(1)

「俺、あんたの事が好きみたいです」

イルカの突然の言葉に、俺は固まった。
一緒に暮らして1年にもなるのに、「みたいです」って一体ナニ?
どう、リアクションして良いか判らない俺を、イルカは漆黒の瞳でまっすぐに見つめた。
弱いんだよね。この眼で見つめられると。
その俺の気持ちを無視するように、イルカはふっと視線を逸らせた。
考えてみれば、イルカから「好き」だと言われるのは初めてかも知れない。俺からは、何百回も言ってるケド。
俺から好きですと告白して付き合ってくださいとお願いして一緒に暮らすようになった。
それから1年。
初めて「好き」だと言われたのだから、喜ぶべきなんだろうか?

「1年前のあの時には、俺のコト好きじゃなかった?」

そのまま流せば良かったのかも知れないけど、俺は何となく世知辛い気分になって訊いた。
イルカは逸らしていた視線を俺に戻し、躊躇いも無く首を縦に振った。

「どうせ遊びだと思ったんです。あんたの噂は色々と耳に入っていたから」

イルカの言葉に、俺は鳩尾のあたりが重苦しくなるのを感じた。
来るものは拒まず、去るものは追わず。
寝た相手の数は、コピーした技の数と同じ。
誰にでも抱かれ、誰でも抱く__
そんな下世話な噂が自分に関してまことしやかに囁かれているのは、流石に気づいていた。
そして俺はそんな噂を否定も肯定もしなかった。実際、10代の頃には噂ほどでないにしろ無節操な日々を過ごした時期もあったから、否定のしようも無かったが。

「どうせ遊びでしかないなら、たまには『伝説の人』と付き合うのも良いかと思ったんです」

でもそれは遊びじゃなかった。少なくとも、俺は。
俺にとっては、初めての恋だった。
どこに惹かれたのか何が良かったのか今では良く判らない。
ただただひたすらに好きで好きでどうしようもない__そんな感情に俺は囚われていた。
今でも、その気持ちは変わらない。
それなのに、全ては俺の独り芝居だったのだ。

「俺、今まで誰かと付き合って長続きしたこと無いんです」
俺が黙っているので__何が言える?__イルカは続けた。
「思っていたイメージと違うとか、こんな人だとは思わなかったとか言われて、あっさり振られるんです。いつも、せいぜい三ヶ月くらいかな」
俺は口を噤んだまま、イルカの言葉を待った。
イルカはぼんやりと窓の外を眺めながら続けた。
「実直だとか真面目だとか面倒見が良くて優しいとか…人からそんな風に思われているのは知ってます。そんな風に思われるように振舞ってるから。でも、それは」

途中で、イルカは言葉を切った。
それ以上は聞かなくても判ったし、それ以上を話すつもりはイルカにも無いらしかった。
付き合い始めた最初から、実直で真面目で優しいのはイルカの外面に過ぎないと、俺は思い知らされた。
我儘で気まぐれで冷酷。
そんなイルカに、俺はいつも振り回されていた。
苦労して任務の調整をして一緒に休みを取ったのに、前日になってイルカがいきなり仕事を入れてしまうことも珍しくなかった。
アカデミー教師と受付、それに火影様の個人秘書のような役割を兼任し、その上、里外任務もこなしているイルカが忙しいのは判る。
だけど俺が暗部の任務で一週間も十日も里を空けた後は、一緒にいたい気持ちが強くなっても当然でショ?
最初のうち俺は、イルカも同じ気持ちでいるものだと期待して、何度もその期待を裏切られた。
かと思えば、側にいたいと子供のように駄々を捏ねて、任務の集合時間ぎりぎりまで放してくれないこともあった。
俺は時々イルカの気持ちが判らなくなったが、それでもイルカを好きだという俺の気持ちは変わらなかった。
ケンカだって、一度もした事がない。
いつも俺が譲歩し、イルカの気まぐれに付き合い、我儘を聞き入れ、不機嫌になれば理由も判らないまま宥めた。
歳が少し離れているせいもあって、怒るのは大人気ないと、自分に言い聞かせた。
だからと言って見下した事は一度も無く、対等な存在としていつも尊重した。
ベッドでも、同性相手に経験の無かったイルカに敢えて主導権を取らせ、好きなようにさせている。
俺はその位イルカにのめりこんでいて、イルカを失うのを恐れていた。

「……俺が本気だって、やっと判ってくれたんだ」
イルカが口を噤んだままなので、俺は言った。
イルカは再び、視線を俺に戻した。
「そうなんです」
だから、とイルカは続けた。
「俺、困ってるんです」





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