぶように見えた。
「……!」
イタチの身体が地に叩きつけられる前に抱きとめたのは、自らも致命傷を負って動けない筈の鬼鮫だった。
イタチを抱いたまま、じりじりと後退する。
後ろは崖。下は海だ。
「……どういう事だ、目が見えてないって……」
呻くように言ったサスケに、イタチは盲いた眼を向けた。
「…これで…お前は万華鏡写輪眼を……」
咳き込み、イタチは鮮血を吐いた。
喋る力を失った唇が、ゆっくりと音の無い言葉を紡む。
ウスラトンカチ
瞬きもせず、サスケはイタチを見つめた。
幸せだった頃の思い出と、あの日の記憶が交錯する。
「イタチさん、参りましょう」
それだけ言うと、鬼鮫は身を翻し、イタチもろとも崖から身を投げた。
「……兄貴……ッ!」






「カーーーット!」
「またNGだのう」
監督のカカシに続き、脚本の自来他がうんざりした口調で言った。
「サスケ、そこの台詞は『兄貴』じゃなくて『兄さん』でショ?」
「ああ。『イタチを仇と付け狙いながら心の底では兄を憎みきれずにいたサスケが、兄の真意を知って兄への思慕を蘇らせる』という大切な見せ場なんじゃからのう」
「……俺は……」
「ま、次は頑張りましょ」
悔しげに肩を震わせたサスケを軽く宥めながら、カカシはメイクアップ・アーチストのサクラを呼んだ。
「イタチの髪とメーク、頼むわ。あと撮り直しなんてイヤだとごねないように、団子でも差し入れて機嫌、取っといて」
「はあい」
監督の言葉には逆らえず、渋々とサクラは言った。
何しろイタチは業界でも一、二を争うワガママ女優で有名なのだ。
ご機嫌取りのために舟和の芋羊羹、虎屋の最中、羽二重団子と銘柄指定で好物の和菓子を常に取り揃えているが、突然、「サロン・ド・テのチーズケーキが食べたい」とか言い出して望みが叶うまで仕事をしないのだ。
甘いものでご機嫌取りが出来る内はまだ良い。
ダイエット中ともなるとイライラと相まって手がつけられなくなる。
「失礼します」
今日はイタチの機嫌が良ければ良いがと思いながら、サクラは控え室として使われているトレーラーのドアをノックした。
「はい?」
ドアを開けたのは、イタチの付き人の鬼鮫だ。

元々、イタチの付き人としてプロダクション『暁』に入ったのだが、その特異な容姿がカカシの目に留まり、海洋映画の端役に抜擢された。
マニアックなファンに支えられ、今では『暁』の看板女優イタチと共演するまでになっているが、未だにイタチの付き人の地位に甘んじている。
気に入らないマネージャーや付き人を次々とクビにするイタチに唯一気に入られている貴重な存在でもある。

「あの…イタチさんのヘアとメイクを直しに…」
「イタチさんは髪を他人に触られるのがお嫌いなんです。ですから私がやります」
言って、鬼鮫はサクラの手からドライヤーを取り上げた。
崖から海に飛び込んだ鬼鮫はずぶ濡れだ。
が、サクラが何気なさを装って覗くと、イタチは少しも濡れた様子が無い。
「『水泡の術』でお守りしたんですよ。私がイタチさんを海水に漬ける筈が無いでしょう?」
サクラの不審そうな表情に気づき、誇らしげに鬼鮫は言った。
「あの……『水泡の術』って…鬼鮫さん、もしかして本物の忍者なんですか?」
「何を言っているんだ。見れば判るだろう。鬼鮫は魚類だ」
問われた鬼鮫の代わりに、素っ気ない口調でイタチが言った。
「魚類……ですか(汗)」
「たまには海水に漬けてやらないと干からびてしまう。だからこの役を受けてやったんだ。でなければ誰が愚かなる弟と共演などするものか」
「有難うございます、イタチさん。そのお言葉だけで、私はこれからも生きていけます!」
それ、絶対何か間違ってる__内心の突っ込みをぐっと堪え、サクラはその場を去った。

「サスケー、台詞間違えたくらいでそんなに落ち込むなってばよ」
一方、久しぶりに演劇アカデミーの元同級生と共演したナルトは、嬉しそうにサスケに話しかけた。
サスケは子役としてブレイクし将来を嘱望されていたものの、評論家からは『顔は可愛いが演技力では兄のイタチの足元にも及ばない』と酷評されている。
自分に対する扱いが不満でプロダクション『木の葉』を飛び出し『音』に移籍して、『脱・美少女』をキャッチフレーズに新境地を開拓中だ。
黒髪を白髪に染め、背中に羽根を生やした顔色の悪い『状態2』で新たなファン層を獲得しつつあるが、従来のファンから見放されているという現実もある。
一方のナルトは脚本家・自来他の指導のもと、着々と実力を身につけつつあった。

かつて『ドベ』とけなしていた相手からの慰めに、サスケはつんとそっぽを向いた。
「それにしてもサスケが台詞、間違うなんて珍しいってばよ」
「…俺のせいじゃねえ。兄貴が……」
「兄ちゃんが、何なんだってばよ?」
ナルトの言葉に、サスケは思わず拳を握り締めた。
「あの『無言の台詞』で、奴は『良くやった』と言う筈だったんだ。それなのに『ウスラトンカチ』って言いやがった……!」
『状態2』メイクのまま、サスケは怒りに身を震わせた。
「それって、サスケの見間違いじゃないの?」
「俺は真の写輪眼継承者だ!見間違う筈がねえ」
フォローしようとしたカカシの言葉を、サスケは言下に否定した。
「ふーん、サスケもウスラトンカチなんだってばよ」
「ウスラトンカチにウスラトンカチって言われたくねえ!」
「だってサスケもウスラトンカチなんだってば?だったら一緒じゃん」
「一緒にするな!!」
言い争いを始めたサスケとナルトの姿に、カカシは溜息を吐いた。
「自来他センセイ。やっぱり業界で一、二を争うワガママ女王様と、ワガママお姫様の共演って、無理だったんじゃないんですか?」
「おぬしなら、うちはを上手くあしらえると思ったんじゃがのう」
自来他の言葉に、カカシは深〜く溜息を吐いた。
明日から慰霊碑の前で過ごす時間がもっと長くなりそうだと思いつつ、カカシはメガホンを手に取った。






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