(7)

「カカシ先輩」
書庫を出、自分の部屋に戻ろうとしていたカカシを呼び止めたのはうちはカシワだった。
「あの、イタチの奴、見かけませんでした?」
「書庫にいたよ」
「そうですか。それで…」
カシワは曖昧に語尾をぼかした。
「何?」
「あいつ、調子はどうなんでしょう。カカシ先輩に何か言ってませんか?」
「本人に訊けば?」
「それはそうなんですけど、でもあいつ、ああいう性格でしょう?従兄の俺にも全然心を開いてくれないと言うか……」
色々と心配してるんですけど、とカシワは言った。

カカシはカシワの事を快く思ってはいなかった。カシワには、負傷した仲間を見棄てて自分だけ逃げたという『前科』があるからだ。
イタチが暗部に入隊する前の話だから、その事をイタチは知らないだろうが、いずれにしろ単に従兄だというだけでイタチがカシワに気を許すだろうとは、カカシには思えなかった。

「別にお前が心配するような事は何も無いよ」
「…そうですか。だったら良いんですが」
でももし、と、カシワは続けた。
「あいつの体調が良くないようだったら、俺に知らせてくれませんか?」
カシワの言葉に、カカシは幽かに眉を顰めた。
イタチの体調が優れないようには見えなかったし、任務でも安定した働きを見せている。
だがそのイタチが何故、医療忍用の巻物など調べていたのか、引っかかる。
「…イタチって何か持病でもあるの?」
「いえ、そういう訳じゃないんです。ただまだ子供でしょう?それも中忍になって半年くらいで暗部に入ってるから、急に任務のレベルが上がって……。無理してるんじゃないかって、心配なんですよ」
イタチの性格からして、たとえ無理をしていてもそれを表には現さないだろうからとカシワは言った。
カシワの言う事は尤もだったが、仲間を見棄てるような男が本気で従弟の心配をしているのかどうか怪しいものだとカカシは思った。
それにカシワが本当にイタチの心配をしているのだとしても、それはカカシには関わりのない事だ。
「…何か気づいたことがあったら知らせるよ」
会話を終わらせる為に、本心とは裏腹な言葉をカカシは吐いた。



「それで、イタチは元気?」
翌日、カシワは暗部詰め所近くでシスイと落ち合っていた。
心配そうに訊いたシスイに、カシワは軽く肩を竦めた。
「まあ、多分な。昼間っから書庫にカカシと篭もってお楽しみに耽るくらいの元気はあるみたいだ」
「カカシさんと……?」
眉を顰め、シスイは聞き返した。
「にしてもあのコピー野郎、どうやってイタチを誑し込んだんだか」
「その話は……噂だけだってイタチは言ってたけど……」
シスイの言葉に、カシワは哂った。
「あの高慢なイタチが男にこまされてるなんて認めると思うか?まあ、カカシには他に男の愛人が沢山いるらしいから、もしかしたらイタチがカカシをヤってるのかも知れんが」
「……カカシさんて、どういう人?」
「6歳で中忍、13で上忍になった天才。暗部に6年もいる超エリート。他人の術をパクるのがお得意のコピー忍者。誰とでも寝る淫乱__うちはの面汚しだ」

吐き棄てるように、カシワは言った。
そして、憎々しげに続ける。

「奴がイタチを誑し込んだのはうちは一族への復讐の為に決まってる。折角忠告してやったのに、イタチの奴、俺の言葉を無視しやがって……」
「…もしそれが本当なら、このまま見過ごすわけには行かないよ」
「そんな事は判ってる。だがイタチが男と寝てるなんてフガク叔父さんに言えるか?下手すりゃ俺の責任にされちまう」
カシワの言葉に、シスイは溜息を吐いた。
「イタチが最近、僕に会ってくれないのは、カカシさんが原因なんだろうか」
「暗部に入る前のイタチはお前には懐いてたからな。だからとっとと手を出しちまえって言ったのに」
「何て事を……!イタチは11の子供じゃないか」
頬に朱を上らせて抗議したシスイを、カシワはせせら笑った。
「聖人ぶるなよ、お前だって忍のクセに。お前、イタチが好きなんだろう?イタチもお前には懐いてた。だったら問題ないじゃないか」
「イタチの事は好きだけど、そんな意味でじゃ無い。イタチの事は、本当の弟みたいに__」
「イタチに嫌われるのが怖くて手が出せなかったんだろう?コピー野朗なんかに先に手出しされて残念だったな」

シスイは尚も反論しようとしたが、止めた。
今ここでカシワと言い争っても、何の意味も無い。

「……そんな事より…何とかイタチが僕と会ってくれるように説得できないかな。暗部に入ってから写輪眼を使う機会が増えたみたいだし、チェックできないのは不安だよ」
「…全くだ。あいつは簡単に写輪眼を手に入れたから、その重要性を理解できないんだ」
口の中で悪態を吐いてから、カシワは改めてシスイに向き直った。
「お前の薬って、どの程度の効き目なんだ?」
「……原料を乾燥させて粉末にして調合しただけものだから、生のままの新鮮な物の効力には、どうしても及ばない。だから…せめて定期検査は受けて欲しいのに……」
カシワは大げさに肩を竦め、溜息を吐いた。
「折角の写輪眼がイタチのワガママのせいで駄目になるかも知れないなんて、考えただけでぞっとするぜ」
「…薬と、定期検査を受けるように勧めた手紙を持ってきたから…」
「渡してはおく。だが俺にイタチを説得しろなんて期待しないでくれ」
それにしてもイタチの奴、と、カシワは続けた。
「ひょっとして、何か勘付いたんじゃ無いだろな」
「そんな……」

シスイの顔が蒼褪めるのを、カシワは横目で見遣った。
イタチに信頼されているシスイには利用価値があった。だが今、その信頼は揺らいでいるようだ。
ならば、決行を急がなければならない。
機を逸しては、取り返しのつかない事になる。

「来月、また会おう」
言って、カシワは踵を返した。






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