(1)




イルカに声をかけようとしていたカカシは、その光景に絶句した。
イルカの傍らに若い女が跪いている。
燃えるような赤毛。
透けるように白い肌。
ひと目で『人』ではないと判るほどの完璧な美貌。
女はイルカが差し出した手に軽く口づけると、そのまま小鳥に変化して飛び去って行った。

「…イルカ先生?」
カカシが名を呼ぶと、イルカはこちらを見た。
暗部に来てから、いつもは首の後ろで緩く髪を括っているが、今日は降ろしたままだ。
「何ですか、さっきの女。イルカ先生の式?」
「眷属ですよ」
嫉妬を含んだカカシの問いに、イルカは短く答えた。
「眷属?じゃあ、あの女も…」
「『妖狐』と、人間が呼んでいる存在です」
カカシはイルカに歩み寄り、手を取った。
そして、赤毛の女がしていたように指に口づける。
「眷属って部下みたいなモノでしょ?それにしては馴れ馴れしくないですか?」
「ナルトに伝言を届けさせただけですよ」
幽かに苦笑して、イルカは言った。

元々、カカシは嫉妬深かった。
イルカが親しげに話していれば、相手が誰であろうと嫉妬した。
けれどもそれを露にすることは稀で、時には嫉妬を嫉妬として自覚していない時もあった。
そんなカカシの嫉妬深さを、イルカは気に入っていた__カカシの独占欲を利用すれば、容易くカカシを支配できるから。

「相変わらず過保護ですね、イルカせんせ。そんなにナルトが可愛いんですか?」
「ナルトは俺にとって、特別な存在ですから」
「…そんなこと言われたら俺、ナルトを殺したくなります」
思いつめた表情で言ったカカシに、イルカは軽く笑った。
「笑わないで下さい。俺は真剣なんです」
「判っていますよ。でも…あなたは誤解しています」
「誤解って__」
途中で、カカシは言葉を切った。
「……九尾ですか?」
カカシの言葉に、イルカは頷いた。
今のカカシは殆ど狂っている。が、全ての判断力を失った訳では無い。
そしてそれはイルカにとって重要な事だ。カカシが忍としての冷静な判断力まで失ってしまったら使い物にならなくなるから。

「…イルカ先生も九尾の__」
「仲間なんかじゃありませんよ」
幾分か強い口調で、イルカは相手の言葉を遮った。
その表情の意外な険しさに、カカシは僅かに身じろぐ。
「それどころか九尾は、俺の一族を滅ぼしたんです」
「イルカ先生の…一族を…?」
鸚鵡返しに、カカシは言った。
イルカの殺気を感じ取り、無意識のうちに不安を感じる。そのカカシの姿に、イルカは表情を和らげた。
木の切り株に腰を降ろし、隣にカカシを座らせる。
「…九尾の一族と俺の一族は昔から敵対していました。何百年も前から」
そう、イルカは話し始めた。

双方の眷属の間で小競り合いは何度かあったものの、大きな争いには至らなかった。
双方の長老たちが、争いを禁じていたからだ。
だが、九尾の出現によってかろうじて保たれていた均衡が崩れた。
九尾は長老の制止を無視して戦いを仕掛け、相手勢力の殆どを滅ぼしてしまった。

「生き残りの俺たちは散り散りになり、人間の姿を借りることで、九尾の追及を逃れようとしました。それでも九尾はしつこく追って来て…」
「じゃあ…12年前の事件は…」
「奴の狙いは俺だったんですよ。俺は、一族の長の血を引いていますから」
静かに言って、イルカは改めてカカシを見た。
「俺を、恨みますか?木の葉の里があんな事になったのも、あなたの先生が亡くなったのも、俺のせいだったんです」
カカシは首を横に振った。
「イルカ先生のせいなんかじゃ、ありません。悪いのは九尾でしょう?」
「そして奴の息の根を完全に止めてしまわない限り、俺の一族の復興も望めません」
「だったら…ナルトを殺してしまった方が良いんじゃないですか?イルカ先生が望むなら、俺が九尾ごとナルトを始末して来ますよ?」
カカシの言葉に、イルカは満足げな笑みを浮かべた。
カカシは、かつての部下を手にかける事を毫も躊躇わない。
イルカが望みさえすれば、どんな事でもやってのけるだろう。

それでこそ、時間をかけた甲斐があったと言うものだ。

「まだ、時期尚早です」
「時期尚早?」
ええ、と、イルカは頷いた。
「今のナルトはまだ九尾の力を制御しきれていません。その状態でナルトが生命の危険に晒されれば、九尾の力が解放されてしまう可能性も否めないのです。ナルト達を中忍試験に出すのを反対したのも、それが理由です」
「…そうだったんですか__それで…ナルトが九尾の力を制御できるようになるまで待って」
「それから、ナルトごと九尾を始末します」
表情も変えずに、イルカは言った。
「…協力してくれますか?」
「勿論です!イルカ先生の為なら、どんなことでも喜んでやりますよ?」
仔犬のように嬉々として言ったカカシの髪に、イルカは軽く指を絡めた。
「だったら、俺がナルトの様子を調べさせるのを邪魔しないで下さいね?」
「邪魔なんかしません」
「ナルトを励ます伝言を送っても、嫉妬したりしないで下さい」
「…判ってます。ナルトが九尾の力を完全に制御できるようになる事がイルカ先生の目的なんですよね?大蛇丸とか、他の奴に九尾の力が渡ったら厄介な事になりますからね」
カカシの言葉に、イルカは幽かに眼を細めた。
「そう…。事は慎重に運ばなければならない。と同時に、のんびり構えている余裕も無い…」
「大丈夫ですよ」
笑って、カカシはイルカの背に腕を回した。
「何があっても、イルカ先生は俺が護りますから。相手が九尾だろうが何だろうが」
「…あなたに九尾が倒せますか?」
「愛する人の為なら強くなれる__それを教えてくれたのはイルカ先生でしょ?」
「カカシさん…」
名を呼んで、イルカは相手を抱きしめた。
満足感と同時に、奇妙な落ち着かなさを覚えながら。






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