(5)




次の朝、部隊長が死んだ。
前の晩、急に発熱し、朝には冷たくなっていたのだ。
当然、毒殺の可能性が疑われ、部隊長の屍骸は徹底的に調べられた。
が、何も出なかった。
結局、彼の死は病死で片付けられた。

「死神に魅入られたんじゃねぇのか」
「…おい、止めろ」
「偶然にしちゃ、タイミングが良すぎるぜ?」
「だから、止めろって言ってるんだ」
部下二人の会話を、カカシは気配を消し、物陰から聞いていた。
「……どっちの死神だと思う?」
「…新入りの方だろ。誰とも口をきかず、いつも一人でいる。薄気味悪い野郎だぜ」
「別の小隊に移れるよう、隊長に頼んだほうが良くないか?」
「俺もそれを考えてた」
音も立てず、カカシはその場を離れた。

イルカを探し、カカシは森に入った。
元々はカカシが一人になりたい時に来ていた場所だが、イルカと再会してからはもっぱらイルカとの逢瀬に使っている。
深い森の中の幾らか開けた場所で、イルカは一人で座っていた。
「…イルカ先生」
声をかけるとイルカはこちらを見た。が、表情は無い。
「部隊長の屍骸から、何か出ましたか?」
「…いいえ。結局、病死で片付けられたようです」
「そうでしょうね」
あっさりと、イルカは言った。そして、手にしていた暗部の面を見つめる。
「…皮肉なものですね。俺は人の皮を被った妖狐なのに、その俺が、狐の面を被るだなんて」
「……イルカ先生。アナタまさか__」
「別に、良いでしょう?」
生きていても、価値の無い男だったのですから__平淡な口調で、イルカは言った。

そんな言葉を、イルカの口から聞きたくは無かった。
以前のイルカなら、そんな事を言う筈が無い。

「……イルカ先生。アナタは里に戻って下さい。暗部(ここ)は、アナタのいるべき所じゃありません」
カカシの言葉に、イルカはやや意外そうに眼を瞠った。
「里に帰れば、以前の俺に戻るとでも思っているのですか?あなたは、もっと賢い人だと思っていたのに」
「……」

何も言えず、カカシは唇を噛んだ。
イルカは覚醒し、己が何者であるかを知ったのだ。
今更、元に戻る筈が無い。
だがそれでも、カカシは一縷の望みを棄てられなかった。
イルカはやはり妖狐に取り憑かれているのであって、残忍な振る舞いも冷酷な態度も、全てはその化け狐の仕業なのだ、と。

「何より、俺がナルトに会ったらどうなると思います?」
イルカの言葉に、カカシは背筋が寒くなるのを感じた。
イルカが九尾の眷属なら、イルカはナルトの封印を解こうとするだろう。そして九尾が放たれれば、再びあの地獄絵が現実のものとなる。
イルカは視線を逸らした。
「九尾の封印を解けば、少なくとも、ナルトは死ぬでしょうね。でも…俺はナルトを殺したくありません」
「…イルカ先生…?」
カカシは、イルカの側に歩み寄った。
片膝を立てて、イルカの隣に座る。
「アナタには…人の心があります」
イルカはカカシを見、すぐに視線を逸らした。
「もしあなたが、俺が妖狐に取り憑かれているだけで、俺自身が妖狐なのではないと思いたがっているなら…そんな望みは棄てて、俺の事も忘れてください」
「アナタを忘れるくらいなら、死んだほうがマシです」
イルカはもう一度、そして哀しげにカカシを見た。
「だったら…お見せしましょう」

俺の、本当の姿を

言葉と共にあたりは急速に暗くなり、昼だというのに夜のような闇に包まれた。
イルカの姿は闇にかき消され、代わりに蒼白い光が浮かび上がる。
燐光はたちまち明るさを増し、そして狼ほどの大きさの狐の姿となった。
「……っ……」
その禍々しく強大なチャクラに、カカシは思わず後ずさった。
冷たい恐怖が全身を覆い、無意識のうちにクナイに手が伸びる。

不意に、それまでとは異なるチャクラを、カカシは化け狐から感じた。
暖かく穏やかな、イルカのチャクラだ。

「……イルカ先生……」
身体から力が抜けるのを、カカシは感じた。
そして、目の前のあやかしを見つめる。
「愛しています……」


一瞬の後、闇は晴れ、イルカは元の姿に戻っていた。
まるで、幻を見せられていたかのようだ。
だが、これは現実だ。


「……あの奇襲の夜、俺は初めてこの姿になったんです」
ぽつりと、イルカは言った。
「仲間まで殺したのはこの姿を見られてしまったから。口封じでした。僧侶も、生かしておけば何かを気づかれてしまうのでは無いかと思って……」
「…ならば尚更のこと、暗部から抜けるべきです。里に戻ることは無い。二人で、どこかに行きましょう」
「俺だってあなたから離れたくない。あなたを失いたくは無いんです。でも……あなたを想う気持ち。人の心__それを、いつまで保っていられるか判らないんです……」
カカシはイルカに歩み寄り、相手を抱きしめた。
「俺は人の心を殆ど失っていました。そんな俺でも、あなたは手を差し伸べてくれたでしょう?」
「…それとこれとは…」
「アナタが俺を愛せなくなって、俺が邪魔になったら、その時には俺を殺せば良いんです」

アナタに殺されるなら本望です

「カカシさん……」
イルカの声が幽かに震え、黒曜石の瞳から涙が零れ落ちる。

久しぶりに見るイルカの涙だ。
とても綺麗だと、カカシは思った。

「俺はあなたを殺したくなんかありません。俺にまだ人の心が残っている内に、俺を殺してください」
「…俺に、アナタは殺せません__判っているでしょう?」
「俺だって同じです。でも…俺は……」
イルカせんせ、と言って、カカシは相手の背を軽く叩いた。
「これから何が起きるかは判りません。でも、何があろうと、俺はアナタが好きです。だから、一人で苦しまないで下さい。俺が辛い時にアナタが側にいてくれたように、俺を、アナタの側にいさせて下さい」
イルカは何も言わず、暫く黙っていた。
やがて、カカシの腕をそっと外す。
「済みませんが、一人にしておいて下さい__今は…一人で考えたいんです」
「……判りました」
後ろ髪を引かれる思いで、カカシはその場を去った。






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