(4)
「俺にも、タバコ」
褥の上に全裸で横たわったまま、カカシは長い腕を傍らの男に伸ばした。
男は黙ったままカカシに煙草を渡し、カカシの上に身をかがめた。そして自分の吸っている煙草から、カカシの咥えたそれに火を移す。
「…お前の新しい愛人、どうしてるんだ?」
上体を起こし、壁に背中を預けて座りなおすと、男は聞いた。
「何で?まさか興味でもあんの?」
「お前が言っているような意味での興味はない」
「俺は別に、深い意味を持たせた積りはないケド」
男は口を噤み、暫く黙って煙草をふかした。
それから、言った。
「あいつと、同じ任務に就いた事はあるのか?」
「無いね。入隊してひと月たたない内に家に帰っちゃったから、そんな機会は来ないかもね」
「暗部が合わなくて逃げ帰ったと思ってるのか?それは有り得んな」
カカシは身体の向きを変え、相手を見上げた。
「どうしてそんな事が判るのさ」
「俺はイタチと同じ任務に就いた事があるからだ__それも3度も」
言って、男はカカシを見た。
それから、ゆっくりと続ける。
「合わないどころか、あいつは生まれながらの暗部だ。女でも子供でも赤ん坊でも、躊躇無く殺す」
「……へえ」
カカシは初めて会った時のイタチを思い起こした。
夜目にも鮮やかな血の色をした双眸。
凍りつくような殺気。
一分の隙もない身のこなし。
生まれながらの忍というより、決して人に飼い慣らされることの無い獣のように思えた。
「忍ならば誰でも人を殺めた経験くらいはあるものだ。それでも、敵忍と戦って斃すならとも角、無抵抗の一般人を殺すのは気が引ける」
普通の忍の任務で一般人を傷つける事は殆ど無い。あったとしても止むを得ず巻き添えにしてしまうケースが殆どだ。
が、暗部の暗殺任務では、逆に一般人をターゲットにする事が主で、女性や幼子も手にかけなければならない。
暗部入隊者の一部はそれに耐えられなくなって暗部を辞め、一部は逆に殺すことに嗜虐的な歓びを見出し、狂ってゆく。
そしてどちらも忍には不適格と看做されて忍を辞めさせられる事となる。
カカシはその暗部に九尾事件のすぐ後で入隊し、もう6年になる。
初めの内は、罪の意識を感じる自分を惰弱だと軽蔑し、そんな感情を棄てようと努めた。
だが次第に殺すことに慣れてゆくと、自分の存在がひどく薄っぺらなもののような気がして、苛立った。
今では表面の冷静さを保つことには馴れたが、それでも恐怖に震えることしか出来ない一般人を殺した後に、遣り切れない気持ちになるのはどうする事も出来ない。
こうして男に抱かれるのは、遣り切れなさを誤魔化す為だ。
無論、誤魔化しは誤魔化しに過ぎず、それで何も解決しないことは判っているが。
「イタチは確か中忍になったばかりで暗部に入った筈だけど。人殺しが好きなタイプだとは思わなかった」
「それはどうかな。殺しを愉しんでいるようには見えなかった。むしろさっさと終わらせちまいたいって感じだったし、返り血を浴びるのは嫌いみたいだ」
どういうコト?と、カカシは訊いた。
「他の新入りと違って、一瞬の躊躇いすら無い。確実に正確にターゲットの急所を狙う。それも心臓とか頚動脈みたいに血の飛び散る場所は避けて、例えば延髄を毒針で刺す」
「…敵の忍と戦う時もそんななの?」
「流石に対戦の時はそうはいかないが、それでも余り返り血は浴びてないな」
「プライドの高い、綺麗好きの猫みたいだ」
言って、カカシは嗤った。
男は何かを言おうと口を開きかけたが、ドアの外の気配に気づき、視線を転じた。
「噂をすれば何とやら…だな」
「何で入って来ないんだか」
世話が焼けるとぼやきながら、カカシはとりあえず下穿きだけ履いて、部屋のドアを開けた。
イタチは、カカシの部屋の前から立ち去ろうとしているところだった。
「俺に用があるんじゃないの?」
「…いえ、出直して来ます」
「こっちの用ならもう、済んだぜ」
そう言って、カカシの脇を通り抜けて部屋から出て行く男を、イタチは黙ったまま見送った。
「休暇は終わり?お土産でも持ってきてくれたってワケ?」
「……矢張り、出直して来ます」
踵を返そうとしたイタチの腕を、カカシは掴んだ。
「何で?恋人のところに他の男が来てたから拗ねてんの?」
お前、意外と可愛いね__カカシの言葉に、イタチは幽かに眉を顰めた。
そして無言のまま、カカシの部屋に入った。
「丁度お前の噂をしてたところだよ」
ドアを閉めると、カカシは乱れた褥の上に胡坐をかき、吸いかけの煙草を手に取った。
イタチは部屋には入ったが、端の方に立ったままだ。
「何つっ立ってるんだ?病気なんか移らないから座れよ」
「あなたにお聞きしたいことがあって来ました」
立ったまま、イタチは言った。
その頑なさはこの部屋で行われていた事と、カカシに対する嫌悪感の表れなのだろう。
そう思うと、カカシは幾分か不愉快になった。
「話が聞きたいんなら、座れ」
再度促され、仕方なくといった感じで、イタチは畳の上に腰を降ろした。
「そんな遠くにいたら話も出来ない。それとも隣の部屋の奴に聞かせたいのか?」
カカシが言うと、イタチは僅かに躊躇ってから立ち上がり、カカシの近くに座りなおした。
「…それで?」
「あなたのその写輪眼を、移植した当時のお話を伺いたい」
ズキリ、と心臓に痛みが走るのをカカシは覚えた。
イタチが自分に関心を持つとしたらそれは写輪眼絡みの事なのだと容易に予測できた筈なのに、何故かその問いは不意討ちのようにカカシを襲った。
岩の下敷きになって苦しむオビトの姿が脳裏に浮かぶ。
手術が終わるまでは冷静に振舞っていたが、移殖が済んだ途端に堪えきれずに泣き出したリンの姿。
「カカシ君が無事で良かった」と言った時の、四代目の哀しげな微笑。
左目に受けた傷の痛みと熱さまでもが蘇るようだ。
「……無神経な質問だな」
そう、カカシは言った。
自分でも何故これほど動揺しているのか判らない。
イタチのたったひと言が、あの日の出来事をこうまで鮮やかに思い起こさせるとは、予想だにしなかった。
「…判りました。もう、聞きません」
「__待て」
部屋を出て行こうとしたイタチを、カカシは呼び止めた。
そして振り向いたイタチを、その場に押し倒した。
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