(4)
それから暫くは、平穏に過ぎた。
イルカはアスマたちが俺を挑発しているのに気づいていてわざと俺を煽ったくせに、翌日になると何事も無かったように振る舞い、俺もそれに合わせた。
それでもイルカは少しは後ろめたさを感じていたのか、俺が引越しの話を持ち出すと、初めは乗り気でなかったのに結局、引越しに同意した。
俺は次の日、さっそくイルカと一緒に物件を決め、忍犬達にも手伝わせてすぐに引っ越した。
そんなこんなで、イルカが俺と一緒にいると不安になると言った事、わざとアスマたちと一緒になって俺を挑発したことなどは有耶無耶になった。
俺もイルカも小賢しかったし、ずるかったのだ。
そして俺は、それで良いと思っていた。
引越しをした事で俺たちの仲は『公認』になった。
俺たちは一緒に買い物をし、一緒に食事を作り、休みの日には一緒に出かけた。
暫くの間イルカの機嫌が良かったので、俺は何となく浮かれて新婚気分を味わっていた。
ナルトが遊びに来るのが以前は邪魔にしか思えなかったのが、三人で過ごすのも悪くないと感じられるようになった。
イルカが望むなら養子を貰って育てようかとまで思ったが、その考えはすぐに棄てた。
いつ死ぬかも判らないという理由からではなく、ただ単に、誰かにイルカの愛情を奪われたく無かったから。
転機は突然に訪れた。
その日、俺はいつものように受付のイルカのところに7班の報告書を提出しに行った。
が、イルカはいなかった。
シフトに入っている筈なのにと周囲を見回した俺に、イルカの同僚らしき中忍が、イルカは今日はもう帰りましたと告げた。
「何で?具合でも悪いの?」
「さあ、理由までは…。でも何だか顔色が良くなかったみたいです」
その中忍はイルカがここに居ないことが自分の落ち度であるかのように恐縮していて、俺は何となく辟易した。ナメられるよりマシかも知れないけど、意味も無く畏怖されるのはあまり良い気持ちがしない。
「報告書は確かにお預かり致しました。それからこれ、あなたに任務が入っています」
中忍から指令書を受け取った俺は、何の気なくそれを眺めた。
フォーマンセルでのAランク任務。
隊長は俺。部下に特別上忍一人と中忍二人。
そして、中忍の一人はイルカだった。
アパートに戻るとイルカはまだ帰って来ていなかった。
病院にでも行ったのかと思うと、急に心配になった。今朝までは元気そうだったのに、どうしたのだろう。
忍のかかる病院は里に一箇所しかない。行き違いになるかも知れないが迎えに行こうと玄関まで戻った時、ドアが開いた。
「イルカ先生。今、迎えに行こうと思っていたところなんですよ?」
「迎えにって…」
「病院に行ったんじゃ無いんですか?受付で、アナタが早退したって聞いたから」
イルカは何となくきまり悪そうな表情で首を横に振った。
「家に帰ったんじゃなくて、三代目の所に行っていたんです」
「任務の事でですか?」
「…いえ…」
イルカは曖昧に答えると視線を逸らし、俺から逃れるように奥の部屋に入った。
それ以上喰い下がって聞こうとは、俺は思わなかった。
イルカが答えたがらないのは明らかだ。ならば、無理に聞く事は無い。
それでも、世の中には波風立てたがる奴がいるものだ。
次の日、7班の任務が早めに終わったので、俺はイルカの仕事が終わるまで上忍待機室で待つことにした。
そこに、アスマがいた。
「明日からイルカと一緒の任務だそうだな」
何の前置きも無く、アスマは言った。
「だから?」
「イルカは嫌がってるそうじゃねぇか」
「嫌がってる?」
鸚鵡返しに、俺は訊いた。
アスマの浮かべた表情に、俺は訊いた事を後悔した。
「人選の再考をお願いしますって、火影のじいさんに泣きついたらしい。本人が理由を言わねぇんで、何か知らないかって俺がじいさんに訊かれた」
アスマが三代目の甥だという事、三代目がイルカにはひどく甘いという事を、俺は改めて思い出した。
中忍試験の時だって、俺たち上忍師が推薦しているというのに、イルカの反対を容れてわざわざ特別に予備試験を行った程だ。
イルカに事前に何も言わなかった俺も悪かった。だが、イルカがあれほどナルトに入れ込んでいるとはあの時には思わなかったのだ。
「俺は心当たりが無かったんでじいさんにはそう答えたが、気になったんで少し、探りを入れてみた。で、誰かさんが『快楽殺人鬼』の二つ名で呼ばれてたって事実に辿りついた」
「…暇だね」
「受付っていうのは情報が集まりやすい所だからな。イルカはこの事を知って__」
「イルカ先生に余計な事を言ったら、殺すよ?」
俺の殺気に、アスマは口を噤んだ。
昨日、イルカが三代目に会いに行ったのはこの為だったのだ。俺はそんな事とは知らず、間抜けにイルカの心配をしていた。
何だか、裏切られた気分だ。
「諦めろ」
短く、アスマが言った。
「お前とイルカは夜と昼みてぇに正反対で何の接点も無い。そもそも暗部とアカデミー教師がうまくいく筈なんかねぇんだ。これ以上、イルカを振り回すな」
「野郎の嫉妬は醜いよ」
「カカシ。お前だってイルカを不幸にしたくは__」
「うざい」
俺は席を立ち、踵を返した。
そしてイルカを待つのを止め、先に家に帰った。
一人で部屋にいるうちに俺の気持ちは落ち着き、先に帰ってしまった事を後悔した。俺のほうから一緒に帰りましょうと言ったのに、怒って黙って先に帰っただなんて子供じみている。
俺は夕食の支度をし、イルカの帰りを待った。
やがて帰って来たイルカは、俺が待ち合わせをすっぽかした事には何も触れなかった。だから俺もそのままやり過ごそうと思った。が、出来なかった。
「昨日、何の用事で三代目に会いに行ったんですか?」
夕食の済んだ後、一緒に食器を洗いながら、何気ない風を装って俺は訊いた。
「…ちょっとした雑用を頼まれて__」
「アナタ、嘘が下手だね。そういう所も好きなんだけど」
笑顔を見せて、俺は続けた。
「明日からの任務、俺と一緒なのが嫌だから誰かと交代してくれって頼みに行ったんでショ?」
イルカは俺を見、答える代わりに視線を逸らした。
「理由を、教えてよ」
「……すみません…」
「謝って欲しい訳じゃ無いんですよ。怒っているのでも無い。ただ、理由が聞きたいんです」
イルカは暫く躊躇っていたが、決意したように俺に向き直ると、思ってもいなかった事を言った。
「俺と、別れて下さい」
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