(1)

言い争うような声と殺気だった気配に、カカシは僅かに眉を顰めた。
任務明けの自由時間。のんびりと一人で愛読書を楽しもうと思っていたところに、思わぬ邪魔が入ったようだ。
カカシは気配を殺し、寝そべっていた木の枝の上に身を起こすと、下の様子を窺った。
「ちょっと付き合えって言ってるだけだろ?大人しくしてりゃ、悪いようにはしないぜ?」
「断る」
「新入りのクセに生意気な……。俺たちに逆らったらどうなるのか、判ってるんだろうな」
カカシは内心、溜息を吐いた。
暗部では血なまぐさい任務が多いため、血に酔って興奮する事も珍しくない。
それはそのまま性的衝動となり、遊郭に行くまでの時間と距離に耐えられず手近なところで処理を済まそうとする者もまた少なくない。
とは言っても、仲間に無理強いをするのはご法度だ。
貴重な戦力を損なう事になるし、何より仲間同士の信頼関係が崩れる。
だが禁を破る者は後を絶たず、特に目に余るほどの暴行が行われでもしない限り、野放しになっているのが実情だ。

カカシはそういう連中に拘わるのを好まなかった。
と言うより、誰に対しても関心が沸かない。
だから暗部に入ったばかりの新入りが、自分の性欲も禄にコントロールできない痴れ者どもの餌食になっても、別に気にも留めなかっただろう。
そもそも貞操など気にしていたら、暗部ではやっていけない。
それに忍ならば、自分の身くらい自分で守るべきだ。
だが、5人の男たちに取り囲まれている新入りの身体が、相手の男たちよりふた周りも小さい事がカカシの目を引いた。
初めは小柄な女かと思った。だが違う。
子供だ。
「…ったく、選りによってあんな子供相手に…」
口の中でぼやきながら、カカシは成り行きを見守った。
男たちの一人が、少年の腕に乱暴に手を掛ける。
「うわあああっ!」
「ぎゃあぁっ!」
突如、男たちが悲鳴を上げて苦しみだし、その隙に少年は身を翻して囲みを破って逃げた。
少年は男たちには触れてもいない。
ならば幻術か。
だが少年は印を組んでもいなかった筈だ。
カカシは気配を殺したまま、少年の後を追った。

「降りて来い!」
少年は暫く走り、急に立ち止まると木の上のカカシに言った。
気配は殺していたのに、気づかれたようだ。
改めて、カカシは少年の姿を見た。
少年の双眸は、夜目にも鮮やかな血の色をしている。
「うちはイタチだね」
音も無くイタチの前に飛び降りると、カカシは言った。
うちは本家の嫡男がつい先日暗部入りした事は聞いているが、会うのは初めてだ。
口布はしているが面をつけていないカカシの左目を、イタチは瞥見した。
「はたけカカシ。6人目はあなたか」

まっすぐに見据えられ、カカシは一瞬、背筋が凍るように感じた。
こんな冷たい殺気を放つ相手は初めてだ。

「俺はあの連中の仲間なんかじゃなーいヨ。大体、ガキに興味なんか無いし」
敢えて間延びした口調で、カカシは言った。
自分の冷静さを保ち、相手の気を鎮める為だ。
追っ手の気配に、イタチは身構えた。
「随分、簡単に解ける幻術をかけたものだな」
「相手にダメージを与えない為だ。だが、しつこいようなら__」
「止めときなさいって。精神的なものだけでも、仲間を傷つければ処罰される。たとえ、相手に非があっても、ね」
カカシの言葉に、イタチは不服そうな表情を浮かべた。
そして何かを言いかけた時、イタチを追っていた男たちが姿を現した。
「仲間に術をかけるなんて、ふざけたマネしやがって…!」
「その『仲間』に狼藉を働こうとしたのは、どこのどなたでショ」
「カカシ……」
カカシの姿に、男たちは一瞬、驚いたようだった。
が、すぐに下卑た笑いを浮かべる。
「丁度、良い。お前も一緒に可愛がってやるぜ」
「お断りだね。アンタたちはシュミじゃない」
それに、と言って、カカシはイタチの肩に腕を回し、抱き寄せた。
「この子は俺のモノだ。手出ししたらコロスよ?」
暢気な口調とは裏腹の殺気に、男たちの表情が変わった。
暫く躊躇うように仲間同士、顔を見合わせていたが、他里にまで広く名を知られた『写輪眼のカカシ』を敵に回すのは分が悪いと見たのか、悪態を吐きながら引き返して行った。



「…どういう積りですか?」
男達の去った後、カカシの手を振り払ってイタチが聞いた。
「余計なお節介だったかな?」
「……いえ。有難うございました」
意外と素直なイタチの態度に、カカシは軽く眉を上げた。
とは言え、イタチは感謝しているようにも見えなければ、カカシを信用してもいない様だ。
「部隊の中に自分の盾となるような情人でも作ってしまわない限り、ああいう連中はいつまでもしつこく絡んで来るよ。こっちが任務明けで弱っているような時を狙う卑劣なマネも辞さない連中だ」
「俺に、あなたの情人になれと?」

改めて、カカシはイタチを見た。
ほっそりした華奢な肢体。滑らかな肌。
まだ男にはなりきっていない少年に特有の中性的な雰囲気。
11歳とは思えない落ち着きと、陰のある美貌。
これでは、血の気の多い連中が暴挙に出ようとしたのも無理は無い。

「だーかーら、俺はガキに興味は無いの」
「だったら、何故ですか?」
イタチの問いに、カカシは答えられなかった。
自分でも、何故なのか判らない。
わずか11歳で暗部に入隊したイタチに、同じように若くして暗部入りした自分の姿を重ねたのか。
或いは「うちは」の名に、助けてやることの出来なかったオビトを思い出したのか。
それとも、数時間前に手にかけた暗殺のターゲットが年端のいかない子供だったことに罪の意識を感じ、同じ年頃のイタチを助けることでそれを帳消しにしようと無意識の内に思ったのか。

「さあね。多分、ただの気まぐれでショ。それじゃ不服?」
カカシの言葉に、イタチは何も言わなかった。
「それに俺はあの連中を牽制はするケド、お前を守る義務がある訳じゃない。いつも側にいられるワケでも無いしね」
「あなたに頼ろうとは思いません」
「…可愛くないね」
「お話がそれだけなら、失礼します」
言って軽く一礼すると、イタチは踵を返した。
「あれがお前の親戚だなんて、とても思えないよ、オビト」
イタチの姿が見えなくなると、ぼやくようにカカシは言った。
「名門ってヤツだから、本家の跡取りは別格なのかね…」
イチャパラの続きを読む気も失せて、カカシはそのまま宿舎に帰った。

それが、うちはイタチとはたけカカシの出会いだった。







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