「条件がある」
 何を考えているかわからない黒眼鏡の下で、油女父はボソッと言った。





 イルカの子供返り固定化は、しょせんは術だ。そして術はチャクラ。ならばそのチャクラを消してしまえば大人に戻るだろう。
 ここまでは誰でも考える。イルカが子供になって里に連れてこられた時、火影だって考えた。だが、問題はイルカが術を固定化させているわけではないということだ。
 イルカが変化の術を使い、固定化の術を使っているのなら話は簡単だ。仔イルカにチャクラを使わせる。とにかくなんでもいいから術を使わせチャクラを消耗させれば、固定化にチャクラを使っていることもできずに、子供化は解けただろう。
 だが、固定化させたのはイルカではなかった。しかも使った本人から離れたチャクラによる固定なので、イルカがチャクラを使おうが術をかけた者がチャクラを使おうが関係ない。子供返りを喜んだ火影はそこで思考を停止した。どれだけかかるかわからないが、いずれは固定化チャクラも消える。長くても1ヶ月はかからない、その時まで子供のイルカを楽しめばいい。
 だが、アスマはそんなわけにはいかなかった。いや、アスマだって仔イルカは可愛い。別にこのままでもかまわないかもしれない、が。
「アスマ先生! 早くイルカ先生の術を解いてよっ!!! 髭っ! 熊っ! 早くしてよ!!」
 カカシに7歳のときに仔イルカを生んだなどという言われもない疑いを受けた上、雷切で殺されかけたイノがそれを許さなかった。
「サクラのとこの変態写輪眼なんて、大人に戻ったイルカ先生にギタギタにされちゃえばいいのよっ」
「なんだよ、子供のイルカ先生可愛かったじゃんかー。戻すのもったいない」
 チョージに言われても、
「面倒くせえ…」
 シカマルにぼやかれてもイノの恨みも怒りも消えない。
「あーもー、大人イルカ先生にギタギタにさせるだけじゃすまないー。なんかいい方法ない?」
 とまで言うくらいで。
「………そこらへんは紅と相談しろ………」
 さりげにイノを紅に押し付けようとするアスマだった。



 イノとついでにシカマル、チョージを一緒に排除してアスマは油女一族に連絡を取った。油女一族の使う蟲にはチャクラを食べるものがある。イルカにかけられた固定化チャクラもその蟲に食べさせればいいのではないかと考えたのだ。
「それはできるが、イルカ中忍自身のチャクラも食らうぞ」
 油女父が指摘する。
「駄目なのか?」
 無表情ながらそれでも不思議そうにシノが聞いた。
「まずいな」
 アスマがうなずいた。チャクラを食べる=チャクラを大量に消費すれば、昏睡状態にまで行かなくても倒れる可能性がある。変態も手を出せない子供の姿より、かえってまずいくらいだ。
「はたけカカシが倒れて無防備なイルカ中忍を黙ってみているはずがない」
 シノはまだわからなさそうだったが、油女父にはわかっている様子だった。
「固定化チャクラだけを食べる蟲ってのはいないのか?」
 アスマが頭をぼりぼりと掻きながら言う。
「蟲に指向性を持たせるということだな」
 それこそ蟲使いの本領発揮、油女親子はあれこれと2人で相談を始めた。固定化チャクラをある程度一ヶ所に固めることができたら、それだけを食べさせやすいのでは? アスマも面倒くさいと思いながら巻物を開いた。
 そして試行錯誤の上、固定化チャクラのみを蟲に喰わせる方法をなんとか思いついたというのに、
「条件がある」
 油女父は言い出したのだった。



「ぴんくはうす……」
 髭熊でも知っているブランドだが、どうして油女親子がそれを持っているのだろう………。
「蟲に見させていたがあの服はイルカ中忍には地味すぎる」
 紅とサクラが着せた変装用の女の子の服を油女父はそう指摘した。
「もっとふりふりの服が似合うだろう」
 だからって持ってくるか、普通。アスマは頭が痛くなってこめかみを揉んだ。何枚も重ねたスカート、レースかフレアかアスマにはよくわからないが、とにかく可愛さを強調したブラウス。確かに仔イルカには似合いそうだと思いかけて、アスマはぶるぶるとその恐ろしい考えを頭から振り飛ばした。
「シノには似合わないからな。買い集めたはいいが、妻もそれはそれは残念がって」
 自分も残念そうに言う油女父。つまり夫婦で息子に女装させようとしてたのか。アスマは恐る恐るシノを見たが、シノは平然としていた。
「イルカ先生なら似合いそうだ」
 今こそこの買い集めた女の子服を生かす時とばかりに、重々しくうなずいている。油女母にも写真を取って見せる予定と聞いて、アスマは呆然とした。木の葉隠れは変態の隠れ里だったのか…。冗談でもそんなこと思ってはいけない、考えたら本当のことになってしまうかもしれない、変態隠れ里説を忘れるんだ、俺! 必死に心の中で呟き続ける彼も、でもやっぱり仔イルカに似合いそうだなあと思っている時点で変態の仲間入り。
「蟲に固定化チャクラを食べさせる途中でいったん止めれば、年齢も操れるのではないかと思う」
 だから用意されたピンクハウスはいろいろなサイズがあるのか。アスマは納得してうなずいた。
「だけどよ、今の仔イルカなら何でも言われるまま着そうだが、年齢が上がった段階ではさすがに着ねーんじゃないか?」
「シカマルの影真似かイノの心転身の術があるだろう」
「……………」
 そこまでするか。だが、この条件を聞かなければ油女親子は蟲を使ってはくれない。いっそカカシのチャクラを食い尽くしてもらって、イルカが自然に大人に戻るまで昏倒させておいた方が楽な気もしてきたが、それにしても油女親子は『条件付』でしか動くまい。
「わかった。その前に緑タイツ集団を出し抜いて、仔イルカを確保しなきゃいけないけどな」
 蟲に任せろ、と親指を立ててみせる油女親子にアスマはため息をついた。







 火影邸の奥まった一室で、それは行われようとしていた。
 シノの蟲によって集められた関係者、そこにはもちろんカカシは入っていない。カカシは自分の忍犬に撹乱されて、今だ里中を走り回っていた。
 邸の主である火影、はばにすると後が怖い紅がさりげに混ざり、カカシから仔イルカを守って確保していた子供達も一緒にいる。さらに影真似と心転身の術が必要になった時のためにシカマルとイノも呼ばれていた。
「もう眠いのー」
 むずかる仔イルカを宥めて着せ替え人形もどきに服を換える。里の臨時収入のため、写真を撮るのも忘れてはいない。
「いくぞ、シノ」
 誰かがゴクンと唾を飲み込む中、慎重に油女親子が蟲を操った。イルカにかけられた固定化の術を蟲が少し食べたところで、油女親子は蟲を止めた。
「イルカ先生、少しおっきくなったってばよ」
 ナルトが小さい声で囁いた。8歳くらいだろうか。6歳時にはなかった鼻の傷ができている。
「やっぱりこっちよ」
「黒っぽいのも似合いそうよね」
「絶対ピンク! 薄い桜色!」
 きょとんとしている仔イルカをよそ目に、紅とサクラとイノが服選びに余念がない。
「黒にするなら髪をアップにするの。ちょっと大人っぽく!」
「ううん、リボンで幼さを強調する方がいいわ」
「甘いわね、あんたたち。ここはちょっと肌をはだけて、いたいけな幼女に悪戯路線よ」
 女達の会話に男達は顔を見合わせた。
「女って怖えー」
 ぼそっとシカマルが呟く。
「俺、イルカ先生をお嫁さんでいいってばよ」
 ナルトからもすっかりサクラへの慕情は消え去っていた。最初からイルカ狙いのサスケ、ネジは言うまでもない。アスマは現実逃避にすぱすぱと煙草を吸って、仔イルカのそばで煙草なんてとはたかれていた。
 途中、10歳くらいまで成長させた仔イルカが女装に抵抗をしめしたり(で、イノの心転身で無理矢理着せ替え&影真似で無理矢理ポーズ)などの問題はあったが、撮影は無事終了した。
「後は、カカシへの報復だけね」
 紅が嫣然と微笑む。イノが嬉しそうにそれにうなずき、ほんのちょっとだけカカシが気の毒になった一同であった。


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