(5)


こんな厄介な任務の前に何をやってるんだ__翌日になって冷静さが戻ると、俺は自分自身に呆れた。
オビトに言われた通り、俺は他人には興味が無い筈だった。それが黒鷺の事となると妙に心配になったり、苛立ったり。
多分、黒鷺が俺より年下なのと、特定の任務の時だけでなく、こうして継続的にずっと部下として誰かの面倒を見るのが初めてなので、そのせいなのだろう。
決行の時刻の3時間前に、俺は使い鳥を飛ばして黒鷺を呼び出した。作戦の詳細な打ち合わせと意識合わせの為だ。
「最初に言っておく。俺が退けと言ったら素直に退け。やばそうだと思っても退け」
「…判った」
これだけは譲れないと思い、俺は言った。黒鷺は意外にも反論しなかった。
「昨日、渡しておいた屋敷の見取り図は頭に叩き込んだな?」
暗部は依頼主に交渉してターゲットの屋敷の見取り図を手に入れていた。尤も、それは普通の建築図で、あるに違いない隠し部屋などは一切、記されていないが。
「侵入経路は予定通りだ。気配を消す為にも術は極力使わない。敵はこれで眠らせる」
俺は用意しておいた千本を黒鷺に渡した。麻酔薬が仕込んである物だ。
「最後はどうする積りだ?」
「ターゲットの寝所まで辿り着いたら、幻術で操ってこれを飲ませる」
言って、俺は小さな印籠を示した。暗部医療班で調合した毒で、飲んでから10日後くらいに病死のような死に方をする。
「俺も予備を持っていた方が良いだろう。この状況では、どちらが寝所まで辿り着けるか判らない」
「…判った」
仕方なく、俺は折れた。
これから任務っていう時に、仲間割れしているワケには行かない。

予定の時刻になると、俺たちは普通の忍装束に着替えて出発した。木の葉の忍だと判るような品は一切、身に付けていない。それでも黒鷺は相変わらず面で顔を隠し、俺もいつもの覆面姿だ。
側室の館に着くと、俺たちは完全に気配を消して屋根裏に忍び込んだ。
トラップを予測して、慎重に進む。
ピリピリと張り詰めた黒鷺の気が感じられる。
幾ら気配を消しても、これでは敵に気づかれるかも知れない。
「……!」
いきなり天井板が破られ、雨隠れの忍が現われた。
前後を囲まれる。
俺は敵の攻撃をかわしながら麻酔薬を仕込んだ千本を投げつけた。
「ぐぅ…っ」
短いうめき声を残して敵忍が倒れる。黒鷺が仕留めたもう一人はそのまま天井から落ちた。
すぐに仲間が気づき、俺たちを狩り出そうとするだろう。
俺は黒鷺に軽く頷いて合図し、俺たちは別々の方向に走り出した。侵入が露見した時には一人が囮になり、一人がターゲットを仕留める作戦だ。

まっすぐ側室の寝所に向かうのは危険だと判っていたが、俺はそのまま寝所に向かった。囮役の黒鷺を、長く危険に晒したく無かったのだ。
俺にしては珍しく、焦っていた。
俺は側室の寝所に辿り着くと、天井裏から部屋の様子を窺った。
御簾に囲まれた寝具に若い女が横たわっている。
結界は張っていない。側室の部屋なのだから、部屋の中にトラップが仕掛けられている筈は無い。
部屋の外には不寝番をしているらしき者の気配が感じられる。が、忍ではない。ならば、幻術を使ってもこちらに気づかれはしまい。
雨隠れの忍がここに駆けつける前にカタをつけようと、俺は天井から飛び降りた。
「……!」
寝ていた女にいきなり飛び掛られ、俺は後ろに跳び退った。
ガチャリと金属のぶつかりあう音が響き、両腕に鈍い痛みを感じる。
どうやら俺は、トラップの中に飛び込んでしまったようだ。両腕を鉄の輪で拘束され、身動きが取れない。
「どこの鼠だか知らないけど、ここからは逃がさないよ?」
側室に化けていたくのいちが嗤う。奥方から受け取った見取り図をそのまま信じたのは迂闊だった。
襲撃を予測して、側室の寝所は別の場所に移したのだろう。
「……退け」
『…カカシ…!?』
首に装備した咽喉マイクで撤収を伝えると、イヤホンから黒鷺の心配そうな声が飛び込んできた。
「仲間の鼠も、逃がしはしない」
くのいちは笑って言うと俺に近づき、俺の右腕にクナイを付き立てた。
「……くっ……」
『カカシ?どうした、何が__』
「良いから……退け……!」
必死に呻き声を押し殺して、俺は命令を繰り返した。
「お前はどこの鼠だ?見たところ、まだ子供じゃないか」
雨隠れのくのいちは俺をこの場で拷問する積りなのか、俺に近づくとクナイを更に深くつき立てた。
激痛に、吐き気と眩暈がする。
両腕を拘束されているので印を組むことも出来ない。
俺はある程度、痛みに慣れているが、敵は拷問に慣れたヤツのようだ__或いは、単なるサディストなのかも知れないが。
くのいちは何やら愉しそうな笑みを浮かべると、俺の腕に突き刺したクナイをそのままゆっくりと捻った。
「ぐあぁぁぁ……っ!」
肉を裂かれる痛みに俺が思わず声を上げた時、くのいちの動きがぴたりと止まった。
クナイを俺の腕に残したまま、ゆっくりとその場に倒れる。
「カカシ、大丈夫か!?」
俺の悲鳴を聞きつけて部屋に飛び込んできた不寝番二人にも千本を見舞ってから、黒鷺は俺に歩み寄った。
「俺はいいから早く逃げろ。すぐにこの女の仲間が__」
「ガキの癖にかっこつけるな!」
鋭く言って、黒鷺は俺を遮った。
「俺だって、仲間を死なせたくなんかない」
「……黒鷺……」
黒鷺は俺の両腕を拘束している鉄の枷を調べた。
刀やクナイで断ち切れるシロモノでは無い。そして枷は鎖で柱に繋がれている。
「火遁、紅龍の術!」
黒鷺が印を組むと同時に炎が立ち上り、柱を焼く。館に放火する許可は出ていないが、背に腹は変えられない。
「もう少しだ。もう少しで__」
「黒鷺……!」
敵に気づいた俺が叫ぶのと黒鷺が振り返ったのが、殆ど同時だった。
血飛沫が上がり、袈裟懸けに斬りつけられた黒鷺が、崩れるように倒れる。
俺は燃えかけた柱から鎖を引きちぎり、敵の刃をかわしながら印を組んだ。
「水遁、青海波!」
「うわあぁぁぁぁ……!」
俺の放った術のせいで建物の一部が崩壊した。が、そんな事に構ってはいられない。
俺は倒れている黒鷺に駆け寄り、抱き起こした。
意識は無い。
俺はそのまま黒鷺を抱きかかえ、屋敷から脱出した。




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