(2)
「…困ってる?」
鸚鵡返しに、俺は聞き返した。
これは結局別れ話なんだろうかと気構える。
「だってそうでしょう?俺、今まで誰かとこんなに長く一緒にいた事が無かったから」
困ったような笑顔を浮かべて、イルカは言った。
語尾に幽かな甘えを漂わせて、答えが欲しそうに俺を見た。
もしかしてこのヒト、照れてるの?
そう思ったら、強張っていた肩から力が抜けた。
「困ることなんてないでショ?今までどおりで良いんです」
「でも今まで俺は、あんたの事を好きだとは思ってなかった」
イルカに触れようとした俺の手は、そのまま行き場を失って宙に浮いた。
付き合う前は判りやすい人だと思っていたけど、とんだ誤解だった。
確かに喜怒哀楽がはっきりしていて忍とは思えないほどあからさまに感情が表に出るのだけど、何を考えているのか判らなくなる時がある。
「…でも、今は俺を好きになってくれたんでしょう?」
俺を好きだといったイルカの言葉をそのまま信じることにして、俺は言った。
いずれにしろ、イルカを手放す積りなんか、無い。
今までずっと『物分りのいい優しい恋人』であり続けてきたけど、本当は俺は独占欲が強い。
イルカを好きになる前には自分にそんな感情があるなんて、知りもしなかったケド。
「あんたとこうして一緒にいても息苦しくならないから、多分、あんたの事を好きなんだと思います」
幽かに、俺は目を細めて笑った。
「いつも一緒にいる相手の前でまで『実直で優しい』フリを続けるのは息が詰まるからね。だから今までの恋人とは長続きしなかったし、俺とは遊びの積りだから最初から猫を被らなかったんだ」
動機はどうだったにせよ、イルカが俺の前で本性を晒していることに、俺は優越感と満足感を覚えた。
イルカは外面が良いから友人も多いが、それは一緒に飲みに行く程度の表面的な付き合いに過ぎないのだと、俺はこの一年の間に気づいていた。
一人になるのが寂しいからそうやって外面を繕っているが、心の内に垣根を作って他者を寄せ付けまいとしている。
俺はまだイルカの心を掴んだわけでは無いが、少なくとも垣根を越えるくらいには近づいたのだろう。
「カカシさん、俺のどこが好きなんですか?」
垣根を越えたと思った俺に、イルカはいきなり警戒心を突きつけた。
「んー、最初に惹かれたのはやっぱり笑顔かな」
深く考えもせずに答えた俺は、すぐに後悔した。
イルカは自分の外面に惹かれる相手には、もううんざりしているだろう。
「惹かれたんじゃなくて、気にかかった。もっと言えば、気に障った」
「…俺が、笑うのが?」
「だって仕方ないでショ?俺は里で一番、汚い仕事を押し付けられる暗部の出なのに、アナタは安全な場所に居て何の罪も無いみたいな顔で笑ってたんだから」
「だから、気に障った」
まっすぐに俺を見つめたまま、イルカは言った。
俺は敵地に侵入する時より慎重に、言葉を選んだ。
「気に障るというより、苦手だと思った。出来るだけ、かかわるのを避けようと思っていたのに、アナタは俺に近づいて来た」
「…ナルトがどうしているか知りたかったんです」
判っていますよと、宥めるように俺は言った。
イルカはナルトの事だって垣根のこちら側には入らせていない。ナルトを気遣うのだって、『面倒見が良い』教師としての外面に過ぎない。
でも、俺はその事は口にしなかった。
ナルトに垣根を開いた訳ではなくとも、ナルトがイルカにとって特別な存在なのは確かだから。
「関わりたくなかったんだけど、アスマや紅がアナタのコト気に入ってるから、一緒に飲む機会とか多かったでショ?俺も上忍師として下忍を教えるのは初めてだったからアナタから話を聞きたいとも思ったし__それである日、アナタの側にいるのがすごく居心地が良いって気づいた」
「…曖昧ですね」
軽く苦笑して、イルカは言った。
俺は手を伸ばし、イルカの頬に軽く触れた。
「俺自身、最初は不思議に思ったんです。アナタと俺とは正反対な存在で、水と油みたいに相容れないものだと思ってたのに。いつの間にかアナタのコトばかり考えて、アナタを求めるようになった」
イルカは俺の手に自分の手を重ね、もう一度、笑った。
イルカの機嫌が良さそうなので、俺は安心して訊いた。
「アナタは?俺のどこが好き?」
「…あんたの綺麗な顔だとか上忍としての名声とか強さとか、物分りが良くて優しいところとか意外に家庭的で料理なんかも上手いところとか、噂に違わぬ床上手なところとか__そういう完璧な恋人振りは、全部、嫌いです」
俺は、イルカから手を離した。
「あんたと一緒にいると、俺は時々ひどく不安になる」
まっすぐに俺を見たまま、イルカは言った。
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