俺ニマダ人ノ心ガ残ッテイル内ニ、俺ヲ殺シテクダサイ







(1)




「カカシさん…!」
玄関の引き戸が勢い良く開き、続いて飛び込んで来たイルカの姿に、カカシは思わず笑った。
ここまで全速力で走ってきたらしく、息を切らしている。
ペース配分を考えずに走ったのだろう。

何て忍らしくない。
何てこの人らしい__そう思うと、口元が緩むのを止められない。

「暗部に戻るって…どういう事なんですか!?」
「…随分、早耳ですね。極秘事項の筈なのに」
長期任務で暫く里を離れることになるとだけ、イルカには伝える積りだった。
出来れば、本当の事は知られたくなかった。
「どうして…何故、よりによって暗部に戻るんですか?」
「心配して下さるのは嬉しいですけど、他の任務に比べて特に危険という訳では__」
「はぐらかさないで下さい」
言って、イルカはカカシの両腕を掴んだ。
黒曜石のような瞳が、真摯な光を帯びてまっすぐに見つめてくる。
この眼に弱いんだよね__内心、カカシは思った。
「…今、殆どの上忍は任務で里の外に出ています。木の葉の里が置かれている状況は、アナタも良くお判りでしょう?」

大蛇丸の『木の葉崩し』により、三代目火影は死に、里は大きな打撃を受けた。
五代目火影となった綱手の下、復興が進められているものの、まだ以前の平穏は取り戻せていない。

「俺が訊きたいのは、あなたが何故、わざわざ暗部に戻ることを自ら志願したのかです」
「…誰からそれを?」
「綱手さまに聞きました」
軽く、カカシは溜息を吐いた。
「余計な事、喋ってくれちゃって…」
何故、綱手がそんな事までイルカに話したのか不可解だとカカシは思ったが、知られてしまった以上、理由などどうでも良かった。
「…暗部も今、人手が足りないんです。どうせ誰かがやらなきゃならないんだったら、慣れてるヤツの方が良いでしょ?」
心配しなくても大丈夫です、と、カカシは言った。
「暗部に戻っても、以前みたいな『冷酷な殺人鬼』には戻りません」
「それならば尚更、あなたは傷つくことになります」
自分自身が傷つけられたような表情(かお)で言うイルカの手に、カカシは自分の手を重ねた。
「幾ら傷ついても大丈夫です。アナタを思い出せば、それだけで癒されるから」
「カカシさん…」
イルカは、カカシを抱きしめた。そのイルカの肩に、カカシは頭を乗せ、僅かに体重を預ける。
「今だから話せますけど、アナタと付き合い始めて暫くした頃、後悔したんです」
「…後悔…?」
「アナタが俺を甘やかそうとするから。甘えてしまったら、自分が弱くなるんじゃないかって思って…。いっそ、別れようかとも思いました」
でも、別れなくて良かったです__間近にイルカの顔を見て、カカシは笑った。
「任務でどんな困難な状況に陥っても、アナタが待っていてくれると思えば最後まで諦めずに戦えます。どんなに辛いことがあっても、アナタが笑ってくれれば、それだけで癒される」

アナタの優しさは、むしろ俺を強くしてくれました…

カカシの頬に触れ、イルカは微笑んだ。
「…それを聞いて、安心しました」
不意に、カカシはイルカを強く抱きしめた。
「でもイルカ先生と離れるのは寂しいです。イルカ先生、浮気しちゃ、ヤですよ?」
「俺が浮気なんかする筈ないでしょう?__本当に、あなたっていう人は時々、大きな子供みたいになりますね」
「素直に可愛いと言ってください」
「…可愛いです」
言って、イルカはカカシの銀色の髪を撫でた。
「俺もあなたと離れるのは辛いですが……。あなたの強さを信じて待っています」
「待っていてください。俺は、必ず帰って来ます」
二人は間近に見つめあい、それから、唇を重ねた。






暗部に戻って、そろそろ三ヶ月になる。
里に戻っていた一年半の間に殺したよりずっと多くの相手を、この三ヶ月足らずで殺めた。
そうやって一人、また一人と殺すたびに、イルカの与えてくれた温もりが去ってゆく感覚に囚われる。
それでも、以前のように気持ちが荒むことは無かった。
この任務がいつまで続くかは判らないが、いずれはイルカの許に帰る積りだし、それが暗部に戻る事を承諾した時の条件でもある。
無論、そんな『約束』が平気で破られるのは、承知の上だが。

「そろそろ分隊が合流する時刻だ」
本隊を指揮する部隊長が、月を見て言った。
今回の任務は、大掛かりな夜襲だ。
獲物は某国の大名の甥で、今は旅の途中だ。警護には武士と忍、それぞれ30名ほどがついていると、事前の偵察で判っている。
人数の上で、こちらは不利だった。
手練を選りすぐって集めてはいるが、全部で12名。数の不足を補う為に、トラップの得意な忍で分隊を作り、本隊に先立って敵の退路を断つ罠を仕掛ける作戦だ。
その時、小さな羽音がして、鶫ほどの小鳥が部隊長の肩に舞い降りた。
「…分隊からの救援要請だ__敵に気づかれたらしい」
幽かに、部隊長は舌打ちした。
先遣隊が敵に気づかれたなら、奇襲は事実上、失敗だ。今から分隊の救援に駆けつけたら、救援どころか逆に本隊が危なくなる。
「…どうする?」
「ここはひとまず退いて__」
「様子を見に行く位、したって良いんじゃないの?」
言ったのは、カカシだった。
先遣隊も、自分の身は自分で守れる忍だ。自力で逃げられるくらいなら、わざわざ救援要請など送ってこないだろう。
つまり、今見棄てれば、彼らは死ぬ。
「だが、危険だ。奇襲に気づかれた以上__」
「だから、俺が行くんでしょ?」
相手が答えるのを待たずに、カカシは闇に身を投じた。
今、何よりも貴重な時間を、言い合いで浪費してはいられない。

「何…」
獲物(ターゲット)一行の宿泊する寺の見える位置まで来た時、カカシはその光景に愕然とした。
トラップが発動したのか、建物は炎に包まれている。
だが、作戦ではトラップは敵の退路を断つためのもので、寺に火をかける予定では無かった。
周囲を警戒しながら、カカシは寺に近づいた。
「……!」
そこには、敵味方併せて十名ほどの忍が、変わり果てた姿で横たわっている。
どうやら先遣隊は敵の忍に見つかり、取り囲まれたのだろう。
だが、それなら誰が敵を倒した?
仲間に生存者がいないかと、カカシは更に近寄って調べた。
「この…傷は、一体__」
背後に幽かな気配を感じ、カカシはクナイを構えた。
そして、自分の眼を疑う。
「__まさ…か……」






back/next




Wall Paper by 月楼迷宮