(6)




『俺が死んだら、お前、どうする?』
カカシの髪を撫でながら、年上の恋人は訊いた。
『…もっと良い男を捜す__女でも良いけど』
甘い余韻に浸っていたい気持ちを不吉な言葉で冷やされて、幾分か不機嫌にカカシは答えた。
『お前なら相手に不自由はしないだろうな。それに、まだ若い』
『何が言いたいんだ?』
不機嫌な口調で問うと、オビトは苦笑した。
『俺が死んだら…お前に俺の写輪眼をやるよ』
『写輪眼を?だけど、それは__』
『うちは一族の血継限界。一族ではないお前には、本来使える筈のないシロモノだ』
相手の真意が判らず、カカシは幽かに眉を顰めた。
『だが、他ならぬ俺の写輪眼を他ならぬお前に移殖したなら、それはきちんと発動する筈だ』
『…どうして、そんな事が言える?』
『俺がお前を愛していて、お前が俺を愛しているから』

言って、オビトは笑った。
一気に頬が熱くなるのを感じて、カカシは焦った。

『そん……根拠にも何にもなってない』
『論より証拠だ。その時が来れば判る』
カカシは、改めて相手を見つめた。
『どうして…こんな話をするんだ?』
『写輪眼があればお前は今以上に強くなれる。俺は…お前を若死にさせたくない』
幽かな息苦しさを、カカシは覚えた。
『…アンタ自身は、若死にするみたいな言い方じゃないか』
『俺はただ、お前を死なせたくないだけだ。そして、想いが充分に強ければ、それは叶うのだと信じている』
『……ったく。アンタってつくづく夢想家と言うか、忍らしくないって言うか…』
オビトは軽く笑い、カカシの額に口づけた。



眼が覚めた時、写輪眼から涙が流れているのを、カカシは感じた。
オビトの夢を見たのは、数年振りだった。





カカシは部下二人を自分の小隊から外した。能力が足らず、足手まといだとの理由の下に。
イルカはカカシの言葉に従わず、暗部に留まり続けた__暗部を離れたところで、事態は変わりはしないと言って。
そうして二人は幾つかの任務をこなし、何人かの人を殺めた。
次第に、イルカはカカシを避けるようになり、触れ合うことも無くなっていった。

その日の任務では、まだ少女と呼べるほど若い女が巻き添えになって死んだ。
イルカがその女の血を舐めるのを、カカシは為すすべも無く、見ていた。



何日か振りに、カカシはイルカを森の奥に誘(いざな)った。
軽くクナイを舐め、左腕の内側を傷つける。
「血が欲しければ、俺のを舐めて下さい」
精一杯微笑んで、つれない恋人を誘う__何をしたいのか、自分でもよく判らないままに。
イルカは気乗りしなそうな表情でカカシを眺め、それでも傷に舌を這わせた。
「……痛ッ…」
思わず、カカシは呻いた。
傷は浅いものなのに、そしてイルカの舌は軽く触れているだけなのに、身体に電流が走ったような痛みを覚える。
「…止めましょうか?」
「……続け…て……」
疼痛に意識が混濁するのを覚えながら、カカシは言った。
再び、イルカの舌がカカシの傷の上を這う。
激痛が走り、立っていられなくなったカカシはその場に膝を付いた。
イルカはそんなカカシをその場に引き倒すと、再び傷口を舐める。
痛みに、意識が遠のくのをカカシは感じた。
それでも、止めさせようとは思わない。
「イルカ…先……」
目頭が熱くなり、感情を伴わない涙が左の頬を濡らす。
「…綺麗ですよ?」
囁くように言って、イルカはカカシの涙を唇で掬った。
それからまた、傷口に舌を這わせる。
容赦の無い疼痛に身じろぎ、カカシはイルカの背に爪を立てた。





「…これで、満足ですか?」
訊いたイルカの言葉は、酷く冷淡だった。
カカシは、溜息を吐いた。
イルカは傷口を舐めていただけだったのに、そして与えられたのは苦痛だけだった筈なのに、何度も達してしまったのだ。

求めたのは、こんなものでは無かった。
欲しかったのはただ、温もりだけ。
それだけなのに……

「どこかで、水でも浴びたほうが良いようですね」
カカシを瞥見すると、イルカは言った。
そして踵を返し、カカシに背を向ける。
カカシはイルカを呼び止めたかった。
けれども、呼び止められなかった。
ただイルカの去ってゆく後姿を、漆黒の髪を、半ば呆然と見送るだけだった。






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