(5)


翌朝。
俺はベッドから這い出て3つめの目覚まし時計を止めた。
一つ目は枕元。二つ目はベッドの足元のあたり。三つ目は部屋の隅に置いてある。
寝起きの悪い俺のためにイルカ先生が用意してこの配置にしてくれたのだ。
それでも、時々は無意識のうちにベッドに戻って二度寝してしまい、イルカ先生に起こしてもらう羽目になる。
「…寒」
寝室の窓が開け放ってあるので、温かい布団から出たばかりの俺はちょっと身震いした。
これも俺の目が覚めやすくする為のイルカ先生の心遣いで、お陰で俺の目は覚めた。
目の覚めた俺は窓を閉めようと手を伸ばした。
「………?」
何となく、違和感。
俺はしげしげと自分の手を見つめた。
別に何処も変わったところは無い筈なのに、何故か違和感を感じる。
その理由は………

「………戻った〜〜〜!」
俺は居間に駆け込んで、台所で朝食の支度をしているイルカ先生に抱きついた。
「うわっ…!いきなり何すんですか、あんた!?」
「見てください、イルカ先生。俺、元の姿に戻れました♪」
イルカ先生は振り向いて、俺の両手を見、耳を撫でた。
「…もう、戻っちゃったんですか」
そう言ったイルカ先生が何だか残念そうな顔をしている気がするけど、きっと気のせいだ。
これでもう、野良犬どもに吼えかけられたり、ナルトから猫臭いと言われたり、何よりイルカ先生の恋人でいられなくなる心配をしなくて済む。
そう思うと俺は天にも昇る心地がした。
こんなに嬉しいと思ったのは、イルカ先生が俺と付き合っても良いと言ってくれた時以来だ。
「猫耳の時のほうが可愛かったのに」
ぼそりと、イルカ先生が呟いた。
その言葉に、俺は清清しい上空から泥まみれの地面に突き落とされた気分になった。
「……今の俺は可愛くないんですか……?」
イルカ先生は元々、男より女の子の方が好きだ。だからいつ、男の恋人に嫌気がさしてもおかしくない。
俺は心臓を締め付けられたように苦しくなって、目頭が熱くなった。
「…馬鹿ですね、あんた」
イルカ先生はちょっと困ったように笑って言うと、俺の頭を優しく撫でた。
「おかしな心配はしなくて良いから、顔を洗ってらっしゃい」
俺の心を見透かしたように、イルカ先生は言った。
いつもそうだ。
イルカ先生は、いつも俺の気持ちをちゃんと判ってくれている。
本当に、何て素晴らしい恋人なんだろう。
俺は気を取り直して洗面所に向かった。

洗顔と着替えを済ませて戻って来ると、テーブルの上に朝食の支度が出来ていた。
今朝はアジの開きの焼いたのとワカメと麩の味噌汁、それに茄子とキュウリの浅漬けだ。
イルカ先生の作る料理は簡素で男らしい。味噌汁もダシを取らずに味噌だけの味付けだけど、イルカ先生らしい味がして俺は好きだ。
それに好物の茄子もあるので、俺は嬉しくなった。
が。
テーブルの上が何だか寂しい。
それもその筈、おかずが並んでいるのはイルカ先生の席の方だけで、俺のところにはご飯しかない。
「……イルカ先生、あの……俺のおかずは……?」
「はい」
手渡されたのは鰹節のミニパックと醤油の小瓶。
「こんなに早く元に戻ると思っていなかったんで、あんたの朝食は猫マンマにしたんですよ」
にっこりと笑ってイルカ先生は言った。
「こっちがお昼のお弁当」
イルカ先生の指差した先には、いつもより妙に小さいお弁当の包みがある。
中身が昨夜の猫缶であるのは、開けて見るまでも無く判った。
「……………イルカせんせ〜〜〜〜〜〜」
俺は半泣きになって最愛の恋人の名を呼んだ。
「早く食べないとまた、遅刻しますよ?それに、猫マンマはあったかい内が美味しいんです」
再びにっこりと笑ってイルカ先生は言った。
この笑顔には勝てない。
俺は渋々席につくと、ご飯の上に鰹節を散らした。

食器を洗いながら、猫缶はどこかの野良猫にでもやって、お昼はアカデミーの購買部でパンでも買おうと、俺は思った。
その分、夜は奮発して美味しいものを作れば良い。
そう思ったら何だか気分が高揚してきた。
一人で食べるのだったら面白くも何ともないけど、イルカ先生が「美味しい」と誉めてくれると思えば献立を考えるだけでも楽しい。
「カカシさん、もう出ますよ?」
「はい。今、行きます」
俺は急いで手を拭くと、ベストを着て額宛を手に持ったまま玄関に行った。
イルカ先生は俺の顔を見ると、軽く笑った。
「ったく、あんたって人は子供みたいですね」
言って、イルカ先生は俺の口元についたご飯粒を取ると、それをそのまま自分の口に入れた。
どくりと、心臓が高鳴るのを俺は感じた。
それに顔も熱い。
そんな俺を見るとイルカ先生はもう一度、優しく笑い、口布を引き上げて俺の顔を隠した。



今日も俺は慰霊碑に立ち寄った。
イルカ先生からは「今日こそ遅刻しないようにしなさい」と言われたけど、今朝の幸せな出来事を報告しない訳には行かない。
俺は慰霊碑の前に立つと、ご飯粒を取ってくれた時のイルカ先生が優しかった事や猫マンマが結構美味しかった事を嬉々として報告した。そして、昨日の出来事で落ち込んでいた俺を慰めてくれた時のイルカ先生がどんなに優しくて、どんなに俺が幸せか、熱意を込めて詳細に報告した。
それから晩の献立の相談もしていたので、7班の集合時間には2時間ほど遅れてしまった。
ナルトやサクラはぶーぶー文句を言い、サスケは生意気に白い眼で俺を見たけど、俺は気にしなかった。
何と言っても俺は、木の葉いちの__いや、世界一の__幸せ者なのだから。





Fin.



後書のようなモノ
暗部祭り掲示板からサルベージして来た猫耳カカシ話。
猫耳・猫手・猫尻尾のカカシの可愛い姿をご覧になりたいお嬢さんはTOPから暗部祭り掲示板へGO!

チェリー・カカシって言うより、単にお馬鹿なだけって気もしますが。そしてイルカ先生はもっと鬼でも良かったかな(酷)って気もしてますが。
幸せになる唯一絶対の秘訣は、自分が幸せだと思うこと。
思い込みだろうがなんだろうが、自分で幸せだと思えればそれが幸せなんです…というこじつけめいた教訓(?)を含むお話でした。

BISMARC



back