あの人に初めて会ったのは、俺が18、あの人が17の時だった。
あれから、もう8年が過ぎたのだ。
けれどもあの人に再会した時、俺の時は8年前に戻った。





(2)


「……アンタ…本気で言ってんの?」
「…否定はしません。俺が今まで他の人と一緒だったのは事実です」
淡々と語るイルカを、カカシは信じられない思いで見つめた。
「他の男と寝たって、認めるんだな?」
「…はい」
「どうして……?」
イルカは答えなかった。
カカシは暫くイルカを見据えていたが、やがて笑い出した。
「可愛いフリしてとんだ喰わせものだったんだな。アンタがそんな淫乱だとは知らず、俺は……」
途中で、カカシは言葉を切った。
「暗部に8年もいて、いい加減、擦れた筈だったのに、アンタみたいな狸に引っかかるなんて、自分の甘さに笑える」
「カカシさん、俺は__」
「言い訳なんか聞きたくない。それより、俺をコケにしてくれて、覚悟は出来てるんだろうな」
イルカは不安そうに表情を曇らせた。
が、それは一瞬の事だった。
身体の力を抜き、改めてカカシを見つめる。
「…お怒りはごもっともです。ですから、あなたの気の済むようにして下さい」
「俺がその気になればアンタなんか瞬殺出来る。それを判って言ってるのか?」
いや、と、カカシは続けた。
「あっさりとなんか殺してやんない。どこかに閉じ込めて鎖にでも繋いで、存分に痛ぶって泣き喚く姿をたっぷり楽しんでから殺してやる」
カカシの殺気に、イルカは身が竦むのを感じた。
つい今しがた、アスマに言われた言葉を思い出す。
カカシには気をつけろ、と、アスマは言っていた。
腹いせから言うのでも脅しで言うのでも無い。
カカシには、気をつけろ…と。

ゆっくりと、イルカは眼を閉じた。
抵抗しても無駄なのは判っている。力の差があり過ぎるのだ。
自分がどれだけ苦痛に耐えられるのかは判らない。だがその先にあるのが死ならば、耐える必要もないだろう。
何より、自分が死んでも哀しむ者などいない。
目を掛けてくれた三代目の恩義に報いられないのは心残りだが、三代目は多くの死を見送ってきた火影だ。自分などが死んでも、悲しみはすまい。

「__くそっ……!」
ヒュッと、風を切るクナイの音に、イルカは思わず目を開けた。
頚動脈から僅かしか離れていない位置に、深々とクナイが付き立てられている。
ざわりと、背筋が総毛立つのをイルカは感じた。
だがそれは、恐怖の故では無かった。
「……俺は…本当にアンタの事が好きだった……」
カカシの声が、泣いているかのように震える。
激しい罪悪感に、イルカは反射的にカカシの背に腕を回した。
「俺も…あなたが好きです。好きでなかったら、あなたの誘いを受け入れたりしません」
「今更そんな白々しい事を……」
「本当です!あなたから好きだって言われた時、凄く嬉しくて__」
カカシはイルカの手を振り払った。
そして、両腕を掴んでイルカの上体を起こす。
「だったら何でアスマとも寝るの?アスマの事も好きだから?」
「……はい…」
「冗談じゃない。それじゃ、遊女が何人もの客に『アナタだけ』って言うのと同じだ」
カカシは乱暴にイルカを突き放し、背を向けた。
「出て行け。そして、二度と俺に近づくな」









数日後。
その日、任務を終えて戻ったアスマの心は重かった。
イルカは見るからに初心で無垢で、他の上忍も目をつけているのは知っていた。だからなるべくイルカと一緒にいるようにしてイルカを護り、それとなく他の上忍たちを牽制していた。
だが長期の任務が入ればどうしてもイルカの側を離れざるを得ない。
そしてその隙に、カカシはイルカの心を奪ってしまったのだ。
あなたの事もカカシさんの事も真剣に好きですと、イルカは言っていた。
自分でも、この感情はどうしようもないのだ…とも。

軽く溜息を吐いたアスマは、背後の殺気に踵を返した。
振り向いて見るまでもない。カカシだ。
しかもチャクラを右手に集中させ、雷切を発動させようとしている。
「……何の用だ?」
「決まってるだろ。イルカを俺に譲れ」
アスマはまっすぐにカカシの眼を見つめた。
藍と朱の、色違いの眸を。
カカシが本気なのは、眼を見るまでも無く判った。
「…俺に脅しが効くと思ってるのか?」
「脅しじゃ無いよ。懇切丁寧にお願いしてんでしょ?」
身に滾らせた殺気とは裏腹に、どこか間延びした口調でカカシは言った。
「…てめぇみたいな人でなしの殺人鬼野郎に、イルカは渡せねえな」
「自分は聖人君子の積りか?同じ穴の狢の癖に」
低く、カカシは言った。押し潰されそうな殺気だと、アスマは思った。
それにしても、暗部宿舎のすぐそばでこんな殺気を放つなんて、正気の沙汰ではない。
こんな気狂いに見初められたイルカが哀れだ。
だがここで下手に争えば、自分が不在の時にカカシがイルカに何をするか、知れたものでは無い。
「……判った」
ぽつりと、アスマは言った。
言葉と共に、カカシの殺気が和らぐ。
「…誓うな?次に俺のイルカに手を出したら、その時は殺す」
「てめぇがイルカに無体な真似をしやがったら、俺が貴様を始末してやるぜ」
アスマの言葉に、カカシは笑った。
「俺がそんな酷い真似をする訳ないでしょ?イルカの事、愛してるんだから」
嬉しそうに言うと、カカシは姿を消した。
まるで玩具の奪い合いに勝ったガキだと、アスマは思った。



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