(1)



「ナルト」
呼び止められてナルトが振り向くと、サクラが立っていた。
遠慮するような微笑を浮かべた“らしくない”姿に、ナルトはやや身構えた。
「最近…あの人のお見舞いに行ってる?」
やはりその事かと思いながら、ナルトは首を横に振った。
「俺が行ったら…俺よりあの人が辛いんじゃないかって思うから」
「…あの人が?」
聞き返したサクラに、ナルトは苦い笑みを見せた。
あの人__カカシ__は、ナルトの命令違反ぎりぎりの行動により一命を取り留めた。
だがそれは謂わば死を先延ばしにしただけだった。
脊髄に受けた損傷のせいで左半身は不随となり、二度と忍として任務に就く事は叶わなくなったのだ。
そして、壊死した写輪眼は摘出された。
本人の強い希望と外交上の理由から、はたけカカシは死んだとされ、今は里はずれで忍犬たちに世話され、ひっそりと暮らしている。
カカシが生きていると知っているのは、五代目火影のほかにはナルトとサクラのみだ。
そしてかつてカカシの恋人だったイルカは、今はナルトと共に暮らしている。

カカシの『死』を知らされた時、イルカは酷く取り乱した。
その任務は極秘だったがとても危険なものであった事は容易に察しがつく。
そしてその至極危険な任務にカカシが単独で赴いた事は、受付業務に携わっているイルカには隠しようも無かった。
イルカは自分の『裏切り』がカカシを追い詰めたのだと思い、自分を酷く責めた。
暫くはナルトを遠ざけ、酒に溺れた。
ナルトはそんなイルカを見ていられず、無理やりにイルカを抱いた。
そしてナルトの腕の中で、イルカはカカシの名を呼び続けた。
その日から、ちょうど2年がたとうとしている。
ナルトは時折カカシの見舞いに行っていたが、カカシが徐々に衰弱していくのは誰の目にも明らかだった。

「…そうかも知れない。でも…ね」
一旦、言葉を切り、それからまたサクラは続けた。
「もう一度だけ、お見舞いに行った方が良いと思うの。でないと……2度と会えなくなるから…」
ナルトの指が、幽かに震えた。
「そんなに…悪いのか?」
黙って、サクラは頷いた。
ナルトは、唇を噛んだ。
「俺たちのした事は…何なんだったってばよ」
「……ナルト?」
「俺はどうしてもカカシ先生を助けたかった。だから危険なのが判っていてサクラちゃんを連れてった。けど……」
サクラはナルトを見、それから視線を落とした。
「……ごめん、ナルト。私の医療術がもっと完璧なものだったら__」
「そうじゃないってばよ」
相手の言葉を遮って、ナルトは言った。
「俺はあの時、カカシ先生を助けようとした。どうしても、助けたかった。けど…俺のした事は、却ってカカシ先生を苦しめただけなんじゃないかって…」
ナルトは拳を握り締め、続けた。
「俺はカカシ先生からイルカ先生を取っちまった。その事に罪悪感を感じていて、埋め合わせにカカシ先生を助けようとしただけなんじゃないかって。カカシ先生はイルカ先生を苦しめたくなくて、自分から身を引いた。そして俺は…そんなカカシ先生の気持ちを利用してるんじゃないかって……」
「…イルカ先生を取っただなんて、そんな言い方するもんじゃないわ」
「サクラちゃん、俺は__」
「イルカ先生はね、自分の意思であんたを選んだのよ?」
サクラの言葉に、ナルトは自嘲気味に哂った。
「…そう、考えれば俺は楽になれる。でもそれじゃ、カカシ先生の気持ちはどうなるんだってばよ?それに、イルカ先生だって……」
ナルトは何度か、カカシが生きている事をイルカに伝えようとした。
だが、カカシがそれを許さなかった。
「俺はカカシ先生を助けようとして、却ってあの人の苦しみを長引かせちまっただけだってばよ。そしてカカシ先生が苦しめば…イルカ先生も、苦しむ」
「…ナルト」
「里抜けしようとしたサスケを止めようとした時も、俺は自分の事しか考えてなかったってばよ。サスケがどうしてあそこまで復讐に拘ったのか、それが何を意味するのか考えもしないで、ただ行かせたくなかったからサスケを止めた」

サクラは、胸の前で手をぎゅっと握りしめた。
ナルトの自責は、そのまま自分にも当てはまる。
あの時はただサスケを失いたくないという自分の気持ちだけで精一杯で、サスケの気持ちを思いやる余裕が無かった。

でも、と、敢えて明るく笑って、サクラは続けた。
「イタチさんの汚名が晴れてサスケ君も里に戻って来たんだから、それは良かったんじゃないの?」
「…俺がもっとサスケの事を理解してやれてれば、サスケは何年も大蛇丸の元で苦しまなくて済んだってばよ」
サクラは暫く黙ってナルトの横顔を見つめていた。
それから、ナルトの背中を思いっきり叩いた。
「…ってえ…!サクラちゃん、何すんだってばよ!!」
「私たちはね、誰も完璧なんかじゃないの。だから間違いも犯す。でもね、それを正す事も出来るのよ。ここでうじうじ悩んでたって、何の解決にもならないでしょ?」
「サクラちゃん……」
「もう一度、カカシ先生に会いに行って。自分が間違いを犯したと思うのならそれを正して。それが__手遅れに、ならない内に……」



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