(4)




「カカシさん…カカシさん……!」
カカシは任務完了の報告を済ませた後、イルカを森の奥に連れ込んだ。
手首を強く掴み、有無を言わさずに足早に歩く。
「もう、良いでしょう?手を離してください」
哀願するように言われ、漸くカカシは手の力を緩めた。
「…何故…あんな真似をしたんです」
「あれが、重大な命令違反だとは思えませんけれど?」
「面を、外してください」

自らも面を外し、カカシは言った。
イルカは、カカシの言葉に従った。
だが、面の下の素顔には、何の感情も表れていない。

「俺は…アナタにあんな事をして欲しく無かった」
「俺は、任務を遂行しただけです」
表情も変えずに、イルカは言った。
それが、カカシには信じられない。

暗部は人を変える。それは確かだ。
だがイルカは暗部に戻ってまだ数日しか経っていない筈だ。カカシが気づくより前に暗部に来ていたとしても、カカシよりは遅い筈だから、三ヶ月と経っていない。
だったら?
一体、何がイルカを変えてしまったのだ?

「何が…不満なんですか?」
無表情のまま、イルカは訊いた。
「今の俺は、平和ボケで涙脆くて子供好きなアカデミー教師じゃない。それが、気に入らないんでしょう?」
ずきりと、心臓を掴まれたような痛みを、カカシは感じた。
「何故……ですか?」
「何故、俺が変わったか。それが、訊きたいのですか?」
カカシは躊躇った。
何故、イルカが変わってしまったのかなど聞きたくない。いずれ里に帰れば、イルカは元通りのイルカに戻ってくれる筈だ。
「……話してください」
それでも、カカシは言った。
目の前の現実がどれほど酷かろうと、それから目を逸らす気にはなれなかったから。
「…三日前、俺のいた小隊が全滅した時に」
そう、イルカは話し始めた。

イルカは深手を負い、妖狐の力が解き放たれた。
が、その時は、それまでと違っていた。
イルカは記憶を失う事無く、全てを意識していたのだ。

「寺に結界を張って僧侶ともども皆殺しにしたのも、味方を殺したのも、俺自身の意思でした事です」
「……!でも…アナタは__」
「妖狐に取り憑かれているのではありません」

俺自身が、化け狐なんです

カカシは、すぐには何も言えなかった。
感情が、思考の理解を拒絶する。
「……そんな、事……」
「信じられませんか?」
言って、イルカは幽かに、そして残念そうに眉を顰めた。
「…あなたにはもう、隠し事をするだけ無駄な気がします。だから…」
聞いて、頂けますか?__イルカの問いに、カカシは頷いた。
己自身の意思ではない、何ものかにつき動かされるかの様に。


九尾の事件の直後、イルカは三代目火影の手元に一時的に引き取られた。
そこでイルカは、夢にも思わなかった事実を知らされたのだ。
イルカは、彼を慈しみ育てた両親の実子では無かった。
イルカの母__養母と呼ぶべきか__は初めての子を生後まもなくに亡くし、暫く任務を離れて養生していた。
そんなある日、森の中に薬草を摘みに行き、赤子が棄てられているのを見つけたのだった。
彼女は赤子を連れ帰り、自分たちの子供として育てた。
三代目火影がその事をイルカに告げたのには訳があった。
海野一族は代々、火影直属の隠密だ。
海野家の子は、当然、隠密となる。
だがイルカは海野家の血を引く者ではない。だから三代目は、隠密となるか否かを、イルカ自身に選択させたのだ。


「俺があなたに近づいたのも、そもそもは隠密としての任務でした」
「…任務…」
鸚鵡返しに言ったカカシに、イルカは微笑んだ。
「そんな顔、しないで下さい。初めに近づいたのは任務でも、あなたの事を好きになったのはそれとは関係ありませんから」
イルカにそう言われても、カカシの気持ちは落ち着かなかった。
「でも…アナタが捨て子だったからと言って__」
「俺は、今までずっと眠っていた。そして、今やっと、覚醒したんです」
カカシの言葉を遮って、イルカは言った。
「自分が何者かに気づいて、自分の力を知って…俺は今、解放された気分なんです」
言って、イルカは幽かに笑った。

月の蒼白い光に照らされたイルカの姿は、里にいる時のイルカとはまるで別人だ。
別人のように冷たく、別人のように禍々しく、別人のように妖しい。

嘘だ__カカシは、叫びたい気持ちだった。

イルカが、化け狐などである筈が無い。
今、喋っているのは、イルカに取り憑いている妖狐。
イルカが、故意に仲間を殺す筈など無い。
イルカが、平然と子供を殺せる筈など無い。
イルカは__

「…無理しなくても、良いんですよ?」
静かに、イルカは言った。
「今の俺は、あなたの愛してくれた海野イルカじゃありません。だから__」
「俺は、アナタを愛しているんです…!」
衝動に突き動かされるまま、カカシは叫ぶように言った。
「アナタが何者であろうと、俺はアナタを愛すると言った。その気持ちに、変わりはありません」
「でも……」

俺は、あやかしの獣なんですよ?

そう言ったイルカは、どこか哀しげだった。
ずきりと、もう一度胸が痛むのを、カカシは覚えた。

イルカを、失いたくは無い。
何があろうと、離したくない。

吸い寄せられるようにカカシはイルカに歩み寄り、その背に腕を回した。
「何度でも言います。アナタが何者であろうと、俺は…アナタを愛しています…」
「カカシさん…」
イルカは僅かに躊躇い、それから、カカシの髪に指を絡めた。
「辛くなったら…いつでも俺を忘れて構いませんよ?」
「……ヤだ」
カカシは、イルカを抱きしめる腕に力を込めた。
「約束は、守ってください。アナタは…俺を一人にはしないと約束した…」
「…俺の存在は、いつかあなたを壊すかも知れません」
カカシは顔を上げ、間近にイルカを見つめた。
「…本望です…」
イルカは暫く黙ってカカシを見つめていた。
それから優しく微笑み、カカシに唇を重ねた。






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