(4)


「…猫耳」
「猫…手?肉球はピンク」
「見ろよ、尻尾まであるぞ」
敵忍たちの好奇の視線に晒され、俺は思いっきり固まった(汗)

イルカ先生が俺を元の姿に変化させてくれた後、俺はその状態を維持するために固着の術を自らかけた。
固着の術は必要とするチャクラ量は少ないが、常に意識を向けて微妙なバランスを取っていなければならない。
俺は戦闘で結界を張りトラップを破り写輪眼を発動させ、さらに雷切を放とうとチャクラを練った。そしてそれらに意識を集中した為に、固着の術の方がおろそかになってしまったのだ(滝汗)
霧隠れと雨隠れ、そして恐らくは砂隠れのトップクラスの忍たちにこんな間抜けな姿を見られてしまったら、最新号のビンゴブックで特集を組まれて笑いものにされるのは眼に見えている。
人に何と思われようが構わないが、こんな事でイルカ先生に嫌われでもしたら、もう、生きていけない。
俺は思わず空を振り仰いだ。
月がぼやけて見える。
星が綺麗だ。
明日の朝ごはん、何だろう………

「気をつけろ。何かの罠か、幻術かも知れん」
「或いはカカシの口寄せした忍猫か…?」
敵忍の言葉に、現実逃避をしていた俺の猫耳がぴくりと動いた。
そうだ。
ここにいるのは俺の口寄せした忍猫であって、俺自身では無い。
そう思い込ませておけば、ビンゴブックで特集、組まれたり別冊付録にされたり増刊号なんか出されなくて済む。
「…う゛……にゃぁ__」
俺が決死の覚悟で猫の鳴きまねをしようとしたその時。
「どうしたんだ、カカシィ!耳と尻尾が生えてるじゃないか!」
「……何、遊んでんだ、おめー……」
ガイとアスマの、嫌、鬼と悪魔の声がした。
ざわざわっと、二十数名の敵忍たちの間にざわめきが走る。
終わりだ。
俺の脳裏に、『写輪眼のカカシ、実は猫耳ふぇち』だとか、『コピー忍者の正体はケモナー』『忍犬は性癖を隠すためのカモフラージュか!?』などの見出し語が、角ゴシック36ポイントフォントで過ぎった。

ぷつりと、何かが俺の中で切れた。

「てめーら全員、皆殺しだ〜〜〜〜!!!」





その後の事は余りよく覚えていない。
気が付くと敵忍は全員、ひっかき傷を作って倒れ、チャクラを使い切ってふらふらの俺を、アスマとガイが両側から支えていた。
「手柄を独り占めとはずるいぞ、カカシ!ライヴァルに活躍の場を残してやろうという度量は無いのか!?」
「…まあ、何だ。ヤツラも肉球つきの猫手で殴られて気絶したとは知られたくないだろうから、言いふらす心配はあるめー」
アスマの言葉に、俺は力なく頷いた。
ガイはうざいので無視。
巻物は無い事が判ったので、俺たちは早々に撤収した。


アスマ達と別れて愛するイルカ先生の家に戻った俺は、ドアの前で途方に暮れた。
猫手では鍵はおろか、ドアノブを回すことも出来ない。
チャクラで肉球に吸着させれば何とか…と頑張ってみたが、任務明けでチャクラが残っていない。
時刻は真夜中をとっくに過ぎ、家の灯りは全て消えている。
朝の早いイルカ先生を起こすのは忍びなくて、俺はずるずるとその場に蹲った。
溜息を吐き、両手を見る。
このまま元に戻らなかったらどうしようとか、ますます猫化が進んで完璧な猫になってしまったらどうなるんだろうとか、暗い考えばかりがぐるぐると頭の中を過ぎる。
その時、静かにドアが開いた。
「………何やってんですか、あんた」
まさか鍵を失くした訳じゃないでしょうねと、イルカ先生が問う。
「……チャクラコントロールに失敗して元の姿に……」
ゴメンナサイ__俺が項垂れると、イルカ先生は軽く俺の頭を撫でてくれた。
「何で謝るんですか?今日は返り血で服を汚してもいないし、ちゃんと無事に帰ってきたんだから謝る事なんて何もないでしょう?」
イルカ先生は優しく言うと、俺を抱きかかえるようにして家に入れた。
俺はイルカ先生の背中に腕を回し、温もりを確かめるようにぎゅっと抱きしめた。
そして、こんな姿になってしまってゴメンナサイ。でも俺のこと嫌いにならないで…と心の中で繰り返した。
「風呂と夜食の用意がしてありますから、温まってらっしゃい。お腹も空いてるでしょう?」
俺の頭を撫でながら、イルカ先生は言った。
イルカ先生の優しい手と優しい声に、俺は肩の力が抜けるのを感じた。
こんな時、俺はこの人がどうしようもなく好きなのだと、改めて実感する。

イルカ先生は俺に冷たい態度を取る時もあるけど、それは甘やかして俺を駄目にしてしまわない為なのだ。もし、イルカ先生がいつも優しくしてくれてたら、俺はきっと忍なんか辞めて四六時中、イルカ先生の側から離れなくなってしまうだろう。
そしてイルカ先生は、俺が本当に落ち込んだ時にはこうして優しくしてくれる。
イルカ先生に優しくされると俺はすぐに幸せな気持ちになって、悩みも苛立ちもみんな忘れてしまえる。

本当に、イルカ先生がいてくれて良かった。
本当に、俺は幸せだ。


「俺は明日の朝、早いのでお先に失礼しますね」
そう言って寝室に入ったイルカ先生を見送ってから、俺は風呂に入った。
猫手のままなので身体は洗えないが、とりあえず湯船に浸かると気持ちまでほぐれるようだ。
さっきまでの暗い考えが綺麗に消え、前向きな気持ちになれる。
何とか身体を拭いて服を着た俺は、イルカ先生が用意してくれておいた夜食を頂こうとダイニングテーブルについた。
テーブルの上には缶詰がひとつ、ぽつんと置いてある。
そして、ラベルには猫の絵。
「……………イルカせんせ〜〜〜〜〜〜」
成猫用、と印刷された缶詰を前に、俺はがっくりとテーブルの上に突っ伏した。



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