(2)




「お久しぶりです、カカシさん」
言って、イルカは屈託なく微笑んだ。
幻術か?__一瞬、カカシは身構えたが、目の前の相手からは確かにイルカのチャクラが感じられる。
「俺は本物ですよ。敵の変化でも幻術でもありません」
「……何で…アナタがこんなところに……」
カカシは面を外し、改めて相手を見た。
里にいる時とは違って、イルカの髪は首の後ろで緩く括ってあるだけだ。髪型が少し違うのと暗部の装束のせいで印象が変わって見える。
だがその笑顔は、以前と変わらぬイルカのそれだった。
「暗部は人手不足なんですよ__こんなに殉職者が多ければ当然の事ですが」
「それでも、アナタみたいな人を暗部に送り込むだなんて__」
「お忘れですか?俺も、昔、暗部にいたんです」
あなた程、長くはなかったですけれど__言って、イルカは炎上する寺を見遣った。

炎に照らされた横顔は、能面のように無表情だ。

カカシは、改めて周囲の屍を見た。
刃物やクナイによるものでは無い、鉄爪で引き裂いたような傷。
だが、暗部の手袋に仕込まれた鉄爪で出来た傷にしては深すぎる。
「……これが、妖狐の力……」
「はい」
短く、イルカは答えた。

イルカに妖狐が封印されているのだと聞いた時、カカシは少なからぬショックを受けた。
それでも、イルカへの想いは変わらなかった。
が、こうして改めてその力を目の当たりにすると、酷く重苦しい気持ちになる。

「他の敵は?偵察の話では、60名ほどが警護に当たっていた筈です」
「あの中ですよ」
寺を見遣ったまま、イルカは言った。
「外に逃げられないように結界を張り、火をつけましたから。一人残らず焼け死んだ筈です」
「一人残らず?でも寺には住職や小僧や、殺すべきでない相手が……」
イルカはカカシを見、それからまた視線を逸らせた。
「…残酷ですよね」
「イルカ先生……」
カカシはイルカに歩み寄り、相手の腕にそっと触れた。
「全ては妖狐の仕業でしょう?アナタのせいではありません」
それより、とカカシは言った。
「暗部(こっち)に来たなら来たで、どうして俺に連絡してくれなかったんですか?」
「あなたに余計な心配をさせたく無かったんです。トラップ専門の忍としての配属ですし、妖狐の力が発動するほどの危険は無いと思ったので……」
言って、困ったような顔で笑ったイルカの背に腕を回し、カカシは相手を抱きしめた。
「イルカ先生が無事で何よりです」
「俺も、カカシさんに会えて嬉しいです」
微笑んだイルカに、カカシは唇を重ねた。

「本隊に連絡しなければ」
久しぶりの逢瀬を楽しむ暇(いとま)は今は無い。いつまでも抱き合っていたい想いを抑え、カカシは言った。
「その前に…遺骸は焼却します」
遺骸の傷を調べられたら、誰かが疑いを持つだろう。それは絶対に防がなければならないと、カカシは思った。
火遁の術を使い、遺骸を焼き払うカカシの姿を、イルカは表情も無く、見つめていた。



撤収し、報告を済ませた後、カカシは森の中にイルカを誘った。
「ここまで来れば、誰にも気づかれませんよ」
「何を…ですか?」
恋人のつれない言葉に、カカシは苦笑した。
「久しぶりに会えたのに、それは無いでしょ?」
「……良いんですか?」
「何を今更……」
言って、カカシはイルカに歩み寄った。
大掛かりな奇襲の筈だったのに殆ど何もせずに終わってしまったせいで、まだ気が昂ぶっている。
何より、三ヶ月ぶりに会った恋人の姿と声が、身体の奥を熱くさせていた。
「あなたも見たでしょう?妖狐の力を」

敵の中には相当の手練もいたのに、抵抗らしい抵抗もさせずに嬲り殺した。
誰にも破る事の出来ない結界を広範囲に張り、寺を炎上させた。
そして、敵味方、戦闘員・非戦闘員の区別の無い殺戮……

「あんな力を目の当たりにして、気味が悪くないのですか?」
「その力のお陰で、アナタが無事だったのですから」
「仲間も殺したんですよ?気づいていたでしょう?」
「…アナタのせいじゃ、無いです」
言って、カカシはイルカの頬に触れた。
「これからは俺がアナタを守ります。そうすれば、アナタが化け狐の力に悩まされる事もありません」
「…ですが…」
「俺を見て」
カカシは、イルカの首に腕を回した。
「俺だけを見て、俺の事だけを考えてください。俺が、アナタの事だけを想っている様に」
イルカは、藍色の瞳と、血のような色をした瞳を見つめた。
初めて見た時から、綺麗だと思っていた。

そして、より惹かれたのは血の色の瞳の方だ。

イルカはカカシの腰に腕を回し、その身体をゆっくりと草の上に横たえた。






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