イビキはぐったりと疲れを覚えながら受付に向かっていた。仔イルカを変態カカシから護る。そんなわけのわからない任務でも、任務は任務、受付に報告を出さねばならない。
 その後ろからはしっかりと仔イルカをゲットした紅が嬉しそうに女の子姿の仔イルカを抱え、それを取ろうとカカシが騒ぐ。7班の子供達は1日続いた騒ぎに疲れ果ててイビキと同じくぐったりしながら歩いていた。
「そういえば紅、お前の班の子供達はどうした?」
 ようやく思い出してイビキが尋ねる。これ以上ライバルが?と目を光らせるカカシとサスケはおいといて、サクラとナルトがそういえば、と顔を見合わせた。
「今日はもともと休養日だったのよ。だけど今は戒厳令が出されてて、中忍以下の女の子は家の外に出歩いちゃいけないってなってるから、休みじゃなくても休みになってたわね」
「戒厳令……」
 なんだそれ、と首を傾げるナルトを見て、わからないって羨ましいとサクラは呟いた。女性限定戒厳令、もちろんこの変態の暴走を警戒してのことに決まっている。
「私、聞いてない」
 一応サクラが訴えてみると、紅は気の毒そうな顔をした。
「カカシがアスマのところのイノを襲ってから急に出たやつだからね、カカシの待ちぼうけを食らってたサクラには伝わってなかったんでしょうね」
 ほらほら、睨んでやりなさい、あんたが睨むのが一番効き目があるんだからと紅に促され、言われるまま小さな女の子(実は女装の男の子)がカカシを睨む。とたんにしおしおーとなるカカシをサクラ達は見ないようにした。
 そのすべてを見てしまったイビキは深ーーいため息をついた。





「なんじゃ、その格好は!」
 叫びながらも火影の目はでれでれだった。
「火影様、ミナモちゃんですわ」
 権力には弱い、というか、火影にはゴマ擦っておけ、の紅がミナモちゃんこと、仔イルカを火影に渡した。
「おお、よしよし。変態と一緒にいて怖くなかったかの?」
 喜び勇んで仔イルカを抱っこする火影には、里の長の面影は全くなかった。
「ず、ずるい。俺には抱っこさせてくれないのにー」
 カカシが指をくわえて涙目で訴える。根が優しいのか、泣いている上忍を見て仔イルカが困ったように首を何度もかたげるが、火影は変態上忍のことをきっぱりと無視した。
「今日はわしと一緒にねんねしような」
「あー、じっちゃんずるい。俺もイル…ミナモちゃんと一緒に寝るってばよ」
「あら、私の方がいいでしょ?」
 ナルトがわめき、紅が嫣然と微笑む。サスケがこっそりと手を上げて、自分の権利も主張する。当然大騒ぎするだろう変態上忍はイビキの手でがっちりとホールドされ、サクラに口を押えられていた。
「カカシ先生が混ざると収まるものも収まらなくなっちゃうわ」
 とはサクラの言い分。イビキはとにかくこれ以上疲れたくはなかった。
「みんなでねんね?」
 仔イルカが首をかしげながら嬉しそうに尋ね、騒いでいた面々は顔を見合わせた。
 子供達だけならそれもよかっただろう。それに爺が1匹入るのもまあ許容範囲。だが、うら若き(本人の主張)女性が、未満と枯れ果て爺というのであっても男性と一緒に『ねんね』するのは道徳的にあまりよろしくない。だからといって、紅には仔イルカ添い寝権利を投げ捨てるつもりも全くなかった。
「コホン」
 わざとらしく火影が咳をする。
「ここは公正に、イル……ミナモに決めてもらうということでどうじゃな?」
 火影には勝算がある。この当時のイルカが知っているのは火影しか居ない。つまり、仔イルカは火影を選ぶだろう、と。
 他の者たちもそれぞれ自分なりの勝算があったのだろう。ごくりと唾を飲み込んで、お互いの顔を伺いつつ、うなずく。
「ならば――」
 エントリーは三代目火影、ナルト、サスケ、紅。そしてイビキを根性で振り払ったカカシと、せっかくだからと手を上げてみたサクラ。
 何も事情を知らない受付の担当忍や偶然居合わせてしまった忍や依頼人たちにとっては、6才前後の幼女を争う変態の集団にしか見えない騒ぎだったが、当人たちは真剣だった。

 イルカの信頼をもっとも得ているのはこのわしじゃあ、の三代目。
 イルカ先生は俺が守るってばよ、の無自覚ナルト。
 とにかくもらう!のサスケ。
 可愛い子供状態がいつまでなのかわからないんだから遊べるうちに遊ばなきゃ、の紅。
 私しかまともな人間いないみたいだもん、とサクラ。
 イルカ先生は俺のものなんだから、仔イルカちゃんも当然俺のーーー!と鼻息荒い変態。

 6人の争いが今、始まろうとしていた。仔イルカに選ばれるために、どんなえげつない手を使っても目立ってやる、アピールしてやる、と各自が、持てる能力を最大限に発揮しようとしたその時。

「なんだー、この騒ぎは」

 現れたのはいつも熱血全身緑タイツ男。あまりにもインパクトある姿に、仔イルカの目が釘付けになる。
「受付ではもっと静かにしなきゃいけませんよね」
 お揃いの格好をしたリーも突っ込む。仔イルカは小さな目をまん丸に見開いて、その緑の固まり2つをかわるがわる見比べた。
「ん? どうした? カカシの隠し子か」
 わっはっはと豪快に笑う緑タイツ1号に、とてとてとてと小さな影が近づく。いつのまにか仔イルカは火影爺の手をすり抜けていた。
「おめめー、まゆげー」
 5・6才なのだから、もっとちゃんと喋れるはずだ。だが、初めてガイとリーを見た人間、それも幼児なら仕方のない反応だろう。嬉しそうににこにこ笑って手を伸ばす幼女をガイが抱上げた。
「可愛いです」
 ポッとリーが顔を赤らめる。それを聞きつけてガイがははははっと笑った。
「リー、この子が気に入ったのか。今のうちに婚約でもしておくかー?」
 可愛いから早いところ約束しておかないとなと、ガイが言うのに、リーが本気になってぶんぶんとうなずいた。
「お、そうか、リー、おまえってやつは」
 フッと笑い、ガイもうなずく。
「お嬢ちゃん、ここのリーと結婚してやってくれるか? まだまだ青いが、将来有望なやつさ。どうだ?」
 馬鹿なことを腕の中の幼女(実は女装)に。仔イルカは仔イルカで、よくわかんないけど、まゆげとおめめが気に入ったので、とにかくうなずく。
「おじちゃんのがいいー」
 ぎゅっと抱きつくのに、ようやく凍り付いていた辺りが解凍された。
「リー、振られたぞ。お嬢ちゃんは俺の方がいいらしい」
 きらーんと歯を光らせるガイをカカシが襲った。瞬く間に仔イルカをその手に取り戻す。
「イルカ先生は俺のなのっ!」
「よ、よりによって、こんなゲジ眉男にイルカを渡せるもんですか」
 カカシによって転ばされたガイを紅がすごい勢いで何度も踏みつけた。
「うわー、ガイ先生ーー」
 師匠を心配するリーも、仔イルカに懸想した罪ということで、写輪眼全開のサスケに絞め技を食らわされ、やけに怒っているサクラにとどめを刺された。
 戒厳令のため、ガイ班テンテンはその場にいなかったが、ネジはいた。仲間と師匠のあまりな最後に深く息を吐く。
「結婚を申し込むなら、手順があるだろう」
 それをしなかった以上、このありさまは自業自得、と。全然外れた感想を呟くネジだった。



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