(10)

医療棟にイタチを運び込んだカカシは、医療忍にイタチの両目を冷やすように指示した。
それだけでも大分、痛みは和らぐ筈だ。
「シスイを…」
「…え?」
「うちはシスイを、呼んで下さい」
力なく診療台に横たわったまま、イタチは言った。
宿舎裏口近くで見た光景が、カカシの脳裏に蘇る。
「…暗部でない者をここに入れる訳には…」
「写輪眼の治療に必要なら許可されるだろう」
渋る医療忍に、カカシは言った。
「それにシスイならすぐ近くまで来ている。カシワに呼び出されて…ね」
「……!それは……本当ですか?」
幾分か不安げに、イタチは聞いた。

こんな風に不安がるイタチを見るのは初めてだ。
それに、こんな風に無防備で弱った姿を晒すのも。
いつもなら隙を見せることも無くどこか張り詰めた雰囲気を漂わせているのに、こうして眼の上にタオルと氷嚢を乗せられ力なく横たわっている姿はまるで別人の様だ。

カカシは医療忍たちに、席を外すよう言った。
医療忍たちは不審がって互いに顔を見合わせたが、結局はカカシの言葉に従った。
「さっき、カシワと15くらいのお前に似た少年が裏門の前で話してるのを見かけてね。カシワはお前がその少年の検査を受けるように説得したと言ってたケド」
あれがシスイなんだろう?とカカシが訊くと、イタチは小さく頷いた。
「立ち聞きした会話からは、シスイがカシワとグルだったとは思えないが、保証は出来ない」
「……カシワと何を話していたのかは、本人に聞きます。ここに来ている理由も」
「不安なら、側にいてやろうか?」
カカシの問いに、イタチはすぐには答えなかった。
言下に拒否されなかったのは意外だが、自分がそんな事を言い出したのも意外だと、カカシは思った。
別人のように無防備なイタチの姿はまるで無力な子供のようで、庇護欲が刺激されたのかも知れない。
「……カカシさんも、こいういう症状を経験したことがあるんですか?」
カカシの問いに答える代わりに、イタチは聞いた。
「眼の奥が焼けるように熱く痛む、っていう症状ならね。一過性のものだ。心配はいらない」
「……そうですか……」
イタチは暫く何かを迷っているらしく口を噤んでいたが、やがてやはりシスイを呼んで欲しいと頼んだ。



医療棟に連れて来られたシスイはイタチよりずっと不安そうに見えた。
診療台の上に横たわるイタチの姿を見ると、すぐ側に立っているカカシを突き飛ばさんばかりの勢いで駆け寄った。
「イタチ…。どうしたんだ、一体、何が……」
「…写輪眼の使いすぎと、チャクラ切れだ」
まるで他人事であるかのように、イタチは言った。
シスイは痛みや症状などを矢継ぎ早に質問し、イタチはだるそうな口調で、それに答えた。
「…随分、無茶をしたみたいだね。どんな任務だったか知らないけど……」
「カシワに、殺されかけた」
イタチの言葉に、シスイの手が震えた。
「そん……まさか……!」
「カシワと会っていたらしいが、何を話していた?」
「イタチ……!僕はそんな…ただカシワが君を説得して、検査を受けさせるって言うから……」
途中まで言って、シスイは口を噤んだ。
そして初めてそこにカカシがいるのに気づいたかのように、カカシの方を見る。
「…カカシさん。済みませんが、暫く外して頂けませんか」
イタチの言葉に、カカシは軽く肩を竦め、踵を返した。

「…あの人が、はたけカカシ…」
カカシが出て行くと、半ば独り言のようにシスイは呟いた。
それから、イタチに向き直る。
「カシワに会っていたのは、君が検査を受けるよう説得したからってカシワに呼び出されたからだよ。カシワが君に酷い事をしようとしてただなんて、考えもしなかった」
「…シスイ兄さんを疑ってる訳じゃないよ」
イタチの言葉に、シスイは安堵の溜息を吐いた。
「でも……何故、僕に会ってくれなかったんだ?月に一度の検査は必ず受けるって、約束だったのに」
「……迷ってた」
「迷う?」
鸚鵡返しに、シスイは聞いた。
「暗部に入って、毎日のように人を殺すようになった。その殆どはお家騒動に巻き込まれただけの、罪も無い者たちだ。そんな人たちを殺すことが許されるなら……うちは一族のしている事も…と」
「……イタチ」
「だが今は、うちは一族のしている事が許されるとは思わない。うちは一族は、自らを穢し、貶めている」
シスイは、宥めるようにイタチの手を撫でた。
「その話は後にしよう。今は、休んだほうが良い。疲れてるんだろう?」
イタチは答える代わりに小さく溜息を吐いた。



30分ほどしてシスイが出て来るまで、カカシは病室の前で待っていた。
「怪我の治療は終わりました。イタチは今、眠っています」
シスイの報告に、カカシは軽く頷いた。
「写輪眼の治療には暫く時間がかかりそうなので、休暇を頂きたいのですが」
「申請しとくよ。家に連れて帰るの?」
「いえ…里のはずれにあるうちは一族の寮に連れて行きます。あんな状態で家に帰ったら母上や弟が心配するからって、家には帰りたがらないんで」
シスイの言葉に、カカシは軽く眉を上げた。
「イタチは家族思いの優しい子なんです。感情表現が下手だから誤解されやすいけど」
「…イタチの事を優しいなんて言うのはお前だけじゃないの?」
シスイは何度か瞬き、躊躇いがちに口を開いた。
「あの…あなたとイタチは……」
途中まで言って、シスイは首を横に振った。
そして、改めて口を開く。
「お気づきでしょうけど、イタチは孤立しやすい性格なんです。暗部でも孤立しているんじゃないかと心配だったんですが、あなたの事は信頼しているようで、安心しました」
「信頼しているかどうかは微妙だケド……ま、心配はしなくて良いよ」
「イタチを…宜しくお願いします」
言って、シスイは深々と頭を下げた。

カカシは黙って相手を見つめた。
イタチが自分をどの程度、信用しているのかは判らない。が、シスイを信頼しているのは明らかだ。
そしてシスイは誰よりもイタチを大切に思っているのだろう。
そんな二人の関係を羨ましいと、カカシは思った。
オビトとの間にはそこまでの信頼関係を築けなかったからだ。
大切だと気づいた時には、喪っていた。
オビトも、四代目も。

「…俺に頼むよりお前が自分でイタチを大切にしてやれば良い。手遅れになってから後悔しても遅い」
「……カカシさん……?」
カカシは踵を返し、その場から去った。
その後姿を見送るシスイの胸には、苦い気持ちが芽生えていた。





Fin.




後書
うちは一族皆殺し理由を捏造してみようシリーズ第1弾です。
自分で書きながら「こんな11歳、イヤだ」と思っちゃいましたが、イタにゃんの性格をシリアスに書くとどうしてもこんな感じになるんですよね。
最後に一族皆殺しへと続くのでどうしても。

人間の生き血や生き胆(肝臓)に治病効果があるというのは江戸時代くらいまでは一般的に信じられ、薬として取引もされていたそうです。
動物(すっぽんとか)の血なら今でも強壮剤扱いですし、鳩の血は鷹の薬として利用されているそうな。
ナルトの世界は近代文明と中世的な文化が混在しているので「人の生き血、生き胆以外に失明を予防する手立てが無い」という設定は微妙な気もしますが、まあ、特殊な遺伝病なので他に治療方法が無いんだという事にしておいて下さい;
この時点でまだ万華鏡写輪眼を会得していないイタにゃんに月読や天照が使えるのかって疑問もスルーしてやって下さい;;

ここまで読んで頂き、有難うございましたm(__)m

BISMARC




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