(3)


「それで、お前は何て言ったんだ?」
「『少し、考えさせて下さい』__だって、すぐに答えられる筈なんか無いじゃないですか」
「そうでもあるめぇ」
言って、アスマは煙草に火を点けた。
カカシがイルカに告白した3日後の事だった。
イルカは絶対に誰にも口外しないと約束させた上で、カカシから想いを打ち明けられた事を、アスマに相談したのだった。
「嫌なら断りゃ良いんだ。相手が上忍だからって、遠慮するようなお前じゃあるまい」
「…俺ってそんなに無礼な奴ですか?」
「そうじゃ無えって。どうせ断る積もりだったら下手に気を持たせるだけ相手が可愛そうだ__お前ならそう言って、きっぱり断るだろう?断らないって事は脈ありか」
イルカは暫く考えてから、口を開いた。
「カカシさんと一緒にいるとすごく楽しいんですよ。話も合うし。合わせてくれているだけかも知れませんが」
「だったら、迷っているのは奴が男だからか?女だったら首を縦に振ったのか?」
「そうですね…。美人だし、優しくて子供たちの事も良く見てくれてるし、エリートぶらずに気さくで良い人で……」

イルカは宙に視線を泳がせた。
それから、アスマを見る。

「でも、だからと言って好きになるとは限りません。友人としてならすごく好きですし、忍としても尊敬し憧れています。ですが、それと恋愛感情とは別物です」
「だったらどうしてきっぱり断っちまわない?」
「多分…惜しいんだと思います」
「惜しい?」
鸚鵡返しに、アスマは訊いた。
「カカシさんと一緒にいると楽しいし、寛げるんですよ。でもあの人の想いを拒んでしまったら、今までのようには付き合えなくなってしまうかも知れません。俺は、それが惜しいんだと思います」
でも、と、イルカは続けた。
「アスマさんの仰るとおり、下手に気を持たせるのはカカシさんに対して失礼だし、酷です。ですから、明日にでもカカシさんに会ってはっきりお断りします」
「…ま、何にしろ、悔いのないようにするんだな」
切り札があると言っていたカカシの言葉を思い出しながら、アスマは言った。



その翌日、アスマは任務で里外に出た。
2週間の予定だったが様々な要因が重なって帰還が遅れ、ようやく里に戻れたのは一ヵ月後の事だった。
「思ってたより元気そうじゃない。心配して損したわ」
報告を終えて帰宅したアスマの元を訪れた紅は、腕を組んでそう言った。
「そりゃ、済まなかったな。ついでにガキどものお守りも押し付けちまって悪かった。まさかこんなに長引くとは思って無くてな」
「それはお互い様だから別に良いんだけど…」
軽く溜息を吐いた紅に、どうした?とアスマは訊いた。
「カカシがね、みっともないくらいにイルカ先生にべたべたしちゃって、あれじゃ7班の子達が可哀想だわ」
別に妬いてる訳じゃないんだけれどと、紅は付け足した。
アスマと紅は恋人同士なのだと周囲は思っているが、実際はそこまで深い仲にはなっていなかった。
「べたべたしてるって、どういう事だ」
イルカははっきり断ると言っていた筈だと内心、思いながら、アスマは聞いた。
「あなたは一ヶ月前から任務だったんだから知らなくて当然だけど、でもカカシがイルカ先生に付き纏ってるって噂くらいは聞いたことあるでしょう?真面目なイルカ先生がカカシみたいな遊び人を相手にする筈ないってもっぱらの評判だったのに、どういう訳かくっついちゃったのよね、あの二人」
「…そりゃ、意外だな」

無関心を装って、アスマは煙草に火を点けた。
それから、紅の手土産の酒を二人のグラスに注ぐ。

「カカシって普段は何ていうか、いかにもやる気なさそうなぬぼーっとした感じじゃない?だから他のくのいちが騒いでるのとか、里一番のナンパ師だとか聞いてもピンと来なかったんだけど…男でも女でも、狙った獲物は必ず仕留めるって噂は嘘じゃなかったみたいね」
「…そうみてぇだな」
「アスマ、あの…ご免なさい。帰ってきたばかりで疲れてるでしょうに、つまらない話しちゃって」
いかにも面倒くさそうに相槌を打ったアスマに、紅は詫びた。
アスマは軽く笑って、紅の白い手に自分の手を載せた。
「こっちこそ、折角心配して来てくれたのに悪ぃな。どうやら久しぶりの酒が効き過ぎたようだ」
「…じゃあ…私、帰った方が良いわね」
残念そうな表情を隠しもせず、紅は言った。

「面倒くせぇ事になってやがる…」
紅の去った後、アスマは呟いた。




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