「イタチさん、聞きましたか?」
 暁の情報網は優れている。鬼鮫の言葉にうちはイタチは真剣な顔でうなずいた。そしてその10分後にはまんまと木の葉の防衛網をすり抜け、里に侵入していたのだった。


「上忍が馬鹿をやっているのは本当だったらしいな」
 一応、イタチをおびき寄せる罠ではないかと疑っていたのだ。だが、そんな疑いも空の彼方に飛んでいくほど、木の葉の上忍は大騒ぎをしていた。
 鬼鮫は緑タイツを持って苦悩するカカシを見て目を丸くした。
「イタチさん、あれって……」
「言うな。同じ写輪眼とは思いたくない」
 そういうイタチもイルカ子供化、それもとびっきり可愛い幼児に、を聞いてわざわざ侵入してきたのだから、人のことは言えないだろう。
「ま、いいですけどね。私は」
 鬼鮫は肩を竦めた。
 そのまま2人はイルカの気配を探した。里の機密情報を握る火影の何でも屋さん・イルカを狙うものは元々多い。だから無防備な子供になった今は、特に上忍にがっちりと護られてると思いきや、木の葉の上忍のほとんどはイルカ刷り込み争奪戦でそれどころではなかった。ではどこに?
 イタチは無駄に写輪眼を回した。
「……白眼ではないので、わからないな」
 こういう時白眼なら…。思っても仕方ない。イタチは鬼鮫と手分けをして、仔イルカの姿を探した。



 とてとてとてと歩く幼児にイタチの動きが止まった。
 黒い髪を頭のてっぺんで結んでいるのには変わらない。鼻の傷はついていないころなのだろう、まだない。
「…………………」
 ものも言わず、イタチはそのまま仔イルカを抱上げた。
「にゃ?」
 わかっていない仔イルカを連れて駆け出す。後ろから仔イルカのお守りをしていたらしい子供達――その中には弟・サスケもいた――が慌てる声が聞こえてきたが、イタチは無視をした。
「イタチさん、やりましたね」
 走るイタチに気付いて鬼鮫が近づいてくる。それにイタチは強烈な回し蹴りとクナイの雨を食らわせた。
「そんな目で見たらイルカさんが穢れる」
 それにイルカは自分だけが一人占めすればいいのだ。イタチはあまり変わらない表情でふっと笑った。



 じー。
 じー、じー、じー。
 ひと気のない小屋の中でイタチと仔イルカは見つめあっていた。
 仔イルカは自分を突然攫った相手がどういうものなのかを見極めるために。イタチはただただ、仔イルカにみとれているだけだった。
「………可愛い………」
 ボソッと呟く。大人になってもしっとりとした風情のある、女装したらさぞ、という美人系(イタチちゃんの惚れた欲目)だったが、子供の今は可愛くて可愛くて可愛すぎる。ぎゅーっと抱きしめてみたら、ぱたぱたと両手を動かすのがまた可愛い。
 しかし困った。
 さすがに今のイルカには手を出せない。出したらいくら抜け忍でも犯罪だろう。イタチもそこまで鬼畜な性格はしていなかった。だが、可愛すぎる。
 手を出したい。出さなければ何のために攫ってきたかわからない。だが、出せば犯罪者。
 イタチは苦悩した。傍から見れば表情は全く変わっていないが、思い切り苦悩していた。だいたいどうしてイルカが子供になっているかもわからないのだ。すぐに大人に戻るならよし。ちょっとだけ我慢して戻ったあかつきにいただかせてもらえばいい。だが、このまま普通の成長速度で大人になっていくのなら、手を出せるのは遥か果てのことになってしまう。
「イルカ」
 子供だから不自然じゃないだろうと呼び捨てにしてイタチは真っ赤になった。内なるイタチは恥ずかしさのあまり両手で顔を隠し、地団太している。だが、表面上は顔を赤くしただけのれーせーなイタチだった。
「今、何歳だ?」
 聞けば、仔イルカはうーんと、と首を傾げた。
「六歳」
 小さい指を6本出して答えてくれる。
「………どれだけ待てば犯罪者にならないですむのだろう………」
 いっそ鏡に写輪眼を映して、自分自身に月読をかけたい気分だ。そうすれば一瞬で72時間、それを繰返せばあっという間に仔イルカは大人になってらぶらぶに。問題は脳内で時間がいくらたっても、現実では一瞬でしかないことだった。
 ちらと仔イルカを見れば、怖くないお兄ちゃん判定をしたのか、にこにこにこーと愛想よく笑ってくれる。それがまたイタチの欲をそそり、そして罪の意識をもそそった。
「ヤりたい、悪戯したい…だけどこんな小さな子供にっ!」
 相変わらず表面上はぶつぶつ呟くだけの怪しい兄ちゃんだが、内なるイタチはのたうっている。
「………どうして俺はこんないたいけな幼児を攫ってきたんだろう………」
 最後にはそう思うしかなくなってきたイタチだった。





 イタチは攫ってきた場所でイルカを降ろした。ちゅっと額にキスをするくらいは許してもらおう。ついでに写輪眼を使って、さんざん仔イルカの可愛い姿を脳裏に刻み込んだことも、町の写真屋を脅して、抱っこしている写真を取ってもらったことも、許容範囲だとイタチは遠い眼をして思った。
「イルカ、いずれ俺はお前を迎えに来る。俺の花嫁として」
 かっこつけて嘯くイタチを鬼鮫がどついた。
「どーこ行ってたんですか、イタチさんーーー」
 イタチの代わりに侵入者として追い掛け回された鬼鮫の機嫌は最悪だった。せめて可愛い幼児でその心を癒そうと思ったのに、自分だけ堪能したイタチは返しにきたらしい。文句の一つも言いたくなるってものだった。
「行くぞ、鬼鮫」
 だが、満足しきったイタチには嫌味も何も通じない。ふと振り返った先に、わかっていない仔イルカが、
「またねー、お兄ちゃんー」
 手を振っている姿が見えた。



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