著・前田みや 雑記帳
逆位置 〜妖怪爺、再び
オラクルがロボットのボディになって奇跡の帰還を遂げてからずっと、電脳空間のアッパーネット<クオンタム>は封鎖されていた。一応、名目上は<クオンタム>の守護者のクオータの勝手な行動へのペナルティのため。クオータの戻るべきボディは有志によって隠され、一般プログラムの<クオンタム>への出入りはできないようにされた。
本音は――
騙されやすい(実際妖怪爺に騙されている)オラクルが、クエーサー及びクオータの本質を知り、騙される危険性がなくなるまで、性質の悪い<クオンタム>2人組は隔離しちゃえ、ってことだったり。
だがしかし、この封鎖隔離作戦も限界を迎えようとしていた。
「くえーさーが………」
苦悶の表情で倒れ付す研究員の姿にカシオペア博士は眉をひそめた。これで被害者は二桁になろうとしている。
「お義母様っ! とうとうやってくれましたわ、あの妖怪爺!!」
研究室の入り口からは焦ったみのるの声が聞こえる。
「ここまで、ですね」
まだオラクルの意識改革はできていないというのに。カシオペア博士は覚悟を決めて瞼を閉じた。
オラクルが無事に生きて戻った(?)と聞いたのに、いつまでたってもオラクルに会えない。ふてくされたクエーサーは攻撃に転じた。
まずは『ラブリーチャーミー作戦』だった。何も知らず、アクセス&資料請求した不幸な研究員たちは、いつもとうって変わって愛想を振り撒く(それ以上のことをしたと、とある研究員は語っている)クエーサーの姿に拒絶反応を起こしてばたばたと倒れていった。
それでも可愛い孫のためにカシオペア博士は屈しなかった。すると次にクエーサーは『アクセス拒否作戦』に出たのだ。緊急至急要必要の資料を請求しても『アクセスできません』。一件二件ならまだしも、その時アクセスしようとしていた世界中のユーザーのアクセスを拒絶すれば、さすがに問題がある。
「お義母様、いっそオラクルが戻ってきたことを公表したら……?」
みのるは恐る恐る提案した。<クオンタム>のユーザーは世界的な研究者・学者が多く、『生前』のオラクルとも親交を深めていたものも多い。オラクルとクエーサー、そして妖怪爺のラブリーエンジェルへの傾倒ぶりを知っていた学者達なら、オラクルの(無事の)ためなら多少の不便は我慢してくれるだろう、多分。
「だって、みのる、いつまでかかるかわからないのよ?」
とっても素直なオラクルは反面、刷り込まれやすかった。一度、『クエーサーは<クオンタム>に閉じ込められている繊細なプログラム』と刷り込まれたオラクルにはクエーサーの危険性をどれだけ説いてもわかってくれそうにない。逆に、
『おばあさま、おばあさまはドクターのこと、誤解してる……。確かにドクターはときたま、偏屈な所を見せてしまうときもあるかもしれないけど、本当はとっても繊細なプログラムなんだよ?』
なんて、人を洗脳させようとしてくる。可愛いオラクルのいうことだから、ついついつい、それを信じてしまいそうになる自分が怖い今日この頃。
「それにね………」
恐怖の妖怪爺以外にもオラクルには脅威が存在する。
「オラクルがどこに出ても大丈夫なロボットボディになったと知ったら、今までオラクルが病室以外に居ることができなくて涙を呑んでいた世界中のオラクル愛好家たちがどういう手を使ってくるかわからないのよ!? オラクル無事の知らせはできるだけ人に知られないようにした方がいいわ」
尤もだった。オラクルが『生前』から邪まさんな望みを抱いた過激ファンに身柄を狙われていることを思い出し、みのるは不承不承うなずいた。だが、できるだけ人に知られないようにといっても、クエーサーが<クオンタム>ストライキを起こした時点でバレバレのような気がする。クエーサーがオラクルのことと嫌がらせ以外には表情一つ動かさないのは有名な話なのだ。
だが、確かに危険は少しでも減らしておいた方がいいだろう。みのるは正信がこの間作ったアトランダム内の要注意人物ブラックリストを思い出してため息をついた。
「久しぶり、ドクター♪」
ロボットになって初めて<クオンタム>にやってきたオラクルをクエーサーは満面の笑顔で迎えた。ちゃっかりしっかり当然の如くボディガードについてきたオラトリオは吐き気を堪えるのに必死になった。
「オラクル、もういいのか」
甘ったるい声で、スタイリッシュな好青年(見かけだけ)が囁く。オラクルがロボットになったからには、今まで無理だったあんなこともこんなこともできる! 心引き締めてゲットを狙わなくては…………
「?」
可愛いオラクルを『感激のあまり抱きしめて』すりすり身体中撫でまわしていたセクハラプログラムは手に当たったごつい感触に首をひねる。オラクルの今の格好は『電脳空間仕様着ぐるみその1・めかたれ○んだ』だ。着ぐるみといってもパジャマ状の薄いものなのでごつごつしたものは一切使用していないはず。
「あ、ぶつかっちゃった? 痛い? 大丈夫だった?」
オラクルは申し訳なさそうーにクエーサーを見上げた。
「いや、痛くはないが、これはいったい?」
貞操帯だった。
「変態さんに変なとこ触らせないようにするためなんだってー」
にこにこ微笑うオラクルは目の前にいる一見好青年がその変態さんの仲間だとは気づいていない。幸い、電脳空間の生きた図書館も下世話な知識には造詣が深くなかった。
「そうか、よくわからないが、なら私のスウィートエンジェルも安全なのだな。よいことだ」
………のちにこの妖怪爺が、鍵(電脳空間だからパスワード)はどこだーと正信氏に迫ってブラックリストに載るのはまた別の話。
和気藹々と――片隅からオラトリオ&クオータが恨めしげに睨んでいたのは除く――語らいを終えて、オラクルは手を振って帰っていった。名残惜しいが、これからはいつでも会えるのだ、クエーサーは明るい未来に珍しく、オラクルがいなくても頬を緩ませていた。
「………ドクター、その気持ち悪い笑みを消してください」
クオータが吐き気を堪えながら訴える。嫌がらせにもっと微笑もうとしたクエーサーはクオータがどこからともなく取り出した資料に顔を強張らせた……………。
「こ、これは………っ!?」
クオータはため息をついた。
「ドクターがあの衝撃の事実の前にのほほんとなさっているから、ちょっと資料を取り寄せてみました」
2人の前にはあだると・ぐっずのカタログがある。
「さすが私の守護者だな。これを使って、オラクルとあーーんなことや、こーんなことをすればいいということか!」
クエーサーがクオータを誉めたのはクオータが出来上がって10年近くも経つのに初めてだった。いいのか、初めて誉められる内容がこれで!? ではなくて。
「ドクター! それは私がオラクルに使おうと、じゃないです。これを見てください!!」
クオータはぱらぱらぱらとページをめくる。
「貞操帯………をい! どういうことだ?」
さすがに<クオンタム>にはあだると・ぐっずのカタログなど今まではなかった。クエーサーが持っている知識も<クオンタム>に一応登録されていた歴史上事実(?)だけで。
「女性が嫌な結婚相手との性交渉を逃れるためとか、十字軍の時代、妻や恋人を残して戦場へ発った兵士の御用達のものではなかったのか!?」(※私もそう思ってました、ええ、まさかあだると・ぐっずだなんて(>_<)わざわざ調べるんじゃありませんでした……)
「甘いです」
淡々とクオータが言う。
「それもかなりな仕業ですけどね」
自分がいない間、妻や恋人に貞節を押し付けるなんてね。呆れたため息をクオータはつく。ちなみに、その時代、合鍵屋がとても繁盛したそうだ。理由は言うまでもない。
「まあいいですよ、それはこの際。それよりもあんなものを誰がどうしてオラクルにつけさせたかです!!」
もしいかがわしい目的でオラクルにあんなものをつけさせてたのなら………。文字通り貞操を護るためだけだった昔と違って、今の品はかなりとんでもない形態のものもある。クオータは青ざめた。
「……………クオータ」
「なんでしょう?」
<クオンタム>管理プログラムと守護者は顔を合わせてにこやかに笑いあった。どちらからともなく、がっしりと手を組み合う。とりあえず目的はただ一つ、オラクルの安全だけだった。
「ああ、あれ? 最初はオラトリオ君が作ったんだけど、後で正信さんにミラで作り直してもらったの♪」
陰湿な脅しを実行するまでもなく、みのるさんは楽しそうに口を割った。
「だ・か・ら、オラクル君の身は安全よ。ドクターもクオータ君も安心してね」
安心ついでに電脳空間で大人しくしててね。念押しまでされてしまう。クエーサーとクオータは再び顔を見合わせた。
我に返ったのはクオータの方が先だった。
「それで、取り外し方法は!?」
はずして何をするかはお楽しみ。クエーサーがディスプレイの中でクオータを押しのける。
「クオータ、守護者の分際で何を言っている!」
そんな二人の様子にみのるさんはふふふーと笑う。
「そんなこと、教えられるわけないじゃない」
じゃあねー♪ ぷっつりと切られた回線を前に、管理プログラムと守護者は三度顔を見合わせていた。
「この際もう一度協力……?」
さすがにクエーサーにはみのるさんを騙くらかして、取り外し方法を聞く自信はない。まだクオータの方が信頼されているはず! だが、
「冗談じゃありませんよ。私が取り外し方法をゲットして、愛しいオラクルとらぶらぶに………」
「……………だーれが電脳空間から出してやるか」
クエーサーが企まなくても、クオータのボディは隠されたまま。
「「ふふふふふふふふふふふ」」
<クオンタム>の血で血を洗う争いは今まさに始まろうとしていた。
その後どうなったのか…………とりあえず、オラクルの身は無事なようである。
おまけ
Fin.
|
|