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ある朝、目覚めると、猫になっていた。
(1)
嫌、正確には耳と両手が猫形状になり、尻尾が生えた状態で、その他は人間の姿のままだ。
「……朝から何、遊んでるんですか、カカシさん」
最愛の恋人の視線が痛い。
「遊んでなんかいません!眼が覚めたらこうなってたんです」
イルカ先生、昨夜俺に何かしましたか?__とりあえず人語を喋れることに安堵し、俺は訊いた。
「俺がそんなバカな真似をする筈が無いでしょう」
ますます醒めた口調でイルカ先生は言う。
「とっとと元に戻って朝飯、済ませてください。また遅刻しますよ?」
俺がふざけていると思っているイルカ先生は、冷たく言った。
俺はつらつらと異変の原因を考えた。
7班を受け持つ傍らでこなした上忍としての任務の際、術でもかけられたか何らかの毒物を使われたか……
特に思い当たるフシは無かったが、術をかけられたのなら解けば良い。
そう思って俺は印を結び、「解!」と唱え………………られない(汗)
両手(嫌、この形状では両前足と呼ぶべきか?)が猫状態になっているので、印が結べないのだ(滝汗)
「イルカ先生〜〜何とかしてクダサイ〜〜」
俺は半泣きになって台所のイルカ先生を呼んだ。
「なんで俺がやんなきゃなんないんですか!?」
「だって、この手じゃ印が結べません〜〜」
イルカ先生は暫くじっと俺の両手を見下ろしていたが、突然、笑い出した。
「確かにそれじゃ、元には戻れませんね。自業自得ですよ」
イルカ先生はまだ俺がふざけて自分でこんなマネをしたと思い込んでいるのだ。
冷たい。
恋人の一大事だと云うのに、その反応は余りに冷たい。
俺は本当に泣きたくなったが、イルカ先生が笑っているのは機嫌の良い証拠だ。
「自分でやったんじゃありません!本当に、眼が覚めたらこうなってたんです!」
俺は気を取り直して心から訴えた。イルカ先生は笑うのを止め、じっと俺を見る。
「……それ、マジで言ってますか?」
「はい!思いっ切りマジです!!」
だって俺、今夜、暗部の任務入ってるんですよ?__俺は思わず、普段なら口にしない事まで言ってしまった。
イルカ先生の表情が曇る。
「それは…………困りましたねえ………」
困惑したようなイルカ先生の顔を見て、俺はつい、口を滑らせた事を後悔した。
俺が暗部を抜けてから3年になるが、今でも写輪眼が必要になると時々、呼び出される。そしてその任務は大抵Sランク級の危険なものだ。
イルカ先生は「洗濯が大変だから余り血を浴びてこないで下さい」とか「暗部任務で死んでも保険は降りないから生きて帰って来なさい」と言って、遠まわしに俺の身を心配してくれる。
愛されているのが判って嬉しいが、イルカ先生を心配させるのは心苦しい。
「心配しなくても大丈夫です!今夜の任務は急病で行けなくなった奴の代理が見つからなかったから俺が呼び出されたってだけで、別に危険な任務じゃありませんから」
敢えて明るく笑って俺は言った。
今夜のはAランク任務だから、いつもほど危険じゃ無いのは事実だ。
「…尻尾を出す穴を作らないといけませんね」
「…………は?」
「暗部の衣装って普通の忍服よりずっと身体にフィットするように出来てるでしょう?穴を開けないと、ズボンがはけないんじゃないですか?」
………………。
俺は猫耳・尻尾に暗部服を着た自分の姿を想像して、思わず固まった。
そんな姿を敵忍に見られたら、ビンゴブックに何を書かれるか判ったもんじゃない。
じゃなくて。
それ以前にこの手(前足?)じゃ印を組めないし、刀もクナイも持てない。
「……イルカ先生…」
「押入れのどこかに裁縫道具があったと思うんですけど、俺、裁縫ってあんまり得意じゃないんですよね」
サクラにでも頼んでみますか?__そう言ったイルカ先生の表情は真剣で、冗談を言っているようには見えない。
だがこんな姿を7班の連中に晒すだなんて、それこそ冗談じゃ無い。
「イルカ先生、俺はこんな姿で外に出るのはイヤです!イルカ先生は恋人が笑いものになっても良いんですか?」
「良いじゃないですか。普段より可愛いですよ?」
言って、イルカ先生は俺の喉を指先で撫でた。
まるっきり猫扱いだ。
「イルカ先生〜〜〜」
俺はふたたび半泣きになってイルカ先生の名を呼んだ。
イルカ先生は優しい。
生徒に対しては厳しくもあるがそれは生徒たちの事を思っての結果であって、厳しさの裏には優しさがある。
アカデミーや受付所の同僚に対しても優しいし、他の忍にも生徒の父兄や一般人にも優しい。
そのせいでイルカ先生はとてももてる。
卒業式の日に生徒に告白されるのは毎年の事だし、生徒の母親や姉に言い寄られるのも日常茶飯事だ。同僚のくのいちやら商店街の店員のお姉さん、男からのアプローチも珍しくない。
それで過去に何度か女性と(男とは俺が初めてv)お付き合いもしたが、長続きした事はなかったそうだ。
――――思っていたイメージと違うって言われてふられるんですよね、いつも
俺がイルカ先生にお付き合いして下さいとお願いした時、寂しげに笑ってイルカ先生は言った。
――――『優しい』のも『面倒見が良い』のも俺の表面(おもてづら)に過ぎない。本当の俺は、優しくも何ともないんです
それが判ったら、俺と付き合いたいなんて思わないでしょう?__イルカ先生の問いに、俺は思いっきり首を横に振った。
そして言った。
どんなに冷たくてもワガママでも意地悪でも、サドでも鬼でも悪魔でも、俺はイルカ先生が大好きです!と。
そうして俺は、木の葉一の高嶺の花の恋人の座をゲットしたのだった。
それを思えば、俺は本当に幸せだ__時々、イルカ先生の愛が痛く感じられる事もあるけど。
「もう、こんな時間だ」
時計を見て、イルカ先生は言った。そして、いつまでも遊んでる場合じゃないと呟きながら印を組むと、俺を元の姿に変化させた。
「……イルカ先生……」
「さっさと食べて出かけないと」
「やっぱり俺で遊んでたんですか……?」
「後片付けはお願いしますね。それから、遅刻したら駄目ですよ?」
忙しそうに朝食を卓袱台に並べるイルカ先生を手伝いながら、俺は力なく「ハイ」と答えた。
それが、悪夢のような一日の始まりだった。
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