(5)
「…何__」
「別れて下さい。お願いします。俺はもう、あなたとは一緒にいられません」
俺は、すぐには二の句が継げなかった。まさかこんなに過剰に反応されるとは思っていなかったのだ。
やはりイルカは、俺が『快楽殺人鬼』であった事を知っているのだろうか。
そして、俺のそんな姿を見たくないから三代目に直談判に行ったのか?
「……俺が、怖いんですか?」
俺の問いに、イルカは首を横に振った。
「俺と一緒にいると不安になるって言ってたでショ?俺が、アナタに酷い事をするとでも?」
「そういう意味で不安なんじゃありません」
「だったらどうして?」
こんなに尽くしているのに何が不満なんだ__その言葉を、俺は何とか噛み殺した。
アスマの言葉が脳裏に蘇り、苛立ちが募る。
俺とイルカが正反対なのも、何の共通点も無いのも初めから判っていた。だから最初はむしろ苦手に感じたくらいだ。
イルカは気まぐれで我儘なところもあるが、忍らしくない純粋さは見せかけではない。
イルカに似合うのは光と生、俺に似つかわしいのは闇と死だ。
イルカは俺に安らぎを与えてくれるが、俺がイルカに与えられるのは不安くらいのものなのかも知れない。
それでも、イルカを手放したくは無い。
「理由を聞かせてよ。俺のこと、好きじゃなくなったんですか?」
「…そういう訳じゃ…」
「俺は本当にアナタが好きだから、その方がアナタの為になるのだったら別れます。だから、理由を聞かせて?」
間近にイルカを見つめ、俺は精一杯、優しく言った。
これは賭けだ。
理由が何であろうとイルカと別れる積りなんか無い。
「……すみません…」
視線を逸らせて、イルカは言った。
「イルカ先生?」
「さっき言った事は忘れてください」
「…だったら__」
「久しぶりのAランク任務で気が立ってたんだと思います。忘れて下さい」
俺はイルカの背に腕を回し、抱きしめた。
「ありがとう」
「カカシさん……」
俺と一緒の任務を嫌がった理由は聞き出せなかったが、そんな事はどうでもいいと俺は思った。
イルカが俺の側にいてくれる。 他に、何を望む事がある?
俺たちは翌朝早朝に里を出た。
今回の任務はさる国の大名の孫の護衛だ。詳しい事情は御家の機密とやらで教えて貰えなかったが、その若君が何度も誘拐と暗殺のターゲットになった事を、俺は知っていた。
病気養生のため湯治に行く、その道程の護衛だ。
狙われているのが判っているから目立つ籠や乗り物は使わず、乳母に抱かれての小旅行となった。護衛の俺たちも変化し、行商人の一行に見せかけている。
この任務がBではなくAランクなのは、機密の高さのせいだろう。
若君が湯治に行く事と行き先は極秘だ。
だから三代目も特に信頼の置ける者をこの任務に当てようとし、それでイルカが選ばれたのだろう。
特別上忍は元暗部で、中忍の一人は医療忍のくの一だ。
人数が多すぎると目立つ上に護衛の対象が増えるので、侍医と侍女たちは別行動で、若君に何かあったらくの一が診る事になっている。
病気の子供連れでもあり、一般人の乳母の足に合わせなければならないので、俺たちの歩みは遅く、途中の宿に着くまでに日が暮れてしまいそうだった。
俺たちは近道を行く事にした。
敵は街道だろうが山中だろうが構わず襲ってくるだろうし、そうなったら周りに一般人が少ない方がこちらとしてはやり易い。
「さっそく、お出ましのようだ」
街道から外れてすぐに、俺は敵の気配を感じた。
手筈どおりくの一が乳母と若君を護り、残り三人で敵を斃す。
依頼主からは、敵は必ず殺すように言われている。
恐らく、若君を誰が狙っているのか、俺たちに知られたくない事情があるのだろう。
「正面に5、左右に4ずつ、後ろに3。正面と後ろは俺がやる。右を赤犬、左をイルカ先生」
俺は無意識の内に、特別上忍を暗部にいた時の名で呼んでいた。
今から人を殺すのだという思いが、俺の中の『暗部』を呼び起こしたのかも知れない。
「散!」
「「承知!」」
同時に、俺たち三人は三方に別れて飛び出した。
一つ…二つ……三つ…
影分身した俺は、父の遺品の忍刀で確実に敵を仕留めていった。
狙うのは全て頚動脈。
腹や胸に斬り付けるより確実に相手を殺せる上に、刀がなまくらになるのも防げる__
派手に返り血を浴びるのが、欠点と言えば欠点だが。
久しぶりに派手に浴びる返り血と、むせ返るような鉄の臭いに、俺は確かに興奮していた。
『快楽殺人鬼』と呼ばれていた頃の血が騒ぐ。
「ひっ…!」
「遅い」
四つ…五つ……終わり。
俺は身を翻し、後方に潜む敵に向かった。
くの一は若君と乳母を庇いながらだったので、三人の敵を相手に苦戦していたが、俺が合流してすぐにカタをつけた。
恐怖に泣き喚く乳母と若君に幻術をかけるように指示して、俺はすぐにイルカの元に向かった。
左方に感じたチャクラはいずれも中忍並みのものだった。四人が相手では、イルカは苦戦しているかも知れない。
近づくにつれ、血の臭いが濃くなる。
幽かに聞こえた呻き声に、俺は足を早めた。
「……!」
そこで俺が見たのは、予想もしていなかった光景だった。
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