(4)


相変わらず黒鷺は打ち解けてくれなかったが、忍としての俺を信頼してくれてるのは判った。
実を言うと、俺はチームでの任務が得意では無い。6歳という異例の若さで中忍になった俺は、周囲に合わせるのが苦手だった。
周りの連中も俺の実力を過小評価するか化け物扱いするかどちらかで、まともに認めてくれたのは先生だけだった。
13歳の黒鷺が俺の下に配属されたのは多分、歳が近ければ馴染みやすいだろうと上層部が判断しての事だったのだろう。
上層部の思惑の半分は当たり、半分は外れた。
俺はもっと黒鷺の事を知りたいと足掻き、黒鷺は頑なにそれを拒み続けた。
冷静に確実に獲物を仕留めておきながら、その死を悼むかのようにいつまでも死体の傍らに立ち尽くす黒鷺の姿に、俺は奇妙な息苦しさを覚えた。
けれどもそれは、不快な感情ではなかった。
俺は人を殺した後の黒鷺の無表情な面を、きつく括られた黒髪を、細い肩を見るのが好きになった。
俺が感じることの出来ない罪悪感を黒鷺が引き受け、そのお陰で俺の魂まで浄化されるように、俺は感じていた。
無論、その当時は、そんな風に具体的に考えた訳では無かったが。


その日、隊長から任務の説明を受けた俺は、かなり不機嫌になって宿舎に戻った。
遣い鳥を飛ばし、黒鷺を呼ぶ。
「ったく、上層部の連中は……」
俺がぼやいている所に、黒鷺が姿を現した。
「任務か?」
「そ。ヒトゴロシのお仕事」
俺の言葉に、黒鷺の気が幽かに変わった。
いつも面をつけていて表情が判らないので、俺は黒鷺の気の変化に敏感になった。
まるで片思いでもしているみたいだと、俺は内心で苦笑する。
尤も、相手は男だから、色気も何もあったもんじゃ無いが。

依頼主は、さる大名の奥方。
ターゲットは若い側室。目下のところ、懐妊中だ。
その大名は、側室たちを含めて自身の警護を雨隠れの里に依頼している。
それだけでも厄介な状況なのに、依頼主の奥方は、単独任務を要請して来た。絶対に大名には知られたくない、だから単独で…というのが奥方の希望だ。だから病死に見せかけてくれとのオプション付き。
そんな危険な任務を単独では請け負えないと、木の葉の里は突っぱねた。だが積み上げられた報酬の額には逆らい切れず、ツーマンセル任務でなら、という事で、暗部に回ってきたのだ。

「それで、任務内容と作戦は?」
静かな口調で、黒鷺は訊いた。
「ターゲットは俺が仕留める」
言ってしまってから、俺は自分が苛立っているのに気づいた。
忍でない一般人を殺す任務は気に入らない。相手が女子供なら尚更だ。
それでも以前なら、厭な事はなるべく考えないようにし、任務が終わればとっとと忘れる事にしていた。
だが黒鷺は、忘れたりしないのだろう。
まるでその姿を脳裏に焼き付けようとするかのように、いつまでも死体の側に佇み、見つめ続ける。
口布の下で、俺は苦笑した。
黒鷺が実際に何を考えているかなんて、俺には判らない。本当は人殺しが好きで、殺した相手の屍骸を見つめているのはそれが楽しいからかもしれない。
口を噤んだ俺を促すでもなく、黒鷺は辛抱強く俺が続けるのを待った。
俺は、手短に任務を説明した。
「先遣隊の偵察によると、懐妊が判ってから側室の警護は厳重になった。十名ほどの武士と、同じくらいの数の忍が交代で警護に当たっている」
奥方には子供がおらず、他の側室にも女の子しか生まれていない。今回のターゲットが厳重に護られているのはお腹の子が世継ぎになる可能性の為で、奥方に生命を狙われるのもそれが理由だった。
「警護の忍は、どの程度の連中なんだ?」
「少なくとも2、3人は上忍レベルらしい。だから全員を幻術で惑わすのは恐らく無理だ。それに、殺戮許可も下りていない」

今回の任務がこんなに厄介なのは、依頼主の我儘のせいもあるが、木の葉と雨の同盟関係も絡んでいる。二つの里の間には同盟条約が結ばれているので、木の葉の忍が雨隠れの忍を殺すわけにはいかないのだ。
そうは言っても、利害関係の対立する任務を請け負うことはたびたびあり、どちらかに死者でも出ない限り、互いに黙認する習わしになっている。
そして今回の場合、雨の忍に死者でも出れば雨の里は木の葉の里を条約違反で糾弾するだろうが、俺たちのどちらかが死んでも、雨の里に非はない事になる。
成功しても失敗しても、後味の悪いことになりそうだ。

「今回はこんな任務だから、やばそうだと思ったら、退いても良い」
一通り作戦を説明し終わると、俺は言った。
「…任務が失敗しても良いと?」
意外そうな口調で、黒鷺が聞き返す。
「殺されたらどっちみち失敗でしょ?だったら生きて返った方がマシだ。人質救出みたいに時間が限られてる任務ならとも角、俺たちが失敗してもまだ後がある」
「一度、失敗すれば警護が一層、厳重になって手が出せなくなる可能性がある。それに大名の奥方からの任務で失敗などすれば、木の葉の忍の名に傷がつく」
「奥方がこの件を誰かに言いふらすと思うワケ?」
「自分の実家になら」
黒鷺の言葉に、俺は口を噤んだ。
確かに依頼主は別の国の大名の娘だ。そしてその別の国とは木の葉の里の言わば上得意で、木の葉が今回の任務を断れなかった背景でもある。
「…アンタ、やっぱり優等生なんだね。里の名誉の為には自分の生命を賭けても惜しくないって?」
苛立ちを感じ、俺は言った。
「それが忍というものだろう」
「ガキの癖にかっこつけるな。俺は里の名誉なんかより部下を死なせない事の方が大事なんだ!」
思わず強く言うと、俺はその場を後にした。




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