(3)

3週間後、イタチは休暇を与えられ、家に帰っていた。
そのイタチを訪ったのはシスイだ。
シスイはイタチ・サスケ兄弟の母のミコトの姉の子で、兄弟の従兄に当たる医療忍だ。
カシワも従兄だが、カシワの母はフガクの姉、父はミコトの腹違いの兄だ。従って血筋としては兄弟に一番近い従兄なのだが、外見ではシスイの方がイタチ達に似ていて、事情を知らぬ者が3人兄弟だと誤解するほどだ。
シスイの母は身体が弱く、シスイがまだ幼い頃に母親が体調を崩した時にはしばしばミコトがシスイの面倒を引き受けていた。
そしてイタチと3つ年上のシスイは実の兄弟のように仲が良かった。
そんな関係もあって、今でもシスイは比較的頻繁にイタチに会いに来ていた。

「3週間も会えなかったから心配したよ。任務はきつくない?」
「相変わらず心配性だね、シスイ兄さんは」
言って、イタチは軽く苦笑した。
「通例なら暗部新規入隊者は最初の一ヶ月は休暇を許可されないのに」
「会合があるから。叔父さんが上層部に申請したんじゃないかな」
イタチは幽かに眉を顰めた。
「一族の会合を任務に優先させるなど、本末転倒だ」
「そう言うなよ。会合には勿論、出るんだろう?」
宥めるようなシスイの言葉に、イタチはすぐには答えなかった。
「君の気持ちは判るし、僕だって出たくないけど仕方ないじゃないか」
「仕方ない?」
「今は他の方法が無いんだ。今やっている研究が成功すれば皆を説得できる。だから、それまで待ってくれないか?」
イタチは尚も何か言いたげに口を開いた。が、何も言わず、代わりに溜息を吐いた。
「…それよりイタチ。目は大丈夫?」
「…ええ」
「この3週間で、何度写輪眼を使った?」
9回とイタチが答えると、シスイは眉を曇らせた。
「君がそんなに写輪眼を使うなんて、よほどの任務ばかりだったんだな」
「多分、腕試しの意味もあるんでしょう。でも別に、日に一度使うくらいならすぐに回復できる」
「チャクラはね」

表情を曇らせたまま言ったシスイに、イタチは何も言わなかった。
シスイは懐から、薬の包み紙を取り出した。

「次に会えるのはいつになるんだろう。材料の生薬がなかなか手に入らなくて、これだけしか持って来れなかったんだけど」
「いつも有難う」

不機嫌な色を収め、素直に礼を言ったイタチにシスイは幾分か、安堵した。
この類稀に優秀な従弟は、その恵まれすぎた能力のゆえか、本家嫡男として育てられた厳しいしつけのせいか、とても歳相応には見えない。
イタチが自分とサスケにしか笑顔を見せないのは寂しいと思う一方で、信頼される事は嬉しくもある。
だが最近は、その信頼が心苦しく感じられる。

「目、見せて」
言って、シスイはイタチの頬に軽く触れ、引き寄せた。
瞬きもせずにこちらを見つめるイタチの瞳は、静かな夜闇を思わせた。
「写輪眼を」

夜闇が血の色に変わると、シスイは息を呑んだ。
じっと見つめていると、吸い込まれてしまいそうだ。
愛すべき従弟の信頼を裏切っている事を、自分がイタチに何をしているかを、すべて打ち明けてしまいたくなる。
だがそれは、イタチの為にならない。

「……大丈夫のようだ。ほんの少し、脾臓が弱っているみたいだけど」
イタチから視線を逸らし、シスイは言った。
「目を見ただけで脾臓の事まで判るんですか?」
「虹彩学と言ってね、内臓の病気や疲弊が虹彩の特定の場所に現われるのを読み取るんだ。程度は軽いから、後で脾臓の薬も出しておくよ」
それにしても、とシスイは続けた。
「イタチは本当に写輪眼が似合うね。似合いすぎて怖いくらいだ」
イタチはすぐには何も言わなかった。
血のような朱が、夜闇の色に戻る。
「写輪眼が血の色をしているのは、皮肉だと思わないか?」
「…イタチのは血の色というより、赤い宝石みたいだよ。深く澄んだ赤で、とても綺麗だ」
「これほど血が濃くなっても、写輪眼を得られる者は少ない。弊害は明らかだというのに、何故不確かなものを追い続けるのか」

シスイの言葉を無視するように、イタチは言った。
シスイは宥めるように、イタチの腕に軽く触れた。

「確かなものなんて何一つ無いんだ。あるのは可能性だけ。それに何かを得る為に、別の何かを犠牲にしなければならないのは、よくある事じゃないか?」
イタチは幽かに眉を顰め、改めてシスイを見た。
「あなたまで、そうやってうちは一族がしている事を正当化する気なのか?」
「そうじゃない、正当化しようなんて思っていない。ただ僕は……世の中は理想どおりには行かないって言いたいだけだよ」

イタチは黙ったまま視線を逸らした。
シスイは、息苦しさを覚えた。

「誤解しないで欲しい。僕は『理想と現実は違う』と割り切って現実に迎合する積りなんか無い。その方が『賢い』やり方なのだろうけど、納得できない生き方はしたくないし、出来ない。ただ……理想を追い求めるにしても、時には譲歩する事も必要だと思うだけだ」
「俺には理想も現実も無い」
シスイから視線を逸らせたまま、独り言のようにイタチは言った。
「あるのはただ、『今』という時だけだ」
シスイは口を噤んだまま、従弟の横顔を見つめた。

「一人でも多くの仲間を助けたいから医療忍になる」のだと将来の希望を語ったシスイに、「俺は忍として死ぬ覚悟は出来ている」とイタチが応えたのは、イタチが5歳の時だった。
シスイはその言葉に驚き、イタチは生に執着が無いのだと思った。
が、それが誤解だったのは、すぐに判った。
執着がないどころか、イタチはうちは一族の名を継ぐ者として生きることに誇りを抱き、一族の名を護るのが自分の責務だと自負している。
それだけに目的の為には手段を選ばないうちは一族のやり方が赦せないのだろう。
そして周囲がイタチに期待すればするほど、イタチと周囲との軋轢は深まってゆく。
出来ればその溝を埋める役に立ちたいと思いながら、力が及ばず足掻いているだけの自分に、シスイは苛立ちを覚えた。

「はたけカカシを、知っていますか?」
不意に話題を変え、イタチは聞いた。
「『写輪眼のカカシ』?勿論、名前は知っているよ。暗部にいるらしいって話だけど」
「うちは一族の傍系だという事も?」
シスイは僅かに躊躇い、それから頷いた。
「うちは一族では無いのに写輪眼が遣えるなら画期的だと思って調べた事がある。実はあの人のお婆さんがうちはの出だったらしいね」
「血としては、とても薄い」
「それはそうだけど……あの人の写輪眼はあくまで移殖されたものだから__暗部で、あの人に会ったの?」
イタチは軽く笑った。
「俺の、情人ですよ」
「情人……って__」
「勿論、嘘だけど。そういう事になっている」

嘘だと聞かされても、シスイは安心した気持ちにはなれなかった。
暗部や前線での長期任務では、男同士で体の関係を持つ事は珍しくないと聞く。
7歳でアカデミーを卓越した成績で卒業したイタチが、3年後まで中忍試験を受けなかったのは、腕力では到底大人に叶わない子供をその種の危険から護るために、母のミコトが受験に反対していたからだ。
イタチが10歳になると上層部からの要求を退け続ける事も出来ずに中忍試験を受けさせたが、それから半年ほどの内にイタチは暗部昇格となった。
体術で劣る分を補って余りあるほどの技と術を身に付けてはいるが、それでもまだ11歳だ。

「カカシさんには興味がある。うちはの傍系で、移殖されたとは言え写輪眼を使いこなす忍だから」
「だからって、情人とかっていうのは……」
口篭ったシスイに、イタチはただ笑った。
それより、と、これ以上、カカシの話をイタチの口から聞きたく無くて、シスイは話題を変えた。
「これ、お土産。イタチの好きな店で買ってきたやつだよ」
「有難う、シスイ兄さん。今、母上にお茶を淹れて貰って来ます」
笑顔を見せて言ったイタチの姿が見えなくなると、シスイは溜息を吐いた。
イタチの身を案ずる気持ちは心からのものだし、イタチからも信頼されている。
だが、イタチに信頼されているのが判れば判るほど、心苦しい。
「……ごめん、イタチ……」
机の上に置かれた薬の包みを見つめながら、シスイは小さく呟いた。






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