(8)

追っ手の数が増えてゆく気配に、仲間の緊張が高まるのをイタチは感じていた。
緊張と、恐怖。
狩られる獣と同じだ。
全員が負傷しており、チャクラの残りも少ない。
かなりまずい状況だと、イタチは頭よりも肌で感じた。
その夜の任務では、とある城主の甥を暗殺する予定だった。斥候の報告によれば護衛は十名程度の武士だけで、忍はいない筈だった。それでフォーマンセルでの任務となったのだが、ターゲットに近づく前に敵の忍に取り囲まれた。
相手の数はこちらのざっと4倍。それもかなりの手練れを揃えている。
どうやら情報が漏れていたらしく、待ち伏せされた上、奇襲をかけられたのだ。
「俺が残って追っ手を足止めします」
このままでは埒が開かないと思い、イタチは言った。
「ならば俺も残る。お前一人に殿(しんがり)を勤めさせる訳には行かん」
小隊長は言ったが、イタチは首を横に振った。
小隊長は部下を庇って怪我をしており、負傷の程度は4人の中で一番、酷かった。
対照的に、イタチの怪我は軽い。
尤も、何度も写輪眼を使ったせいでチャクラはかなり消耗してしまっていたが。
「あなたのその傷では無理です」
「__くそっ……。済まんな、イタチ。すぐに応援を呼ぶ。くれぐれも無理はするな」
「判っています。敵に火遁を仕掛けますから、その隙に行って下さい」
仲間が頷いたのを確認して、イタチは足を止めた。
「火遁、豪火球の術!」
夜の森が、オレンジ色の炎に照らされる。
狩る者の側に恐怖が生まれたのを、イタチは感じ取っていた。



比較的簡単な護衛任務を終わらせたカカシは、火影に報告を済ませた後、暗部宿舎に向かっていた。
幸い敵襲もなく、この程度なら暗部で受けなくとも良かったのではと思った程だ。
暗部の任務と言っても血生臭いものばかりとは限らない。
だがこの手の『楽』な任務が続くことを、カカシは好まなかった。
緊張感が薄れると、心に隙が生じる。
そしてその『隙』は疑惑という糸を蜘蛛の巣のように張り巡らせてしまう。
何の為に殺すのか
何の為に生きるのか
何の為に忍であり続けるのか__
敵と対戦している時にそんな疑惑に駆られれば生命とりになり兼ねない。
不図、カカシは夜闇に似た漆黒の瞳を思い出した。
何の迷いも躊躇いも無い、信念に満ちた瞳を。
九尾が里を襲った日、独り九尾に立ち向かっていった四代目も揺るがぬ信念をその瞳に宿していた。
二人の印象が余りに異なるので今まで気づきもしなかった。
だが、二人は確かに、同じ目をしている。
「__ん…?」
視界に入った光景に、カカシは反射的に気配を消し、姿を隠した。
暗部宿舎の裏口近くに、二人の忍の姿がある。
一人はうちはカシワ。
もう一人はカカシの知らない男__と言うより少年__だが、面差しがイタチに似ている。
恐らくもう一人もうちは一族なのだろうが、こんな所で何をしているのか。
時折、暗部にいる家族や恋人を訪ねてくる者はいるが、こんな早朝からというのは不自然だ。
疑問に思ったカカシは、気配を殺したまま二人に近づいた。

「急な呼び出しだったからイタチに何かあったんじゃないかって心配したんだけど…」
シスイの言葉に、カシワは軽く肩を竦めた。
「相変わらずイタチの事となると心配性だな。だがあいつは元気だ。今は任務に行っているが」
「だったら、話って?」
「イタチがお前の検査を受けるように説得した。だがあいつの事だ。すぐに気が変わってやっぱり厭だと言い出しかねない。だから任務から帰ったらすぐに診てやれるようにって思ってな」
カシワの言葉に、シスイは安堵したように微笑った。
「それを聞いて安心したよ。任務はいつ終わるの?」
「予定ではそろそろ帰って来る頃だ。お前は宿舎には入れないから、近くの茶屋ででも待っててくれ」
「判った。イタチを説得してくれてありがとう」
シスイが去ってゆくのを見送ってから、カカシはその場を離れた。
カシワは否定していたがイタチにはやはり何か持病があるのだろう、そしてカシワと話していた少年は医療忍なのだろうと、カカシは思った。
本人たちが隠したがっているなら暴き立てる事も無い。
そう思いながら、不吉な胸騒ぎがするのをカカシは感じていた。



イタチは肩で荒い息をしていた。
敵の追撃が思いのほかしつこく、とても撒くのは無理だと判断した為、反撃に出たのだ。
一人一人を相手に戦っていてはこちらに不利になるばかりだし、仲間に追いつかれる危険もある。
それで止むを得ず、まだ完成していない大技__天照__を使った。
未完成とは言え、威力は充分だった。
静かな森は黒い炎に包まれ、敵忍たちは物言わぬ骸となってその場に横たわっている。
死に切れずに苦しんでいる者もいるが、反撃される心配は無いだろう。
止めを刺して楽にしてやろうという情けが無いわけでは無いが、身体がいう事を聞かない。
「……っ……」
立っている事も出来ず、イタチは傍らの木に寄りかかった。
腕が痺れ、身体がだるい。
それに両目が奇妙に熱い。
明らかに写輪眼を使いすぎたと、イタチは思った。
その上、未完成の天照を使ったせいでチャクラコントロールが思うように行かず、残り少なかったチャクラの全てを使いきってしまったらしい。
こんな状態で敵に出くわしたら終わりだと思った瞬間、何者かの気配を感じた。
「イタチ!大丈夫か?」
声をかけてきたのはカシワだった。
日頃あまり快く思ってはいない従兄だが、状況が状況だけに地獄で仏を見る思いだった。
安堵したせいか脚から力が抜け、崩れるようにその場に蹲る。
「大丈夫か?救援要請を受けて急いで駆けつけたんだが、間に合って良かった」
それにしても、と、カシワは続けた。
「この黒い炎……。お前がやったのか?」
「……ええ……」
短く、イタチは答えた。
疲労感が激しく、喋るのさえ億劫だ。
カシワが、眼の前に広がる光景に恐怖心とそれを上回る興奮を感じている事にも気づかなかった。
「…立てるか?」
言って、イタチの腕を掴んだカシワは、そのままイタチの両腕を背の後ろで縛り上げると、イタチをその場に押し倒した。






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