(2)

「はたけカカシとの噂は本当なのか?」
イタチが従兄で半年前に暗部入隊をはたしているカシワに聞かれたのは、カカシと出会って2日後の事だった。
「随分、噂が広まるのが早いですね」
至極冷静なイタチの言葉と態度に、カシワはイタチと会う度に感じていた威圧感を覚えた。
自分より7つ年下の、まだ11歳になったばかりの子供だというのに、こうして面と向かうと奇妙な威圧感を覚える。
毎年正月に、うちは一族の者は本家に集まり、祝賀の儀式を行う慣わしになっている。
本家嫡男のイタチが当主である父と共にその儀式の場に初めて姿を現したのは、イタチが僅か3歳の時だった。
その時、カシワは10歳のアカデミー生だったが、幼いイタチの人形のように整った貌と、長く退屈な儀式の間、微動だにせず上座に座っていた姿を、今でも覚えている。

「暗部はそういう所だ。それより…まさか本当じゃないだろうな」
「さあ」
「さあ…って、選りによってあのはたけカカシだぞ?」
従兄の言葉に、イタチは軽く眉を上げた。
「相手がカカシさんだと、何か不都合な事でもあるんですか?」
イタチの問いに、カシワは幽かな優越感を覚えた。
はたけカカシとうちは一族の関わりをイタチが知らされていなかったのはやや意外だった。何か理由があって教えなかったのかも知れないが、自分が知っていてイタチが知らないという事に、カシワは軽い満足感を覚えた。
そして周囲を見回すとイタチとの距離を縮め、声を潜める。
「はたけカカシはうちはの傍系だ。奴の祖母が一族の反対を押し切って、一族以外の男と駆け落ちしたんだ」
血継限界を持つ名門の家ではどこも、その血継限界が一族以外に伝わることを嫌って一族意外との婚姻を禁じている。
家によって程度の差はあるが、特にうちは一族ではその禁が厳格に守られていた。

「あの人が写輪眼を使えるのはそれが理由ですか」
何でもない事のように、イタチは言った。
カシワは内心、舌打ちした。
「うちは一族以外に写輪眼遣いがいるなんて許されないことだ。奴はきっと、写輪眼欲しさにオビトを見殺しにしたに違いない」
イタチは何も言わず、カシワを見た。
カシワは18になる今も、写輪眼を会得していない。
イタチが沈黙のうちにその事を揶揄しているように思えて、カシワは苛立った。
「それだけじゃない。奴はうちは一族に復讐しようと企んでるに違いないんだ」
「復讐?」
鸚鵡返しに、イタチは聞いた。
「奴の父親が任務に失敗した時、責任追及して断罪したのがうちは警務部隊だからだ。奴の父親が助けたのもうちは一族だったが、その時の証言から任務失敗の責が『白い牙』一人にあると断定されて__」
「偽の証言で、『白い牙』を自殺に追い込んだという訳ですか」
イタチに遮られ、言い過ぎたとカシワは思った。
だが、相手は同じうちは一族だ。
「偽の証言なんか、する筈がないだろう?忍の犯罪を取り締まるのがうちは警務部隊の役目なんだから」

宥めすかすような笑顔と共に言ったカシワの言葉に、イタチは眉を顰めた。
その警務部隊が裏で何をしているのか、カシワも知っている筈なのだ。

「それより、噂は嘘なんだろう?こんな事が叔父さんや叔母さんの耳に入ったら、どんなに心配することか…」
「本当の筈が無いでしょう。俺は男には興味が無い」
お前が男に興味が無くても、男たちの方でお前を放っておくまい__思わず言いかけた言葉を、カシワは何とか飲み込んだ。
「それじゃ、あの噂、やっぱりカカシが勝手に言いふらしてるだけなんだな?」

肯定するか否定するか、イタチは迷った。
最も血の近い従兄とは言え、イタチはカシワを信頼してはいなかった。
何があったのか全てを話すのは気が進まない。
それにカシワはカカシに敵愾心を抱いているようだ。
ここで肯定すれば、カシワはカカシに苦情を持ち込みかねない。そしてそんな事になれば、カカシは今後一切イタチに関わるまいとするだろう。
だがイタチはカカシに興味があった。
カシワの話を聞く以前にも写輪眼遣いであるカカシに興味はあったが、うちはの血を引いていると知って、関心が増したのだ。

「…カカシさんは俺を庇ってくれただけです。誰か盾となる情人を作っておかないと、見境の無い連中からしつこく絡まれるからと」
「見境の無い連中って…お前、まさか誰かに手を出されたのか?」
「まさか。ただの予防策です」
驚いて聞いたカシワに、うんざりした気持ちでイタチは答えた。
この後、カシワが何を言い出すか、予想がつく。
「未遂でもどこかの馬鹿がイタチに手を出そうとしたんだったら、叔父さんに言って__」
「父上には関係ありません」
「どうして?忍の犯罪を取り締まるのが警務部隊の役目じゃないか。力ずくで強要するのは立派に__」
「そうして事を荒立てて、うちはの跡継ぎは自分の身を守ることも出来ない腑抜けだと世間に言わしめたいのか?」

イタチの言葉に、カシワの身体がピクリと震えた。
殺気を放っている訳でもないのに、圧し掛かるような威圧感を覚える。
自分より遥かに低い位置にある視線に、見下されているかの様だ。
カシワは、奥歯を噛み締めた。
そして、落ち着けと、何度も自分に言い聞かせる。

「……なあ、そう突っかかるなよ。俺たち、従兄弟じゃないか。暗部にはいろいろと厄介ごとがあるから俺はただ、お前を心配して……」
「あなたに心配して頂かなければならないような事は、何もありません」
カシワから視線を逸らし、イタチは言った。
「お話はそれだけですか?」
「__あ…ああ……。時間取らせて悪かったな」
イタチの姿が見えなくなると、カシワはその場に唾を吐いた。
「ガキが……!」




同じ頃、カカシも仲間たちから、イタチとの関係の真偽を問われていた。
「あーゆー気が強くて可愛げのないガキって好みなんだよ。だからイタチに指一本でも触れたら、お前らでも容赦しないよ?」
「安心しろって。俺は男にもガキにも興味はねぇ。だけどカカシ、今まで付き合ってた連中はどうするんだ?」
カカシには暗部に何人か情人がいる。
どうにも遣り切れない任務の後、全てを忘れるのに互いの身体を利用するような関係だ。
彼らに共通しているのは余計な詮索をしないという点だ。
だからイタチとの噂を耳にしても、何も問題はあるまいとカカシは思っていた。
「興味が無いならそーゆー下世話な事は聞かないの。プライヴァシーの侵害ってヤツでショ」
「答えたくなきゃ、別に良いんだが…」
「それにしても、どうして選りによってうちはの子倅なんだ?」
別の一人が、横から聞いた。
「選りによって、とは?」
「だって、お前の親父さんを自殺に追い込んだのは、うちは一族じゃないのか?」

カカシの頬が、ピクリと震えた。
が、口布に隠されたそれに気づいた者はいなかった。

「俺の親父に聞いたんだが、『白い牙』が任務失敗の責任を全面的に負わされたのは、共に任務に就いていて『白い牙』に助けられた奴の証言が決め手だったって。そして、そいつがうちは一族だったって話だ」
その話は、カカシには初耳だった。
カカシの父のサクモが自ら生命を絶ったのはカカシが8歳の時で、サクモが失敗した任務の詳細は、カカシには知らされなかった。
「…だとしたら、何?」
「__え…?」
「その話が本当だとしても、イタチには関係ないでショ?」
「あ…ああ……そうだな」
低く抑えたカカシの言葉に、言った相手はばつが悪そうな表情を浮かべた。
「そんな事より、紅梅楼に新しく入った花魁の話、聞いたか?」
初めにカカシに話しかけた男が、話題を変えた
「紅梅楼?お前、あんな高いとこ行ってんのかよ」
「値段だけの価値はあるって。騙されたと思って一度、試してみろよ。それでな…」
仲間たちが遊郭の話に花を咲かせるのを、カカシは黙って見遣った。
そして、オビトの事を思い出していた。






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