(6)

イタチが暗部に入隊して3ヶ月が過ぎた。
カカシはイタチに関わった事を後悔する一方、イタチに興味を惹かれてもいた。
イタチの潔癖さやプライドの高さはカカシが忍として生きる上で切り捨ててきた__切り捨てざるを得なかった__もので、それに拘ろうとするイタチの若さを時には苦々しく思い、時には羨ましくも感じた。
何度か同じ任務に就く内にイタチの実力も知った。
以前、情人から聞かされた通り、イタチは女子供を殺すことに僅かな躊躇いも見せなかった。が、殺した相手の死体をじっと見下ろすイタチの姿に、一種の奇妙な危うさを、カカシは感じていた。
イタチは暗部でも目立つ存在で、傾向はどうあれ、イタチに興味を持つ者は少なくなかった。
が、イタチは他と馴れ合う事を好まず、任務のない時には大抵一人でいた。
一度、部屋に訪ねて来た時以来、イタチはカカシに近づかなかったし、カカシから話しかけてもいつも素っ気無い態度しか取らない。
カカシにはそれが、何となく不満だった。

「隣、良いかな」
暗部宿舎の食堂で、カカシはイタチに声をかけた。
「俺はもう、済みましたから」
「随分、残してるじゃない。偏食はいけないな」
席を立ったイタチに、カカシは言った。イタチはただカカシを瞥見し、そのまま席を離れた。
「イタチは肉とか魚とか食べないんですよ」
イタチの向かいに座っていたくの一が言った。
暗部所属の医療忍だ。
「成長期なのに?」
「どうしてもダメらしいんです。だから牛乳とか豆類で蛋白質を補うように勧めてはいますけど」
言う事を聞いてくれなくて、と、くの一は苦笑した。
「何で肉を食べないんだって?まさか動物を殺すのが厭だとか」
「はっきり答えてはくれなかったけど、その『まさか』みたいなんです」

医療忍には戦忍と共に任務に就き負傷者の手当てをその場でする者と、後方にいて戦忍の心身両面での健康管理を担当する者がいる。
特に暗部では精神面のケアが必要となる為、このくの一のように心理療法の心得のある者が専属として配属されている。

「…返り血を浴びるのも嫌いだしね」
「そうなんですか?」
「アイツの殺し方はとても“綺麗”だ。アイツに殺された死体は、ただ眠っているだけみたいに見える」
くの一はカカシの写輪眼を見つめ、それから視線を落とした。
「上官の報告から言っても、うちはイタチの精神面には何の問題も見られません。新規入隊者にありがちな不安定さも観察されませんでしたし」
でも、とくの一は続けた。
「表に現さないだけで、本当は辛いんじゃないかしら」
「…何でそう思うの?」
「肉が食べられなくなるというのは殺戮や死体を嫌悪する感情の反映と考えられますし、それにいつも一人でいて仲間に馴染めていないようです」
「…単に性格じゃない?」
くの一は改めて思い出したかのように、幾分かきまり悪そうな表情でカカシを見た。
「あの…カカシ先輩はうちはイタチと親しいんですよね?」
「さっき見てたから判るでショ?やたらとプライドが高くてね、中々相手して貰えない」
「……そうですか」
カカシに気を遣ってか、歯切れの悪い口調でくの一は言った。
「例え殺戮を嫌悪していたとしても、アイツはそれを認めないだろうね」
半ば独り言のように、カカシは言った。



イタチは暗部が管理している書庫で独り調べものをしていた。
カカシは足音もたてず、相手に歩み寄る。
「…気配を消して近づかないで下さい。敵かと思うでしょう?」
「邪魔しちゃ悪いと思ってね」
カカシが言うと、イタチは巻物から視線を上げた。
「何か御用ですか?」
「お前が俺を避けたがる理由を聞こうと思って」
幽かに、イタチは眉を顰めた。
「煩わされたくないと言ったのはカカシさんでしょう」
「それ、医療忍用の巻物じゃない」
イタチの手元を見遣り、カカシは言った。
「何でそんなモノを。どっか具合でも悪いの?」
「…単なる興味です。さすが暗部の書庫だけあって、うちはの蔵書にない巻物もある」
それより、と、イタチは続けた。
「ご用がないなら邪魔をしないで頂きたい」
「別に邪魔はしないよ。俺も調べ物がしたいだけだ」

言って、カカシはイタチの向かいに腰を降ろした。
そしてイタチが机の上に並べていた巻物の一つを手に取り、広げる。
イタチは厭そうな表情をしたが、カカシを無視するように巻物に視線を戻した。

「木の葉も変わったよね。俺が暗部に入ったばかりの頃は、精神面をケアする医療忍なんていなかった」
世間話でもするような口調で、カカシは言った。
イタチは答えなかったが、カカシは構わず続けた。
「あの頃の俺は写輪眼がうまく使いこなせなくて、しょっちゅうチャクラ切れを起こしてた。原因の半分が精神的なものだと判ってたら、何度も死に掛けずに済んだかも知れない」
ま、今でもたまにチャクラ切れで倒れるケドと、カカシは笑った。
「やっぱりお前みたいな正当な継承者のようには行かない」
「……写輪眼は元々不安定なんです。俺のように安定して写輪眼を使える者は、一族でも僅かしかいない」
「うちはでも特異体質の者にしか発現しないとは聞いてたけど、一度開眼したら問題なく使えるものだと思ってたよ」
イタチはカカシの写輪眼を見、それからまた視線を逸らせた。

写輪眼は諸刃の剣だ。
得るものも大きいが、失うものも少なくない。
だからうちは一族が写輪眼に頼りすぎる事をイタチは苦々しく思っていたが、それをカカシに話す気は無かった。

「…お前は術に優れ精神的にも落ち着いている筈なのに、時々妙に危うげに見える」
「何が仰りたいのか判りません」
巻物から目を上げもせず、イタチは言った。
「いつから、肉が食べられなくなった?」
イタチの指先が幽かに震えたのを、カカシは見逃さなかった。
「……暗部に入ってまで子供のように偏食を咎められるとは思っていませんでした」
「子供だよ。お前はまだ」
「6歳で中忍になったカカシさんの言葉とも思えません」
「だからそこ言うんだ」
うんざりしたような表情で、イタチはカカシを見た。
「要点は何ですか?」
「平静を装うのも良いが、独りで抱え込まない方が良い」
「あなたは禄に自分の事を話しもしない癖に、俺にあなたを信頼しろとでも言うんですか?」
「お前のその性格じゃ、一族の中でも孤立してるんじゃないのか?」

イタチはすぐには答えなかった。
暫く黙ったままカカシを見つめ、それから口を開いた。

「馴れ合うよりは、孤立する方が増しです」
「何故そうやって自分の殻に閉じ篭りたがる?」
「閉じ篭っているのではなく、馴れ合いを拒否しているだけです。あなたに理解できなくとも、俺は俺なりのやりかたで自分の一族を大切に思っている」
「そして『うちはの名と誇りを護る為に為すべき最善の事を為している』?」
「はい」
躊躇いも無く、イタチは言った。
こちらをまっすぐに見据える瞳は夜闇のように深く静かな漆黒で、何の迷いも揺らぎも伺えない。
時折感じる奇妙な危うさは、跡形も無く陰を潜めていた。
11歳の子供が何故、ここまで迷いも無く己の信念を貫こうとする事が出来るのか、カカシには理解出来なかった。
或いは逆に、『子供』だからこそ迷わずにいられるのかも知れない。

「……邪魔して悪かったな」
言って、カカシは席を立った。
イタチは巻物に視線を戻すと、カカシの存在を脳裏から追い払った。






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