(9)

「……何の真似です…?」
こちらを見上げて問うイタチに馬乗りになり、カシワは哂った。
「お前は頭が良いんだ。判るだろう?」
「…俺の写輪眼が狙いか。愚かな…」
眉を顰めたイタチの咽喉元に、カシワはクナイを突きつけた。
「お前みたいに何の苦労も無く易々と写輪眼を手に入れた奴に俺の気持ちが判ってたまるか!最も血の近い従兄弟だってせいで、俺はいつもお前と比較され、貶められ続けてきた。その俺の気持ちが…な」

またか、と、イタチは思った。
エリート中のエリートであり、幼い頃から才能を発揮していたイタチは、常に賞賛と羨望と、それ以上の怨憎の的だった。
従兄弟たちは皆、多かれ少なかれイタチと比較され、貶められ、劣等感を抱かされる。
その劣等感をバネとして自ら切磋琢磨し、写輪眼を手に入れ、更に強さを得る者もいるにはいるが、カシワのように卑屈になってしまう者の方が多い。
イタチがカシワを快く思っていなかったのも、カシワの自分に対する妬みが特に甚だしいと感じ取っていたからだ。
血筋としてはイタチに最も近い従兄なのに、18になる今も写輪眼を開眼できずにいる。
それだけに焦りと妬みが強く、その気持ちは理解できなくも無いが、まさかこんな暴挙に出るとは思ってもいなかった。

「……写輪眼の移殖はそう易々とは成功しない……。カカシさんの例は奇跡だ」
「そんな事は俺だって知ってる。過去に写輪眼を狙ってうちは一族の忍が殺された事もあったが、移殖が成功したのはカカシだけだ」
だから、と、カシワは口元を歪めて哂った。
「俺は準備万端整えてこの日が来るのを待ってたって訳だ」
「まさか……敵に情報を流したのはあなたか?」
「チャンスは自ら作り出すものだ__そうだろ?」
得意げに言うカシワに、イタチは舌打ちしたい気分だった。
「そんな事の為に仲間を犠牲にするなど……何と愚かな……」
「黙れ!」
カシワはイタチの咽喉を締めつけた。
息苦しさに、イタチは眉を顰めた。
「愚かなのは貴様の方だ。これだけの人間を平然と殺すクセに、どうして血を飲まない?放っておけばいずれ失明して写輪眼が使えなくなるのを判っていて、どうして生き胆を喰わない?」
イタチの咽喉を締める力を僅かに緩め、カシワは続けた。
「答えは判ってる。貴様は軟弱なんだ。貴様のその軟弱さが写輪眼を駄目にしてしまう。だから俺はそうなる前に写輪眼を救ってやるんだ」
感謝しろ、とカシワは言ったが、イタチはカシワの言葉を半ばしか聞いていなかった。

人を殺しておきながら、何故、治療に必要な生き血を飲まないのか、自分でも問い続けてきた。
暗部に入り、連日のように人を殺めるようになってからは尚更、それを疑問に感じた。
まだ発症の兆しは無いが、うちは一族である限り、一族を蝕んでいる遺伝病からは逃れられない。
放っておけばいずれ失明してしまう事も、人の生き血と生き胆が治療に確かな効果を発揮する事も、そして他に治療の方法が無い事も既に実証済みだ。
8歳で写輪眼を得た時、イタチは両親からその話を聞かされ、ショックを受けた。
生き血を飲むことを拒んだイタチを父は叱り、母は嘆いた。
何故、拒んだのか、理由は自分でも判らない。
だがうちは一族が人間の生き血と生き胆を手に入れるために警務部隊の地位を悪用し、罪人に実際以上の重い罪を被せ、或いは抵抗したとの口実の元、本来ならば違法な処刑を行っている事を知ってからは、頑として血を飲むことを拒んだ。
そんなイタチを大人たちは非難した。
写輪眼を持つ者は特に失明の時期が早まる危険性がある。
それを承知の上で血を飲まず写輪眼を失うのは、うちは一族に対する裏切りだとまで罵られた。
そんなイタチを庇ったのは、幼い頃から仲の良かったシスイだけだった。
シスイはイタチの為に『特殊』な薬を調合し、イタチが血を飲まなくても失明しないよう、優れた医療忍としての才能の全てをかけて尽力した。
だが一族の者たちはシスイの薬を認めようとはせず、所詮は気休め程度としか看做していない。

「任務で人を殺すのは里の為になる。無抵抗の女子供を殺すのも『里の為』という口実があれば許される。だったらうちは一族を護る為に罪人の腹を割くのが何故、悪い?」
カシワの言葉に、イタチは改めて相手を見た。
何故なのか、ずっと疑問に思っていた。
だが今、答えが明らかになった。
「うちは一族のしている事が公になれば、うちは一族の名は地に堕ちる__それが答えだ」
「……何とでもほざけ。貴様はここで終わりだ……!」
カシワはクナイを振りかざし、イタチの心臓めがけ、振り下ろした。

銀色の光が、イタチの視界を横切った。
両目に激痛を覚え、思わず目を閉じる。
「イタチ、大丈夫か?」
目を開くと、藍と朱の色違いの双眸が、こちらを見つめていた。
「……カカシさん……」
「救援要請があって駆けつけてみたら従兄に殺されかけてるって、どーゆーコト?」
イタチに問いながらカカシはカシワに金縛りの術をかけ、その身柄を拘束した。
それからイタチを助け起こし、両腕の縛めを解く。
イタチは何も言わなかった。カカシは肩を竦め、カシワに向き直った。
「何にしろこいつは尋問してから警務部隊に引き渡す__自分の一族に裁かれるなんて、皮肉……」
カシワの様子がおかしいことに気づき、カカシは眉を顰めた。
両目は虚ろに見開かれ、口元はだらしなく緩んでいる。
「…その男を尋問しても無駄ですよ。精神崩壊を起こしている」
カカシは振り向き、イタチを見た。
「……何をした?」
「幻術、月読」
イタチは木に寄りかかり、何とか立ち上がった。
そしてカシワに歩み寄り、その頚動脈を掻き切った。
「…!何を__」
イタチの動きはチャクラ切れで弱っている者とは思えないほど素早く、カカシが止める間も無かった。
「今、見た事は全て忘れてください。俺がカシワを殺した事も、カシワが俺を殺そうとしていた事も」

カカシは改めてイタチを見た。
返り血を浴びるのを嫌うイタチがこんな殺し方をするのを見るのは初めてだ。
夜闇を思わせる双眸は、血の色に変わっている。

「……仲間殺しは大罪だ。どう見ても、正当防衛とは言えない」
「どうしても事を荒立てるとおっしゃるなら、あなたにも死んで頂かなければなりません」
「チャクラ切れで立っているのもやっとなクセに俺が殺せるのか?その月読とかいう幻術も、もう使えまい」
イタチは眉を顰めた。カカシの言うとおりだ。
天照を発動してチャクラを使いきった上、更に月読を使ってしまった。
もうすでに限界を超えている。
チャクラの残りが無いのに月読が使えたのは奇跡だが、奇跡はそう何度も起きはしない。
だがイタチはひるまなかった。
うちは一族の名と誇りを護る為ならば、己の生命と引き換えにしても構わない。
そしてイタチが本気である事を、カカシは感じ取っていた。
もう何の力も残っていない筈なのに、一体何がイタチをここまで駆り立てるのか?
その答えを知りたいと、カカシは思った。

「……!……」
不意に襲った激痛__それもそれまでの痛みとは比べ物にならないほどの__に、イタチはその場に崩れるように蹲った。
両目が焼けるように熱い。
吐き気がし、全身が震える。
「……イタチ…?」
「……眼が……」
イタチは両手で目を覆い、搾り出すような声で言った。
「…写輪眼の使い過ぎで視神経が炎症を起こしたんだろう。俺もたまになる」
カカシはイタチに手を差し伸べた。
そして、抱き上げる。
よほど苦痛が激しいのか、イタチは意外なほど素直にカカシの腕に身を委ねた。
こうして抱いてみるとイタチの身体は軽く華奢で、まだほんの子供なのだと思わせる。
「……余計な事は喋らないから安心しろ」
宥めるように言うと、カカシは地を蹴った。






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