はたけカカシはそれなりにご機嫌だった。愛しい愛しいあの人は、遠い任務の空の下、だがその寂しさを紛らわせていてくださいとでもいうように、あの人そっくりの子供が腕の中にいる。
 もちろん、子供が誰かわからない女とイルカとの間に生まれたという悲しい事実は忘れていない。火影やアスマなどの妨害によって、その女が誰なのか今だ分からないのも忌まわしいが、奮闘のかいあってか、子供――アスマのところの下忍たちの言によれば、愛する人の隠し子は『イサギ』という名前らしい――はカカシが預かってもいいことになった。
「イルカせんせえ……早く帰ってきてください」
 夢見るはイルカと、イルカにそっくりのイサギと自分との親子生活。腕の中のイサギが落ちつかなげに体を動かしたのもカカシは気にならなかった。



「で、なんでイビキがいるわけ?」
 イルカが帰ってくるまでにイサギを懐かせちゃいましょう計画だったのに(そして、イサギから、カカシ父ちゃんと離れたくない、とイルカに訴えてもらってめでたく同棲生活)、その邪魔をしにイビキがやってきていた。
「おまえがイル…その子供に悪さしないか見張りだ」
 そして相手の女探しに暴走して、手当たり次第女性を傷つけないか、の。カカシはすでにアスマのところのイノをイサギの母親認定して雷切で殺しかけた前科持ちだった。それが本当なら、5・6才に見えるイサギをイノは7才で生んだことになるが、カカシにはそんなことは知ったことではない。似たような理屈でサクラも、いや、カカシの目に入る女性はすべて危険だった。
「悪さって、ひどいねえ。俺が可愛いイサギに何するって言うんだろうねぇ」
 カカシはいじけてイサギにぶつぶつ話し掛ける。イサギは気持ち悪そうにふるっと体を震わせた。
「カカシ先生ー、遅いーー!」
 いつものように文句を言いかけた子供達は、その腕の中の子供に眼を見張った。
「と、とうとう犯罪まで?」
 思わず呟いたのはサクラだ。鋭い観察眼で子供がイルカそっくりだということを見て取っていた。
「カカシの隠し子じゃないのか?」
 そこまで観察力のないサスケが言うが、聞きつけたカカシはくしゃっと顔を歪めた。
「そーいう不潔なことをしたのはイルカ先生だよー。い、イルカ先生、俺というものがありながら、隠し子なんて作っちゃって。しかもこんなに可愛いのに俺から隠してーーー」
 イサギを抱きしめてえぐえぐ泣き始めるカカシをイビキがうんざりして見下ろした。
「イルカ先生が?」
「隠し子?」
 サクラとサスケは顔を見合わせる。残ったナルトは不思議そうに口を開いた。
「でもその子、イルカ先生のにおいがするってばよ」
 イビキが止める間もなかった。ぴたっと、カカシの泣き声が止む。サクラが首を傾げた。
「だってイルカ先生の子供だったら、イルカ先生のにおいがしても当たり前でしょ?」
 ナルトが首を振った。
「でもさ、でもさ、残り香とかじゃないんだってば。似てるんでもなくって、絶対イルカ先生のにおいなんだけど……」
 子供がイルカだとして、何故小さくなっているかの理由が見当もつかない。ナルトの声が尻つぼみに小さくなる。
「ちゃ、チャクラの質が全く違うだろう」
 イビキが出さないでもいい誤魔化しをしたために、サクラが不審そうな顔になった。チャクラのコントロールは下忍一、なのだ。質を見る目も養われている。
「確かに違うけど、全くってほどではないわ。イルカ先生の子供だったら似ててもおかしくないって、ちゃんと見てみなかったけど、今見てみると、上にチャクラが重なって誤魔化してあるみたいな――」
 実際は誤魔化すためでなく、重なってしまった術がイルカのチャクラに重なって違うように見せかけていただけで、ベースのチャクラは確かにイルカのものだ。サクラが、うん、とうなずいた。
「よくよく見ると、やっぱりイルカ先生のチャクラよ」
 カカシが目を凝らしてイサギの体を調べるのをイビキは苦虫を噛み潰した顔で見守った。今更止めることはできなかった。
「………イルカ先生だ………」
 そしてカカシが呆然と呟いた時も、イビキは否定することが出来なかった。





「つまり、事故でイルカ先生が子供がえりしてしまったってことなのね?」
 サクラが確認のために口に出した。あれからすっかり口を割らされてしまったイビキが重々しくうなずく。イサギ――仔イルカは今まで自分の名が『先生』付きで呼ばれるのにわけがわからなくなって混乱してしまっていたが、ばれたからもういい、とのお許しに大人しくはあるが子供らしくきゃあきゃあ騒いで走り回っている。最初からイルカがイルカならなんでもいいや、のナルトがその相手をしていた。
「事故というか、うーん、やっぱり事故だな」
 敵忍の放った子供がえりの術。それがちゃんと効いていれば、戦闘中に急に子供になった相手はパニックを起こすだろう。その仲間もおそらく。そういう混乱を招く術で、それ自体に持続性はそんなになかった。そして術をはね返すためにイルカが鏡術を使った。はね返った術は術を放った敵忍に当たるはずだった。
 一方、イルカを守ろうと、木の葉の里の忍も術を放った。イルカの横から、イルカに向けられた術を吹き飛ばす系列の術。
「術をボールとして考えてみてくれ。横から強い風が吹いたら?」
「人に当たる前に脇に飛んでいくな」
 イビキのたとえにサスケがうなずく。
「だが、イルカの鏡術のが早かった。だから、その風遁はイルカの鏡術の一部を吹き飛ばしたんだ」
 イルカは鏡術を平面にしか向けていなかった。ドーム状に鏡術を使えば、はね返した敵忍の術が仲間に当たるかもしれなかったから。だから、真横から素直に仲間の風遁を受けた。それはすべて吹き飛ばすほど、イルカの術より強力ではなかったが、一部に隙間が開いた。そして、鏡術の一部は一部でその場から離れて効力をもった。
 術を使ったのはまだいた。イルカがしようとしていることに気付き、鏡術をより強力に、と固定の術を向けた者。
 結果、敵忍の子供がえりの術はイルカにはね返され、そのはね返した術を風遁で離れたところに飛んでいた鏡術にさらに反射させられ、固定化の術を受けながら、イルカのガードの隙間からイルカに当たった。
「………理解はしたけど、こっちは理解不能だわ」
 サクラは自分達の上官を指さした。カカシはいいなーと指をくわえてナルトと遊んでいる仔イルカを見つめている。
「………理解しなくていい」
 イビキが地の底から湧いて出るような声で言った。
「カカシ、言っておくが、今のイルカに大人の時の記憶はないが、大人に戻った時、今の記憶は残っている可能性は高い。つまり、おまえがイルカの隠し子を産んだ女性は誰だと里中の女を脅しまくった事実を憶えているということだが、イルカはおまえのことをどう思うだろうな」
 カカシの顔が真っ青になった。
「い、イルカせんせえ、怒っちゃったりして?」
「あったりまえでしょ!」
「それですむといいな」
 サクラが叫び、サスケがとどめをさす。イビキも重々しくうなずいていた。
「イルカ……」
「先生に謝るより、脅した女の人に謝った方がポイント高いわよ」
 今にも仔イルカに向かって駆けて行きそうなカカシをサクラが引きとめた。本当?と訴えるカカシにサクラはにっこり笑ってうなずいてみせた。そしてぴゅーっと勢いよく走って行く上忍を3人は見送った。
「任務完了?」
 仔イルカを変態の手から無事守ってみせました。ぶい、とVサインをするサクラを見ながら、イビキは末恐ろしいとため息をついた。



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