「何だ。ガキじゃないか」
俺の顔を見るなり、そいつは馬鹿にしたように言った。




(1)


ムカついた。
でも怒るのは止めておいた。だってそいつはまだ13のガキで暗部の新入りで今日から俺の下に配属されたのだ。
失礼なこと言われたからっていちいち怒ってちゃ、同レベルでしょ?
「歳はアンタといっこしか違わないけど。忍になって10年、暗部に入って3年だから」
ついでに言えば、上忍になったのも3年前だけど、俺はそこまでは言わなかった。
部隊長に聞いた話では、この新入りは中忍試験を受けていない。
つまり下忍だ。
でも実力は限りなく上忍に近い中忍レベルだそうで、つまり階級には何の意味もないってコト。
「あんたがただのガキじゃ無いのは判った。だが俺も、ただのガキじゃ無い」
相変わらず可愛げの無い口調で、そいつは言った。
大した自信だ。
俺は溜息を吐きたくなった。
暗部はエリート揃いの特殊部隊だ。だから暗部の新入りには暗部に選ばれたことで過剰な自信を抱く者も少なくない。
大抵は厳しい任務に現実を思い知って考えを改めるが、その間も無く殉死する者も、中にはいる。

俺は忍稼業を10年近くやってるから、数え切れない位の人間を殺め、数え切れない位の人間を傷つけてきた。
任務で人を殺すことに罪悪感は感じない。多分、ザイアクカンなんて感情が芽生える前に、この状況に慣れてしまったんだろう。
それでも、仲間が死ぬのはイヤだ。
哀しいとかそういうんじゃ無いけど、後味が悪い。赤い色を見たくなくなる。肉や魚が食えなくなる。
暫くすれば、元に戻るけど。
部下を付けると部隊長に言われた時最初に思ったのが、「死なれたらイヤだな」だった。
それなのにこの新入り君は、とんでもない自信家と来た。
ヒュッと、風を切る音に続いてクナイが壁に突き刺さる。
俺の投げつけたクナイを、新入りは難なくかわしたのだ。
ま、この程度。できて当然だけど。
「アンタの力を見せて貰う」
ついて来い__言って、俺は窓から外に飛び出した。



少なくともスピードは充分だ__少しも遅れずについて来る相手に、俺は思った。それに、正確に一定の距離を保っている。
俺は相手にクナイを投げつけ、そのまま木の枝から地面に降り立った。
「土遁、土籠の術!」
「…何っ…!?」
いきなり大地から何本もの土塊が現われ、土牢のように俺を囲い込んだ。
チャクラで補強してあるらしく、土塊は石のように硬い。
眼の前に降り立ち、こちらをまっすぐに見据えている相手を、俺は改めて見た。
俺の投げたクナイをかわし、木の枝から地面に降りながら印を組み、術を放ったのだ。
しかも、これは禁術の筈。
禁術には高度なチャクラ・コントロールが要求される。誰にでも扱える訳じゃ無い。
限りなく上忍に近いレベルという部隊長の言葉を、改めて思い出す。
「……これがアンタの一番の得意技って訳?」
「一番なんかじゃ無い」
内心、感心していた俺に、無感動に相手は言った。
面を付けているので表情は判らないが、どうやら自信過剰なタイプでは無さそうだ。
「そりゃ、良かった」
「……!」
真後ろに立って喉元にクナイを突きつけると、新入りの身体がピクリと震えた。
「……いつの間に……」
土塊の中に捕えられた俺の分身が消えるのを見て、新入りは呟いた。
「術を発動させる前にはチャクラが動く。大きな術なら大きなチャクラがね。俺はアンタが術を発動させる前にそれを感じ取って、取りあえず分身を残して隠れたってワケ」
分身の術はアカデミー生でも使える程度の術で、必要とするチャクラも少ない。相手に気取られる可能性もゼロに近い。
「ま、任務の時には俺がフォローするから。アンタがスタンド・プレイなんかしたがらなきゃね」
クナイを収め、俺は言った。

可愛げはないけど、それでも俺の部下だ。
死なせたくは無い。

「アンタ、中忍試験も受けてないそうだけど、禁術なんかどこで習ったのさ」
「答える義務は無い」

ちょっと前言撤回したくなって来た。
可愛げなさすぎ。

「…じゃあ質問を変える。俺ははたけカカシ。アンタの名は?」
「黒鷺」
「それは知ってる。俺が訊いたのは本名の方」
「答える義務は無い」
相変わらず無感情な口調で、新入りは言った。
俺はわざとらしく溜息を吐いた。
「判った。アンタの事は黒鷺って呼ぶ。でもせめて面くらい取れよ」
仲間だろ?__俺は言ったが、黒鷺は首を横に振った。
面を外すことを拒んだと云うより、仲間である事を拒否されたようで、俺はムッとした。
だが俺はそれ以上、強要しなかった。暗部の中には仲間の前でも決して面を取らない奴が少なからずいる。俺自身も、覆面で顔の半分は隠している。
「…取りあえず、実力試験は合格だ」
俺の言葉に、黒鷺は何も言わなかった。
つくづく可愛くないヤツ。
「今日のところは解散。追って沙汰のあるまで宿舎で待機」
部隊長の口振りを真似て俺が言うと、黒鷺は黙って踵を返した。
頭の高い位置で括られた黒髪を見送りながら、変な奴を押し付けられたと俺は思った。



それが、俺とうみのイルカの出会いだった。



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