(3)
「生意気な態度の割りに任務の時には分をわきまえた行動を取るから扱い難いって訳じゃないんだけど、全然、打ち解けてくれないんだよねー」
「お前がそんな事、言うなんて珍しいな」
数週間後、黒鷺の事を話した俺に、オビトは言った。
オビトとは一緒に暗部に入ったが、別々の部隊に配属されたので同じ任務に就くことは滅多に無い。こうしてゆっくり話をするのも久しぶりだ。
「珍しいって、何が?」
「お前、他人に興味を示さないだろ?任務さえちゃんとこなしてればとか言って、同じ任務に就く仲間の事にも無関心なのに」
言われて見ればその通りだ。
「お前より年下の暗部って珍しいから、弟が出来たみたいで嬉しいんだろ」
軽く笑って、オビトは言った。
俺は捨て子だったから、両親の顔を知らない。当然、兄弟もいない。いるかも知れないが、会った事はない。
兄弟がいるというのがどんなカンジなのか、俺には判らない。
そう言うと、オビトはちょっと肩を竦めた。
「俺も一人っ子だからよくは判らないけど……多分、お前は黒鷺の事を可愛いって思ってんだろ」
「可愛い訳ないだろ?」
俺は即座に反論した。
「絶対に顔を見せようとしないし、時々、俺の作戦が気に入らないって反論するし。まあ、言う事は大体、正しいけど。任務以外の時にはどっかに行ってて居場所も隠してるからゆっくり話をした事も無いし、何かを訊けば、二言目には『答える義務はない』だし」
「遣い鳥を飛ばせばちゃんと連絡はつくんだろ?だったらほっとけば良いじゃないか」
「でも俺としては少しはリラックスさせてやりたいワケ。あいつ、任務の時にはいつも凄くピリピリしてるから」
「…そうなのか?」
幽かに眉を潜めて、オビトが聞き返した。
「あれだけ禁術を使えば緊張するのは当然なんだけどさ。それが任務の後までずっと続くんだ。顔が見えないから良くは判らないけど、何だか…」
「…何だか…?」
「人を殺すのが、本当は厭なんじゃないかって気がする。暗部に入る前にも任務で人を殺した事があるらしいけど、何十人と殺しても、それに慣れられない奴っているじゃない」
「それはそうだが…どうして黒鷺が人を殺すのを厭がってるって思うんだ?」
俺はオビトを見、それから視線を逸らせた。
暗部に入って暫くすると、大概の奴は人を殺すことに慣れる。
中には殺戮を愉しむようになる輩もいるが、そういう異常者はすぐに暗部から外される。さもなければ、暗部はただの人殺し集団になってしまうだろう。
尤も、人殺しに慣れるというのも多分、異常なんだろうけど。
それでも、『異常』にならなければ、狂ってしまう。
「殺した相手が女子供だったりすると、いつまでも死体をじっと見つめてたりするんだ。そんな事をすれば辛くなるだけだし、とっとと忘れる方が良いって言ったんだけど…」
木々の枝葉を見遣りながら、俺は言った。
俺は殺した相手の事はすぐに忘れる。
暗部に入ったばかりの頃、先輩や部隊長からよく言われた。『忘れろ』と。
皆、そうやって、自分の心を護っているのだ。
「…そんな任務をやらされてたのか」
幾分か怒りの篭もった口調で、オビトは言った。
俺は意外に思った。
「そんな任務って、暗部だし」
「それはそうだが、何もお前たちみたいな子供にそんな任務をさせなくても…」
俺は、もう一度、意外に思った。
オビトは俺より4つ年上だが、俺の事を子ども扱いした事なんか無い。そこがオビトのいい所の一つだと、俺は思っていた。
「暗部は暗部だ。年のせいなんかで特別扱いするなんて有り得ないし、特別扱いなんぞされたくも無い」
思わず強い口調で俺は言った。
オビトは何かを言いたげに口を開いたが、何も言わなかった。
俺だって、黒鷺に子供を殺させたくは無かった。黒鷺が本心では人を殺す事を嫌悪しているかも知れないと先に気づいていたら、殺させなどはしなかった。
殺した子供の死体をじっと見つめていた黒鷺の姿を思い出すと、何だか息苦しい。
「そんな事よりさ、お前のカノジョ、紹介してよ」
重苦しい沈黙に耐えられなくなって、俺は話題を変えた。
オビトは驚いた表情で俺を見た。
「カノジョって……何の話だ?」
「とぼけんなよ。オビトは付き合いが悪くなったから、女でも出来たに違いないって、皆、言ってる」
付き合いと言うのは、遊里通いの事だ。
性欲処理のため、キツイ任務の憂さ晴らしの為、或いは自分が生きていることを確認するために、暗部の忍は遊里に足を運ぶ。
特に若い暗部たちは連れ立って遊里に通うことが少なくなく、オビトもたびたび誘われているらしい。
俺は「まだガキだから」と言われて誘いのかかった事は無いが、俺と遊びたがるくのいちは沢山いるので、わざわざ金を払って遊里に行く必要は無かった。
それでもそれがどんな所なのか、興味が無いといえば嘘になるが。
「誰に聞いたんだか知らないが、彼女なんかいない」
「隠さなくても、取ったりしないよ?」
「隠してなんかない。本当にいないものはいない」
「だったら何で赤くなってんのさ」
オビトは口を噤み、視線をそらした。酒でも飲んだかのように顔が赤い。
こんなオビトを見るのは初めてだ。
「……恋人っていう訳じゃない。ただ…凄く大切な人だ」
真剣な表情で、オビトは言った。
「それってもしかして片思いって奴?何で告らないのさ」
「あの子はまだほんの子供で……」
「そんな事、言ってる間に誰かに取られたらどうすんだよ」
オビトは俺を見、苦笑した。
「俺はあの子に誰よりも幸せになって欲しいんだ。あの子が他の誰かと幸せになるんだったら、それはそれで良い」
俺は、すぐには何も言えなかった。
ただ、オビトが酷く真剣なのは判った。
「…オビトがそんなにマジになるなんて、よっぽど可愛い子なんだな」
「可愛いのは確かだけど、すごく純粋で心の綺麗な子なんだ。だから、大切にしたい」
「片思いの癖に惚気るなよ__でも、いつかちゃんとした恋人同士になれると良いな」
オビトの真剣さにつられて俺は言った。
何人ものくのいちと遊んでいる俺にはオビトの態度は歯がゆくも思えたが、そこまで真剣に誰かを想う気持ちに、一種の憧れを感じた。
「…そうだな。ありがとう」
照れくさそうに笑って、オビトは言った。
この時のオビトの幸せそうな顔を、俺はずっと後になって悔恨の情と共に思い出すことになる。
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