(2)


翌日、俺たちに早速、任務が言い渡された。国境(くにざかい)に出没する夜盗の掃討だ。
それだけならCランクレベルだが、夜盗の頭目が抜け忍__それも木の葉の里の__らしいという情報があって、暗部に仕事が回ってきたのだ。
俺たちは夜になるのを待って出発し、偵察隊から得た情報を元に夜盗のねぐら近くを見張った。
「…確かに一人は忍だ。それも上忍クラス」
夜盗の気配を探って、俺は言った。
黒鷺は何も言わなかったが、流石に緊張しているのが判った。
「人質がいる訳じゃなし、簡単な任務だよ。無理に殺す必要も無い」
黒鷺の緊張を解こうと、俺は言った。
「生け捕りにする必要が無いのなら、殺した方が楽だろう?」
俺の言葉に、黒鷺は静かに言った。
確かに、黒鷺の言う通りだ。
生け捕りにしなければならないとしたら、相手が手強い場合には厄介だし、こちらの被害が大きくなる可能性が高まる。今回の任務のように殺戮許可が下りている場合、皆殺しにしてしまった方がずっと容易い。
「アンタ、人を殺したことがあんの?」

初めて人を殺した時、何らかの反応を示さない奴はいない。
パニックに陥って泣き出す者もいれば、酷く残忍になって殺しすぎる奴もいる。
その場では冷静でも、後になって悪夢に魘されたり、何日も食事が喉を通らなくなったり。
黒鷺にそんな風になられたら厄介だ。だから、俺は訊いた。
だが、黒鷺の答えは意外だった。

「勿論」
「勿論?何で?アンタ、下忍でしょ?」
下忍の任務で人を殺める事などありえない。
思わず聞き返した俺から、黒鷺は顔を背けた。
面を付けているので表情は判らないが、うっかり口を滑らせたと思っているのが感じられる。
「…アンタ、何か訳ありみたいだね」
俺は言ったが、黒鷺は何も言わなかった。訊いても、話さないだろう。

13の若さでの暗部入り。階級は下忍でありながら上忍レベルの実力。禁術遣い。
どれを取っても胡散臭い。
素性を明かすまいとしているのも、何か理由があるのだろう。
それが何なのか、俺は気になった。

「いつ、始めるんだ?」
まっすぐ前を向いたまま、黒鷺は言った。
俺はもう一度、夜盗たちの気配を探り、「今すぐ」と答えた。
「作戦は?」
「結界を張って連中を囲い込み、火遁か水遁の術で一気にカタをつける。上忍崩れの頭目は結界を破るだろうから、逃げ出したところを仕留める」
黒鷺は黙って頷いた。
相変わらず緊張感は感じ取れるが、それは戦闘にそなえて分泌が高まったアドレナリンの作用によるもので、恐れや不安とは無縁なのなのだろう。
「頭目は俺が仕留める。残りはアンタに任せる」
「判った」
短く、黒鷺は答えた。
「行くぞ!」
言葉と同時に、俺は地を蹴った。


気配を殺したまま俺たちは夜盗の隠れ家に近づいた。
黒鷺が素早く印を結び、結界を張る。
見事な布陣だ。
流れるように滑らかに細い指が動き、あっという間に隠れ家を結界に取り込んで行く。
俺は油断無く身構えた。
結界を張るだけでもかなりのチャクラが動く。上忍崩れの頭目なら、いち早く異変に気づくだろう。
ザッ…と、空気を切る音と共に黒い塊が隠れ家から飛び出し、黒鷺に飛び掛った。
黒鷺は応戦する事無く、地を蹴って後ろに跳び退る。
「こっちだ!」
俺は背の忍刀を抜き、黒鷺に飛び掛った男に斬り付けた。男は身を翻して俺の刀を避け、そのまま反撃に転じる。
「うわあああああっ!」
「ぎゃぁぁぁぁ……!」
隠れ家から幾つかの悲鳴が上がった。
安全な位置に移動した黒鷺が、火遁の術を発動させたのだ。
結界に取り込まれた夜盗どもに逃げ道は無い。
後は、抜け忍崩れの頭目を始末するだけ。
俺は口布の下で薄く嗤い、地を蹴った。



「アンタがスタンド・プレイをしようなんて気を起こさなくて助かったよ」
残党がいないのを確認し、頭目の死体を処理班に引き渡してから俺は言った。
黒鷺は黙ったまま、こちらに面を向けた。
「アンタ、かなりの自信家みたいだからさ。一人で全員を仕留め様とするんじゃ無いかって、思ってた」
「それは作戦に反するし、命令違反だ」
へえ?と、俺は眉を上げた。
「アンタ、意外と優等生タイプだったんだ?」
「俺はただ、里を護りたいだけだ」
思ってもいなかった黒鷺の言葉に、俺はすぐには何も言えなかった。
ただ、金色の髪と空色の瞳をした人の面影が脳裏を過ぎる。

物心ついた時には、俺は既に忍だった。
生き続ける事と忍であり続けることは同義であり、それはまた殺し続ける事と同義でもあった。
初めて人を殺めた時の事は覚えていない。
その光景や状況ははっきりと覚えているけれど、その時の感情は全く思い出せない。
そのくらい、その時の俺は幼なかった。
そのくらい幼い頃から、俺は忍だった。
俺は惰性で忍であり続け、理由や意味なんて考えもしなかった。

その『意味』を初めて意識したのは、九尾事件の時だった。
俺の先生__四代目火影__は、里を護る為に自らの生命を犠牲にした。
その時、俺は初めて忍である事の意味を考えた。
何故、戦わなければならないのだろうかとか。
理由があれば、殺すことは赦されるのだろうかとか。

今でも、答えは出ていないが。


俺は改めて黒鷺を見た。面を外して、素顔を見せて欲しいと思った。
願っても、叶いそうに無い望みだが。
「…それにしてもさっきの火遁、あの火力はやり過ぎじゃない?あれも禁術でしょ?」
まさか禁術しか使えない訳じゃないよね?__俺の問いに、黒鷺は何かを呟いた。
「何?」
「…無駄に長く苦しませたくは無かった。だから…」
俺は、何度か瞬いた。
意外続きだ。

最初は、自信過剰な可愛げの無いヤツだと思った。
13の下忍の癖に人を殺し慣れているのを知って、冷酷な奴かも知れないと思った。
だが実際には自信過剰でも、冷酷でもない。
だったらどんなヤツなのか__それはまだ判らない。
何だか判らないけれど面白そうな奴だと、俺は思った。


その時には、それが俺の人生を変えてしまうような出会いだったのだとは、夢にも思わなかった。




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