(2)


「ガキをダシに使うだなんて、えげつない真似してやがる」
上忍待機所の自販機でコーヒーを買おうとしていたカカシに、先に来てソファで紫煙を燻らせていたアスマが言った。
カカシが7班の子供たちとイルカを自宅に食事に呼んだ2日後の事だった。
「あのヒトは子供が好きなんだヨ?だったら子煩悩っぽいトコロを見せて点数稼ぐのは基本でショ?」
「…悪びれねぇ奴だ」
呆れたように言って、アスマは煙を吐いた。
「欲しいモノを手に入れる為に一生懸命になる事のどこが悪いのさ」
「手に入れて、それでどうする積もりだ?『ゲーム』のゴールはどこだ?」

まっすぐにカカシを見据え、アスマは言った。
カカシはアスマを見、すぐに視線を逸らせた。
脚を組み、アスマを半ば無視するようにして膝の上にイチャパラを広げる。

「先の見えたゲームなんて面白くない。だから、ゴールが何かなんて決めなーいよ」
「勝者のいないゲームなんてやって面白いのか?」
カカシは目を上げ、アスマを見た。
「やけにからむじゃない。もしかしてアスマもイルカ先生のコト、狙ってんの?」
「…そうだ、と言ったら、お前は手を引くのか?」
「まさか」
鼻で笑って、カカシは続けた。
「ライバルがいた方がゲームは面白いし、イルカ先生の身体が持つなら俺は共有でも構わない__そんな厭そうな顔しないでヨ。アスマに勝ち目は無いんだから、どっちみち共有なんてコトにはならないから」
「大層な自信だが、イルカは今までお前が遊んでた様な連中とは違うぞ?」
「そんな事は判ってるヨ。相手がイルカ先生だからこそ、俺には切り札がある」
アスマは眉を顰めた。
「…一体、何を企んでいる?」
答える代わりに、カカシは嗤った。





「カカシ先生って本当に料理がお上手ですね」
感心したように言うイルカに、カカシは微笑った。

その日、カカシは自室にイルカを招き、手料理を振舞っていた。7班が初めてカカシの家に招かれてからひと月ちかくが経っていた。
7班の子供たちとイルカをカカシが自宅に呼んだのをきっかけに、二人はたびたび一緒に飲みに行ったり、どちらかの家で食事をするようになっていた。

「写輪眼は料理のコピーも出来るんですよ。実は俺がコピーしたとされる千の技のうち、三百くらいは料理のレパートリーなんです」
「まさか」
「本当です。これは厨房術と言って、食料調達が困難な前線や長期任務の折に、如何に各員の士気を保ち、栄養管理をするかを主眼とした重要な技術です。1年間、毎日違う献立というのが目標なので、あと少し足りないんですが」
「…そうなんですか…?」
真顔で言ったカカシに、イルカは怪訝気に相槌を打った。
「失礼な言い方かも知れませんが、アナタは内勤だからご存知なかったのでしょう。現実問題として、兵糧丸だけでは3日が限界ですから、前線では厨房術は医療術と同等の重要性を持つんです」
「…済みません。勉強不足でし__」
いきなり笑い出したカカシに、イルカの頬が赤く染まった。
「イルカ先生って、ホントに真面目で面白い人ですねえ」
「…何ですか、それ。真面目で面白くない奴だと言われたことはありますけど」
「済みません、笑ったりして。でも怒らないで下さい、誉めてるんですから」
本当に、と、カカシは続けた。
「アナタのそういうまっすぐで純粋なトコロ、俺は好きですよ」
「融通が利かなくて単純だとも言えるわけですね」
「良いじゃないですかそれでも。それがアナタのアナタらしいところなんですし、誰がどう思おうと、俺はそのアナタらしさが好きです」

幾分、拗ねた様に言ったイルカをまっすぐに見つめ、カカシは言った。
イルカは何か言いたげに口を開いたが、何も言わず料理をつまんだ。

「三百のレパートリーは嘘ですケド、イルカ先生の為だったらいつでも飯、作りに来ますから」
「…それは有難いんですが、でも…」
「でも、何ですか?」
イルカは僅かに躊躇い、それから、口を開いた。
「どうして俺なんかにこんなに良くして下さるんですか?」
「アナタが好きだから、じゃいけませんか?」
「そう言って頂けるのは光栄ですが…友人としての好意の域を超えているような気がするのですが」
カカシはすぐには答えず、イルカをまっすぐに見つめた。
「アナタは真面目で実直だという評判ですけど、実はずるい人なんですね」
「俺が…ですか?」
「そうやって、気づいているのに気づかないフリをするトコロがずるいんです」

イルカは困惑したように、口を噤んだ。
そんなイルカにカカシは微苦笑し、続けた。

「俺だって暇な訳じゃないんです。7班の子守の他に上忍としての任務も受けているし、未だに暗部からの任務要請もある。その俺が、プライヴェートの時間の殆ど全てを割いてアナタと一緒にいようとする理由が、アナタと単なるお友達になりたいからだなんて、有り得ないでショ?」
「……だからこそ、判らないんです。アナタのようなトップクラスのエリート上忍が、どうして俺みたいな平凡な中忍に興味を持つのか」
「トップクラスのエリート上忍が、平凡な中忍に興味を持つハズなんか無いでショ」
幾分か苛立たしげなカカシの言葉に、イルカは口を噤んだ。

「…やっぱり、アナタはずるいよ」
それだけ言うとカカシは箸を置き、立ち上がった。
「…カカシ先生?」
「帰ります。アナタは自分が恥をかくのは厭だけど、俺に恥をかかせるのは平気なんですね。でも、俺も恥をかくのは好きじゃないんです」
だから、帰ります__そう言って踵を返したカカシを、イルカは呼び止めた。
「待って下さい。『トップクラスのエリート上忍が、平凡な中忍に興味を持つ筈が無い』のなら、あなたはどうして……」
「どうしてなのか、アナタには判っているでショ、イルカ先生?」
イルカは暫く黙ったままカカシの後姿を見つめていた。
それから、口を開いた。
「『トップクラスのエリート上忍』では無くはたけカカシが、『平凡な中忍』では無くうみのイルカを好きだから__友人としてではなく、恋人として」
「良くできました」
振り向いて、カカシは微笑った。




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