(7)

「久しぶりのAランク任務で疲れたでしょう?せっかく休みを貰ったんだから、俺たちも湯治でもしてくれば良かったですね」
里に戻り、報告を済ませた俺は、家に帰ってからイルカに言った。
どうやら、生首を投げこんだ件に関しては、何の苦情も来ていないようだ。
無論、向こうには苦情など言えない理由があると見込んでの行動だったが。
「明日にでも近場の温泉に行きましょうか?」
「……どうして…何も聞かないんですか」
視線を落としたまま、イルカは言った。
子供の身体を切り裂き、陶然と笑っていたイルカの姿が脳裏に蘇る。
「敵は必ず殺せという命令でした。忍ならば、手を血で汚すのは避けられないでショ?」
「そうじゃないんです、俺は……」
俺は黙って、イルカが続けるのを待った。
「俺は……子供の頃から異常だったんです……」

子供の頃から、血を見るのが大好きだったと、イルカは語り始めた。
いつからそうなのか、何がきっかけだったのか、そもそもきっかけがあったのかどうかも判らない。
ただ物心ついた頃には既に、怪我をした生き物を見つけ、血を流すさまを見ているのが好きだった。
やがてそれが昂じて小さな生き物を捕らえ、傷をつけるようになった。
殺すのではなく、ただ怪我をさせ、血を流させた。
血の赤は何よりも美しく感じられ、鉄臭い臭いさえも好きだった。
ある時真っ白な猫を捕らえ、傷つけて血を流させた。
それがとても綺麗だったので、仲が良かった幼馴染の女の子に見せた。
女の子は悲鳴をあげ、化け物に追いかけられた者のように逃げた。
その時初めて、イルカは自分のしている事が『いけない』事だと知った。

幼馴染の両親がイルカの両親に話をした為、イルカの『異常さ』は両親の知るところとなった。
両親はイルカを叱りも咎めもしなかった。
ただ理由を訊き、もうこんな事はやめなさいと諭した。
その晩イルカは、両親が「イルカを忍にしたくない」「これは何かの呪いかも知れない」と話しているのを聞いてしまった。
その時イルカは、自分が見棄てられたと感じた。

イルカはそれからは罪も無い生き物を捕らえて傷つける事は止めた。
だが血を渇望する気持ちが無くなった訳では無かった。
数年後、九尾の妖狐が里を襲った。
多くの死傷者が出、イルカの両親も生命を落とした。
最期のお別れをしなさいと両親の遺体を見せられた時、血まみれになった二人の姿を、イルカは綺麗だと思った。と同時に、そんな自分におぞましい恐怖を覚えた。
イルカはショックに打ちのめされ、暫くは食事もろくに咽喉を通らない程だった。
そして周囲の誰も、イルカが何にショックを受けたのか、知らずにいた。

「俺と一緒に任務に行くのを嫌がったのは、それが原因だったんですね」
俺の言葉に、イルカは頷いた。
「安心して良いですよ。あんな事で、俺はアナタを嫌いになったりしないから」
イルカを引き寄せようとした俺の手を、イルカは振り払った。
「そうやって俺を甘やかすのは止めてください…。俺は……あんたに依存して、離れられなくなってしまうのが怖い…」
イルカの言葉に、俺はぞくぞくするような歓びを感じた__俺は、どっぷりとイルカに依存しているのだから。
「不安だって言ったのはそういう意味だったんですか?俺がアナタを裏切るとでも思った?」
「だって、あんたの相手なんかいくらでもいるでしょう?」
「寝る相手ならね。でも、不安になるほど俺を好きになってくれたのは、アナタだけだよ」
俺の言葉に、イルカは何かを言いたげに口を開き、そのまま噤んだ。
俺は黙って袖を捲くりあげ、自分の腕にクナイで傷を付けた。
「カカシさん、何を……!」
「アナタが望むなら、俺が幾らでも血を流してあげる」
「止めてください!そんな__」
「アナタは『異常』なんかじゃ無いし、血を綺麗だと思うことに罪悪感を覚える必要も無いんですよ?」

俺は色素の薄い自分の腕を、浅く長く切り裂いた。
ゆっくりと流れる血に、イルカの眼が釘付けになる。
そんなイルカの姿を見ながら、俺は自分が人を殺すことに罪悪感を覚えるのでは無く、罪の意識を感じられないことに後ろめたさを覚えていたのだと気づいた。

「これがアナタへの俺の想いです。受け入れて下さい」
言って、俺はイルカにクナイを渡した。
イルカは暫く躊躇っていた。が、やがて俺の腕にクナイを付き立てた。

それから俺の身体には、生傷が絶えなくなった。
イルカは初めの内は俺を傷つけることを嫌がっていたが、血の誘惑には勝てなかった。
俺は任務に出た時は故意に返り血を浴びるようになった。
そして血に塗れた姿のまま、愛しいイルカの許に帰る。
イルカは阿片に溺れた者のように血を欲し、俺はいくらでもその望みを叶えてやった。
イルカの為に流す血は、とても綺麗に思えた。
死体を切り刻んでも血は流れない。血が流れるのは、生きているからこそだ。
死のイメージしかなかった血の赤が、生命そのものの輝きに満ちているように感じられるようになった。

「やっぱりアナタには、光と生が似合う」
俺の胸の傷に舌を這わせているイルカに、俺は言った。
「こんな事をしている俺が…ですか?」
「アナタは傷つけたり殺すのが好きな訳じゃ無い。ただ、血の美しさに惹かれているだけ…」
俺は自分の臍の辺りから下へと、浅く傷を付けた。
「今では俺が惹かれるのは、あんたの流す血だけですよ」
イルカの言葉に、俺は達してしまいそうな程の歓びを感じた。
俺の中の冷たい闇が、温かく美しい輝きを持った血潮で満たされてゆくようだ。
俺はイルカの肩に傷を付け、滲み出た血を舐めた。
「もし…どちらかが先に死んだら」
高みに落ちてゆくような感覚に浸りながら、俺は愛しい恋人に囁いた。
「生き残った方は、相手の墓標を自分の血で染め上げましょう…」
「…素敵ですね…」
うっとりとした口調で言って、イルカは微笑った。






後書というか言い訳と言うか
イルカ先生年齢疑惑小説、と言っても疑惑に迫る訳じゃなくて、ただ単に4歳違いのイルカカってだけですが;
我儘で気まぐれなイルカさんに振り回されるカカシっていうのと、快楽殺人鬼な黒イルカを書いてみたいと思っていまして、一つにまとめてしまいました。
まあ、殺すのが好きな訳ではないから、快楽殺人鬼では無いですが。

うちのカカシはいつもヘタレなので(へたれカカシ好きv)、今回は穏やかで大人な紳士カカシを目指したのですが、何だか妙に冷めたキャラになってしまいました;;
元々はイルカさんの我儘さも気まぐれも『異常さ』さえも全てを受け入れて、無償の愛でイルカを包み込むカカシ…という感動のヒューマンドラマちっくな話になる予定だったのに、カカシが予定以上に冷酷な方向に行ってしまったので、スプラッタ・ホラーみたいになっちゃいました;;;
これでもやっぱりハッピーエンドなんだろうか?と大いに疑問な但し書き付きハッピーエンド第2弾でもあるようです。

BISMARC




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