(3)




カカシは小隊を与えられ、イルカをその一員に加えた。
寺に放火して標的の一行を皆殺しにしたのはカカシで、イルカは負傷して動けなかったのだと、周囲には思わせておいた。
誰も、疑う者は無かった。

二日後に、新たな任務が与えられた。
今度も無論、暗殺だ。
そして、獲物(ターゲット)は子供だった。

「死神は健在なようだから適任だろう?__ったく、坊主まで皆殺しにするなんて…」
部隊長の言葉に、カカシは何も言わなかった。
少し、離れた場所にいるイルカの心中を思うと口惜しいが、反論しても無意味だ。
「死神が二人に増えた事だし、ちょうど良かったんじゃ無いか?」
部隊長が言うと、他の部下たちが、イルカを見た。
イルカは無表情で、隅のほうに座っている。
「…何が言いたい?」
「あの新入り__嫌、以前も暗部にいたから出戻りか__仲間が全滅して一人だけ生き残ったのはこれで二度目だ。仲間を見棄てて一人で逃げたか、死神が取り憑いてるか、二つに一つだろ」
カカシが口を開いた時に、イルカがすっと立ち上がり、何も言わぬまま、外に出て行った。
「…作戦失敗の尻拭いを俺にさせた挙句にその減らず口か?」
「あれはお前が勝手に__」
「黙れ。失せろ」
低く、カカシは言った。
部隊長は怒りに顔を赤らめたが、カカシの殺気が彼に口を噤ませた。
「…決行は明日だ。確実に遂行しろ」



部隊長の出て行った後、カカシはイルカを追った。
二日前、共に夜を明かした森に、イルカは佇んでいた。
「…心配しなくても、今回の任務からアナタを外します」
「……何故ですか?」
平淡な口調で、イルカは訊いた。
「一昨日の負傷がまだ治っていない事にすれば__」
「俺は、理由を訊いているんです」
「…ここではアナタは俺の部下だ。そしてこれは命令です」

カカシの言葉に、イルカは微動だにせず、こちらを見つめ返した。
黒曜石の瞳は虚ろで、顔には何の表情も表れていない。
そんなイルカの顔を見るのは、カカシには辛かった。

「……アナタに…子供は殺せないでしょう?」
「俺を特別扱いするのは止めてください。子供を殺すのなんて、誰だって厭な筈です」
カカシは、軽く溜息を吐いた。
イルカは真面目で、馬鹿が付くほど正直で、そして頑固だ。
自分が特別扱いされる事など認めないだろうし、権力を盾にしても無駄だろう。
「…判りました。任務から外したりなんか、しません」
でも、とカカシは続けた。
「指揮を執るのは俺です。作戦遂行上の命令には従って下さい」
「…御意」
言って、イルカは踵を返した。
「__イルカ先生…!」
たまらなくなって、カカシは相手を呼び止めた。
「そんな他人行儀な態度を取るなんて酷いです。俺を苛めたいんですか?」
カカシの言葉に、イルカは小さく笑った。
張り詰めていた精神の糸がふっと緩むのを、カカシは感じた。
「暗部の小隊長どのが、そんな子供みたいな事でどうしますか」
「アナタの前でだけです」
「知っています」
言って、イルカはカカシの頬に優しく触れた。
「それにしてもあの部隊長。指揮官の器じゃないですね。それに、カカシさんの実力で小隊長ですか?」
「今の俺は出戻りですから。それに俺、単独のほうが好きなんです。動き易いし」
「…天才の悩みってやつですか」
軽く笑って言うと、イルカはカカシに口付けた。



次の夜。
イルカの他に二人の部下を率いて、カカシは任務に赴いた。
標的は某国大名の御落胤兄弟。暗殺依頼の背景にはお家争いがある。
暗殺任務の多くは、こうしたお家争いが元になっている。
骨肉相食み、血で血を洗う争い__殺された者の遺族は復讐を試み、更に争いが広がる。
そして、犠牲になるのはいつも弱い者だ。
「二手に分かれろ」
ターゲットの屋敷に近づいたところで、低く、カカシは言った。
部下二人は門番を眠らせ、その隙にカカシとイルカが屋敷に侵入する手筈だった。
イルカは見張りに付き、獲物は、カカシが仕留める。
今回の任務では、屋敷の警護の者を殺傷しないように注意されていた。
殺して良いのは、あくまで御落胤の兄と弟。
恐らく、暗殺依頼者が内部の者だからだろうと、カカシは踏んでいた。
警護の者に忍はいない。
門番を気絶させ、音も無く忍び込み、音も無く去る__それで、終わりだ。

部下二人が門の方へ向かうのを見送ってから、カカシはイルカと共に屋敷に忍び込んだ。
依頼主から渡された図面通りの位置に、幼い兄弟の寝所がある。
廊下で寝ずの番をしている武士たちの後ろに音も無く飛び降り、声も上げさせずに気絶させる。
つくづく、楽な任務だ__そう、カカシは思った__ターゲットが、幼い子供でさえなければ。
ここにいて下さいと言う代わりに、カカシはイルカに軽く頷いて見せると、音も無く兄弟の寝所に入った。
添い寝している乳母を失神させ、クナイを構える。
上の子は、せいぜい三つか四つ。下の子はまだ乳呑み児だ。

乳呑み児を平然と殺せる奴は暗部でも少ない__お前が、適任だ

何年も前に、当時の部隊長から言われた言葉を思い出す。
彼も、今は鬼籍に入っているが。
カカシは、改めてクナイを握る手に力を込めた。
幼い兄弟は、恐れも憂いも知らぬかのような、安らかな眠りを貪っている。
この二人が死ねば、母親も乳母も、気の狂ったように嘆くに違いない……

「何を、躊躇っているのです?」
不意に背後から声を掛けられ、カカシは驚いて振り向いた。
気配など、全く感じなかった。
だがそこに、イルカが静かに佇んでいる。
「任務は任務です。あなたが割り切れないなら、俺がやります」
狐の面に隠れ、イルカの表情は伺えない。
だがその口調は、冷酷なまでに落ち着いている。

『任務なんだから、割り切って当然だろ?』
そう、言った時、オビトは困ったように笑った。
『お前は、割り切れるのか?』
『アンタは、割り切れないのか?』

脳裏に浮かぶのは、まだ少年だった頃の記憶。
あの頃はまだほんの子供で、イキがっていた。
カカシの本当の気持ちを理解していたのは、多分、オビトだけ。

「……イルカ…先……」
イルカは滑らかな動きで歩み寄ると、幼い兄弟の延髄に、千本を付き立てた。






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