(6)


「何で避けなかったんだ、馬鹿野朗。あのタイミングなら余裕で避けられたのに……」
俺は黒鷺を抱いて何とか逃げ延び、洞窟の中に隠れた。
いつの間にか激しい雨が降り出している。
黒鷺が敵の刀を避けなかったのは、身動きが取れずにいた俺を庇う為だ。あの時、黒鷺が避けていれば、俺が斬られていた。
俺は悔しくてたまらなかった。
任務に失敗したのも悔しいが、何より、黒鷺に大怪我を負わせてしまったのが悔しかった。
俺は洞窟の奥の乾いた場所に黒鷺の身体を横たえた。
呼吸を確かめるために、面を外す。
____え……?
一瞬、俺は自分の眼を疑った。
初めて見る黒鷺の素顔はあどけない程に幼くて、これがあの禁術遣いだとはとても思えない程だ。
どくりと、心臓が奇妙に脈打つ。
「…とにかく、止血を……」
黒鷺が息をしているのを確認して、俺は薬籠を取り出した。

濡れた服を脱がせると、黒鷺の身体は華奢で、子供の身体だった。俺も鍛えても余り筋肉がつかないタイプだから、似たようなものだが。
それにしても無防備に眠る黒鷺の姿は余りに幼くて、深い傷を負った姿が痛々しい。
「死なせない…絶対に、死なせない……」
俺はありったけのチャクラを込めて黒鷺の傷を塞ぎ、完全に止血したのを確かめてから、朦朧とする意識の中で自分の腕の手当てをした。


気がつくと、外は明るくなっていた。
どうやら、眠ってしまったようだ。
「黒鷺…?」
傍らで眠る相手の名をそっと呼んだ。
黒鷺はまだ深い眠りの中にいて、反応を示さない。
呼吸は規則正しいが、熱がある。抗生物質を投与すれば熱は下がるが、こういう時の熱は免疫力を高めるので無闇に解熱はしないほうが良いのだと、俺は以前、先生に教わった。
ぼんやりと、俺は外を見遣った。
雨は一層、激しくなっている。
尤も、チャクラ切れで、いずれにしろ動けそうには無い。
もう一度、俺は黒鷺を見つめた。
顔の中央、鼻梁の上に特徴的な傷痕がある。
今は眠っていて判らないが、瞳も髪と同じ色なのだろうと、漠然と俺は思った。
「…何でアンタみたいな子が暗部にいるのさ」
眠り続ける黒鷺に、俺は問うた。
「俺みたいなすれっからしならとも角、里を護りたいなんて初心な事を本気で思ってるようなアンタが、何で暗部なんかに…?」
俺は手を伸ばし、黒鷺の頬に軽く触れた。
まるで、赤ん坊の肌のように柔らかい。
程なく睡魔が訪れ、俺はもう一度、眠りに落ちた。



次に目覚めた時は夜になっていた。
焼け付くような喉の渇きを、俺は感じた。
雨はもう、止んでいる。
どこかで水を調達しようと俺が思っていると、黒鷺が身じろいだ。
「黒鷺、気がついたのか?」
「……カカシ……?」
黒鷺が起き上がろうとしたので、俺は手を貸して半身を起こさせた。
黒鷺は目頭を押さえ、それから驚いたように俺を見た。
「俺の面は……」
「外したよ。手当ての邪魔だったし、それに__」
ここには俺たち二人以外、誰もいないから__そう、言おうとした俺は、その場に押し倒された。
喉元に、クナイを突きつけられて。
「どうしてそんな余計な真似をした?」
「…余計な真似?」
蒼褪めて訊く黒鷺に、俺は聞き返した。
「俺たち仲間でショ?何でそこまで素性を隠す事に拘るの?」
「…理由など言えない。言えるのは、あんたには死んで貰わなければならないって事だけだ」
俺は改めて、相手を見つめた。
思っていた通りの漆黒の瞳。
大きな目でこちらを見下ろすその容貌は可愛いと言えるほどで、思いつめた表情とそぐわない。
何とかしなければ、と、俺は思った。
俺のチャクラの回復はまだ不十分だが、黒鷺のそれは俺より弱っている筈だ。
黒鷺に怪我をさせないようにこの場を収めなければと俺は思った。
それなのに、何故か身体が動かない。
黒鷺の潤んだような漆黒の瞳に見つめられ、このまま喉を掻き切られても構わないと、俺は思った。

その時、一羽の白い小鳥が洞窟に飛び込んできた。
『もう良い』
聞き覚えのある声で、小鳥は言った。
「……火影様……!」
『もう、良い。やはりお主には、闇の世界は相応しくない』
黒鷺の手から、クナイが落ちる。
「どうして…何故ですか!?任務に失敗したのはこれが初めてなのに、どうして……」
『ずっとお主を見守って来た。お主が血の滲むような努力をしてきた事も、その成果の程も判っておる』
「だったら……どうして……」
俺は半ば呆然と、火影様の式と黒鷺のやり取りを見つめた。
訳ありだとは思っていたが、火影様がわざわざ居場所を探して式を飛ばすなんて、一体、何者なんだ……?
『失敗を責めているのでは無い。お主には、他にもっと相応しい場所がある』
「嫌です!俺は、父ちゃんと母ちゃんみたいに強い忍になって、里を護りたくて今までずっと__」
『里を護る術は、他にもある。もっと、お主に相応しい方法がな』
火影様の式は何度か羽ばたいた。
『この場所は暗部に伝えてある。すぐに救援が来るゆえ、待っているが良い』

「…くしょう…」
式が飛び去ると、黒鷺は低く言った。
「ちきしょう…ちきしょう……!」
力任せに拳を地面に叩きつける黒鷺を、俺は止めた。
「傷に触るよ」
「うるさい!余計なお世話だ!」
黒鷺は泣いていた。
もう一度、心臓が奇妙に動悸を打つのを俺は感じた。
こんな綺麗な涙を見るのは、初めてだ。
「俺は……出来るだけの事はしたのに……父ちゃんと母ちゃんみたいに……」
しゃくりあげる黒鷺の姿はとても無防備で無垢に見えた。
事情は良く判らないが、黒鷺の気持ちの強さと純粋さは感じ取れた。
「……俺も、アンタは暗部に相応しくないって思うよ」
俺が言うと、黒鷺はこちらを睨んだ。
「俺が力不足だって言うのか?」
「そうじゃ無い。アンタは凄く強いよ。だって、俺の生命を救ってくれた」
黒鷺は視線を逸らせた。
もしかしたら、俺を助けたことを後悔しているのかも知れない。けれどももし、あの時俺を見捨てていたら、黒鷺はもっと後悔したに違いない。
「アンタは里を護りたいんだろ?だったら、暗部なんかにいる必要は無いよ」
「…お前に何が判る」
「アンタが抱えてる事情は俺には判らない。ただ言えるのは、戦って殺すなんて誰にだって出来るってコト」
黒鷺は黙ったまま、涙を拭った。
「生命を護るってコトは、それを奪うコトよりずっと難しい。自分の身を呈してまで誰かを護ろうなんて、誰にでも出来る事じゃない」
俺の、先生がそうであったように__俺の言葉に、黒鷺はこちらを見た。
「あんたの先生って……」
「四代目火影」
黒鷺は、何度か瞬いた。
「俺は先生が何で死んだんだか判らなかった。そりゃ確かに九尾事件は里の一大事だったけど、何も火影自らが犠牲にならなくっても良かったんじゃないかって思ってた。だけど……」

今は何となく、先生の気持ちが判る気がする

「良く判らないけど、アンタは多分、先生と同じ心の持ち主なんだよ」
「……言ってる意味が判らない」
「俺にだって判らないよ。ただ、そう思うだけ」
だから、アンタはアンタに相応しい場所に戻って、アンタに相応しいやり方で里を護ってよ__俺が言うと、黒鷺はまっすぐに俺を見つめて言った。
「あんた自身は、暗部に相応しいって思うのか?」
「…相応しいも相応しくないも、俺には他に居場所なんか無い」
黒鷺は漆黒の瞳で暫く俺を見つめ、そして視線を逸らせた。





黒鷺は傷が癒えるとそのまま暗部を辞めた。
俺はそれが黒鷺の為には良かったのだと思った__寂しくないといえば、嘘になるが。
俺は本名も素性も判らない黒鷺の事を、その後もずっと忘れなかった。


多分、あれが俺の初恋だったのだと、ずっと後になって思った。
それが最初で最後の恋になるのだなどと、あの頃には思いもしなかった。
そしてその恋がどんな結末を迎えるのかなどと、予想だに出来なかった。





Fin.



後書と言う名の言い訳
暗部仔イルカネタの筈なのに、何となく暗部仔カカシ話みたいになってしまいました;
何でだか、カカシ一人称ってすごく書きやすいんですよね。
何やら含みを残した(?)終わり方になってるのは、続編に続くからです。乞うご期待(笑)

BISMARC



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