(1)

写輪眼の治療と休養のため、イタチは従兄で医療忍のシスイと共に里外れにあるうちは一族の寮に来ていた。
イタチはその写輪眼を狙った従兄のカシワにより生命を狙われ、罠を仕掛けられた。
そのせいで窮地に陥った仲間を救うためにチャクラを使い果たし、危ういところをカカシに助けられたものの過剰な負担を両目に受け、今はこうして休養中の身だ。

「イタチ。お茶がはいったよ」
言葉と共に襖の開いた気配に、イタチは褥の上に上体を起こした。
両目に包帯を巻かれたままなので、何も見る事は出来ない。
「寝たままで良いよ。まだだるいだろう?」
「…ええ…。でも少しは起きていないと」
イタチの背に手を添え、シスイは従弟を助け起こした。
そして、その手に湯飲みを握らせる。
「熱いから気をつけて」
「……」
「どうかした?」
「子供にでもなった気分だ」
不満そうに言ったイタチに、シスイは苦笑した。

7歳でアカデミーを主席で卒業。10歳で中忍昇格。
そして今は暗部の一員であるイタチは立派な忍であり、子供とは呼べない。
それでも、11歳である事に変わりは無い。
普通ならまだアカデミーに通っている年齢だ。

「病人はね、甘えても良いんだよ」
「ただちょっと写輪眼を使い過ぎただけです。一過性のものだと、カカシさんも言っていた」
イタチの言葉に、シスイは幽かに眉を顰めた。
「…あの人が、そんな事を?」
「カカシさんも以前に写輪眼を使いすぎて視神経が炎症を起こしたことがあるらしい」
「あの人の写輪眼は所詮、移殖しただけのものじゃないか。君はもっと眼を大切にしないと」

イタチが口を噤んだので、シスイは言いすぎたと思った。
写輪眼に異常をきたしたのはイタチにとって初めての経験で、表面は気丈に振舞っていても内心は不安に違いないのだ。
家に帰らないだけでなく、一族に異変を知らせないでくれとシスイに頼んだのも、不安の表れなのだろう。

「…勿論、今回のことは写輪眼の使いすぎが原因で、すぐによくなるから心配は要らないけど、それでも念の為だから」
宥めるように、シスイは言った。
そしてイタチがカカシの名を口にするたびに、奇妙に苛立つ自分を訝しく思った。
「……いつ、任務に戻れるんですか?」
「完全に痛みと熱が引いてから、様子を見る。それからだね」
「痛みなどもう、殆ど無い」
「無理をすれば却って回復を遅らせるだけだよ。それに、もっと悪いことにもなり兼ねない」
シスイの言葉に、イタチは溜息を吐いた。
そしてだるそうに横たわる。
「写輪眼はチャクラの消費が激しすぎる。忌々しいくらいだ」
「それは…仕方ないんじゃないか?」
「その上、白眼に比べてずっと不安定で、うちは一族でも一部の者にしか発現しない。そんな写輪眼に頼り切ることなど、もう止めるべきだ」
シスイは黙ったまま、包帯の上からイタチの両目に触れた。
「まだ熱をもっているようだね。冷やすよ?」
言って、眼の上にタオルを置き、その上に氷嚢を乗せる。
「……写輪眼があってこそのうちは一族だってことは、君も判ってる筈じゃないか」
「『うちは一族の始祖が写輪眼を得たからこそ日向の分家として宗家に隷属する立場から解放された』__だが今はその写輪眼が、うちは一族を縛っている」
「…そんな風に言うものじゃないよ。写輪眼はうちは一族の支えじゃないか」
「その写輪眼を手に入れる為に血族結婚を繰り返し、その結果、一族全体が遺伝病に蝕まれているというのにか?」

ナンセンスだ、と、イタチは冷笑った。
が、その笑みはすぐに消える。

「俺は、写輪眼に頼らなくとも済むだけの力を手に入れる__必ず」
シスイはイタチの手に触れ、その指を軽く撫でた。
「イタチにならきっと出来るよ。でもね、誰もが君みたいに才能に恵まれている訳ではないんだ」
イタチは何も言わなかった。
シスイは宥めるようにイタチの指を撫でながら、続けた。
「君ならばきっと万華鏡写輪眼を手に入れる事だって出来るだろう。君は、一族の誇りであり希望でもあるのだから」
「……期待されているのは判っているし、それを裏切る積りも無い」
「…重荷に感じる時もあるかも知れないけど__」
「重荷に感じたことなど無い。それが俺に課せられた義務であり、俺の存在理由でもあるのだから」
ただ、とイタチは続けた。
「今は、眠い」
「……眠ると良いよ。今は、何も考えずに」
言って、シスイはイタチの前髪を軽くかき上げた。
そして、イタチの恵まれすぎた才能を哀しいと思った。

うちは一族本家の嫡男という立場と非凡な才能が、イタチを幼い頃から『特別な存在』に仕立て上げていた。
下心のある賞賛や醜い羨望、過度の期待をイタチが嫌い、馴れ合いを好まない性格と相俟って孤立してゆく様をずっと側で見続けて来た。
早い時期から医療忍の適性を示し、本人も医療忍となる決意をしていたシスイは幸いだった。戦忍となるイタチと比較されることが少なかったからだ。
そして自分がイタチの最後の砦になろうと、漠然と決意していた。
だがどこまで自分がイタチを護れるのか、自信が無い。
イタチの為とは言え、イタチを欺き続けている自分が本当にイタチを護っていると言えるのか、判らなくなる。
安らかな寝息を立て始めたイタチを見守りながら、シスイは心の中で、イタチに詫びた。






back/next

Wall Paper by Studio Blue Moon