(6)

戦いは既に終わっていた。
そこに転がっていたのは、血まみれの四つの肉塊。
だが、一人はまだ息があった。そしてイルカはその一人に覆いかぶさるようにして、クナイを突き立てていた。
初め俺は、イルカが相手に止めを刺すのを躊躇っているのかと思った。
よく見れば、相手はまだほんの子供だ。
「…殺せ……殺してくれぇ……」
苦しげに呻く子供に、イルカは笑った。
笑ったまま、相手の腕にクナイを付き立てる。
俺は半ば呆然として、倒れている他の敵を見た。
どの屍骸にも、何十箇所もの傷がある。
明らかに、過剰殺傷だ。
俺は、恍惚として子供の身体を切り裂いているイルカの横顔を見つめた。

「…もう、充分でしょう」
やがて俺が声をかけると、イルカははっと我に帰った。
「カカシ…さん……」
イルカの手からクナイが落ち、その顔は見る間に蒼褪めた。
俺はゆっくりとイルカに歩み寄り、イルカの獲物の首を切り落とした。
イルカはふらふらと立ち上がり、自分のした事の結果を呆然と見つめた。

「向こうは全部、片付きましたよ」
そう、声をかけてきたのは『赤犬』だ。
『赤犬』は眼の前の光景に眉を顰めた。
「カカシ先輩。あんたの病気、治ってなかったんですね」
「…そんな事より、若君の湯治は極秘の筈なのに、敵さんのお出迎えが早すぎだーね」
「まさか、俺を疑って…!」
顔色を変えた『赤犬』に、俺は首を横に振って見せた。
そして忍犬を口寄せし、切り落とした敵忍の首を、依頼主の嗣子の寝所に投げ込むよう、命じた。
「どうしてそんな事を……」
「湯治場に着くまでに、こう何度も敵襲があったら洗濯が大変でショ?」
「では、まさか…」

大名の孫は次男の子息で、長男である嗣子には子供がいない。
正室の他にたくさんの側室を抱えているが、本人に種が無いようだ。
跡継ぎがいなければ、権力が早々に次男の手に渡るのは眼に見えている。その上長男と次男は腹違いで、それぞれの母方の祖父を中心として勢力争いをしていると聞く。
大名は、お家争いがある事を公にはしたくないのだろう。
下手をすれば、俺たちの口を封じようとするかも知れない。
三代目はそんな依頼は受けないだろうが、大名の依頼を断ること自体が、里にとって損失となる。
哀れな忍の生首を投げ込むのは、大名と長男に対するささやかな牽制だ。

だが今は、そんな事はどうでも良い。
「大丈夫ですか、イルカ先生?」
俺が声をかけると、イルカは俯いたまま頷いた。

俺たちは若君を無事、湯治場に送り届け、任務は終了した。
お家争いの事を思えばいつまであの若君が無事でいられるか判らないが、護衛の__或いは暗殺の__任務を受けない限り、他人の子がどうなろうと俺の知った事では無い。
矢張り俺には、人として何かが欠けているのだろう。
それを、惜しいとも思わないが。





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