あの人に再会した時、俺の時は8年前に戻った。
けれどもあの人は、俺に会った事も無いと言う。
「…済みません。いつもナルトがアナタの事を話しているもので、初めて会った人のような気がしなくて、つい……」
「そうですか、ナルトの奴。俺をダシにしてカカシ先生にラーメンでもたかっているので無ければ良いですけど」
そう言ってあの人は、照れたように、嬉しそうに笑った。
俺の時はしなやかに撥ね付けられ、行き場を失い、宙に浮いた。





(5)


カカシの帰って来る予定の数日前から、アスマはイルカに会うのを止めた。
イルカが『血の匂い』に苛まされたのは一度だけだったが、結局二人とも離れがたくなってしまい、ずるずると共寝を続けたのだ。
予定通りの日に、カカシは帰って来た。
そして予想通りに、アスマはカカシの待ち伏せを受けた。
「手を出したら殺すって、そう言ったよね」
言葉と裏腹に暢気とも言える口調で、カカシは言った__空気を重くするような殺気を漲らせて。
「……何の話だ?」
「任務に行っている間、式にイルカを見張らせてた。誤魔化しが通用すると思うなよ?」
誤魔化しが通用するなどと、アスマも思ってはいなかった。それにしてもわざわざ式を召喚してまでイルカを監視しているとは予想外だったが。

すぐに飽きるどころか、カカシは酷くイルカに執着している。或いは、アスマが思っていた以上に真剣にイルカを想っているのかも知れない。
もしそうならば、と、アスマは思った。

「…なあ、カカシ。お前が真剣にイルカの事を想っているなら__」
「真剣に決まってんでしょ?手を出したら殺すって言ったのも本気だよ?」
カカシのチャクラが右手に集中していくのを見て、アスマは身構えた。
任務の後で、カカシにはそれ程チャクラが残っていないものと思っていたのだ。が、どうやら移動の途上で回復したらしい。逆にアスマの方はその日の任務でチャクラを使い果たしていた。
「いいから落ち着いて俺の話を聞け。イルカは__」
「黙れ。言い訳は聞きたくない」
「言い訳じゃねえ。てめぇこそ黙って俺の話を__」
「やめて下さい…!」
睨み合う二人の間に飛び込んで来たのはイルカだった。
幽かに、アスマは舌打ちした。
「カカシさん…アスマさんを責めるのは止めて下さい。俺がアスマさんの所に__」
「俺が呼んだんだ。そして力ずくでイルカを抱いた。イルカに非は無い」
カカシは形の良い口元を歪めて嗤った。
「…仲、良いよね君タチ。でも庇い合ったって無駄だよ?何があったかは、式から報告を受けてる」
言って、カカシは一歩、イルカに近づいた。アスマは咄嗟にイルカを庇うようにして二人の間に割って入った。
幽かに、カカシの顔色が変わる。
「…カカシさん、あなたの部屋に行って話しましょう?」
「イルカ、止めろ。こいつは話して判るような相手じゃ無い」
「アスマさんはカカシさんを誤解してます__カカシさん。お願いですから……」
カカシは暫く黙っていたが、やがて踵を返した。
イルカはアスマを見、そしてカカシの後を追った。





「……痛かった…?」
力なく横たわる相手の髪を軽く撫でて、カカシは訊いた。
うつ伏せに横たわったまま、イルカは首を横に振った。
カカシは無防備な姿を晒す恋人の身体を、舐めるように見た。大分、無理はさせてしまったが、少なくとも傷つけてはいない。
それでも、カカシは自分のした事を後悔し始めていた。
これで明日イルカに任務が入れば、動きが鈍って下手をすれば命取りになり兼ねないのだ。
「俺の事…嫌いになった?」
「……いいえ…」
「だったら…何で?」
カカシはイルカの身体を仰向けさせ、間近に見つめた。
「何でアスマの部屋になんか行ったの?」
「……血の匂いが……」
「血の匂い?」
鸚鵡返しに、カカシは言った。
イルカは目を伏せた。
「血の匂いに…耐えられなくなってしまったんです」
「前もそんな事、言ってたよね。あの時は、アスマと寝てたのを誤魔化す為だったけど?」
「誤魔化す積もりなんかありません。本当に…どうしても耐えられなくなって……」
カカシは座りなおし、軽く溜息を吐いた。
「血の匂いで興奮したって訳?人を殺した後にヤらずにいられない奴は珍しくないけど」
「違います。俺は__」
「たった2週間だよ?どうして俺が帰るのを待っててくれなかったの?自分じゃ処理できなかった訳?」
「違います!そういう事じゃ……」

カカシはイルカの両腕を掴み、引き寄せた。
腰の鈍い痛みに、イルカは幽かに眉を顰めた。
激しく消耗させられたせいて、頭が朦朧とする。

「……アスマが…好きなの?」
「……はい…」
「俺との事は、ただの遊び?」
「違います。あなたの事も…好きです」
カカシは相手の顎に手を添えて、まっすぐに見つめた。
「俺には判らないよ。俺の事が好きなら、どうして平気で俺を苦しめるの?」
「…そんな積もりは__」
「嫉妬で気が狂いそうだよ。アナタを殺して、俺も死んでしまいたい…!」
強く抱きしめられ、息が止まりそうだとイルカは思った。
このまま殺されるなら、それでも構わない。
カカシが一緒に死んでくれるのなら、不安も感じない。
折れそうな程、強く抱きしめられながら、イルカはゆっくりと瞼を閉じた。
薄れてゆく意識の中で鮮血が迸り、やがて、全てが闇に消えた。



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