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自分をまっすぐに見つめる紫の瞳を、オラクルはじっと見つめ返した。
僅かに赤みがかった紫の瞳も、濃い金色の髪も、宝石のように美しい。顔立ちは同じな筈なのに、オラトリオの方がずっと派手やかな印象を見る者に与えるのはそのせいだろう。
「…奇麗な色だ…な」
すっと髪に指を絡められ、オラトリオは驚いて相手を見た。オラクルの白い貌が間近に迫り、心臓が高鳴る。
「子供の頃から、私たちはよく比べられた」
「――ああ…。誕生日まで同じ従兄弟だし、いつも一緒にいたからな」
オラクルの態度を訝しく思いながら、オラトリオは言った。オラクルは穏やかに微笑み、ついさっきまで平然と冷酷な言葉を吐いていたのと同じ相手だとは思えない。
「そんな偶然が、あると思うのか?」
言って、オラクルはオラトリオから離れた。意味が判らず、オラトリオは眉を顰める。
穏やかな微笑みは、跡形も無く消え去っていた。
「私たちは従兄弟なんかじゃ無い――」
双子なんだよ
「……」
何も言えぬまま、オラトリオはオラクルが続けるのを待った。
「私の両親はお前の両親より5年も前に結婚してたけど、ずっと子供は出来なかった。それで、双子の一方を引き取ったんだ」
オラクルの母親とオラトリオの母親は姉妹だった。10年前にオラクルの両親が事故死するまでは、家族ぐるみで親しく行き来していた。
「そして――お前の方を選べば良かったって、後悔した」
「そ…んな事、ねえだろ」
幽かに、オラクルは微笑った――憐れむように。
「聞いてしまったんだよ。オラトリオの方を貰えば良かったって、お父さんがお母さんに言っているのを。でも、お父さんよりもお母さんの方が、ずっと強くそう思ってたに違いないんだ」
私は身体が弱くて、手のかかる子だったから――視線を落とし、オラクルは言った。オラクルの母親も身体の弱い人だったから、病弱な子供を育てるのは負担だったのかも知れない。
「お前のお母さん、よくうちに看病に来てただろう?」
オラクルと伯母が二人とも寝込んだりした時に、自分の母親が泊りがけで手伝いに行っていた事を、オラトリオは思い出した。そんな時には、まだ幼かったパルスの面倒は、オラトリオがみなければならなかった。
オラクルは、口を噤んだ。両親――養父母――の諍う声が、脳裏に蘇る。
オラクルの母親は、夫と妹の仲を疑っていたのだ。妹が手伝いに来る度に、彼女の疑いは深まった。
判ってるわよ。
どうせあなたは、妹と結婚すれば良かったって思ってるんでしょう?
ヒステリックな声に、聞かなければ良かったと思った
何を言い出すんだ。
僕はただ、オラクルが病弱だから、君が大変だろうと――
金縛りにあった様に、身体が強張る
私が病弱だから、あなたの相手も満足にしてあげられないし、子供も産めない――こんな女と結婚して、後悔しているんでしょう?
諍いを聞いた時には、まだ子供で意味も判らなかった。けれども、言葉だけが恐ろしく鮮明に記憶に刻み込まれた。
そしてその日から、オラトリオと比較されるのが酷く苦痛になった。
オラトリオと比較されるたびに思った――生まれて来なければ、良かった…と。
「……オラクル……」
黙り込んでしまった従兄弟――兄――の名を、オラトリオはそっと呼んだ。
言うべき言葉が見つからなかった。
伯父がどんな積もりでそんな不用意な事を言ったのかは判らない。が、オラクルがどれほど傷ついたかは、想像に難くなかった。そして、オラクルが自分を嫌い、恨むのは、無理も無いと思った。
オラクルの両親が事故死した時、オラトリオの両親はオラクルを引き取ろうと申し出た。
が、オラクルはそれを、頑なに拒んだ。理由が判らず、オラトリオはオラクルの頑なさを恨めしくさえ思っていた。
今はただ、何も知らなかった事で自分を責めたい気持ちだった。
「オラクル。俺…は…」
もう一度、名を呼ばれ、オラクルは相手を見た。
美しい紫の瞳に傷ついた色を浮かべ、オラトリオがこちらを見つめている。
何故?――そう、オラクルは思った。
何故、お前がそんなに哀しそうにしている…?
両親が事故死した時の事を、オラクルは思い出した。
哀しくは無かった。ただ、途方に暮れた。
哀しんでいたのは、オラトリオの方だった――理由は判らないが。
引き取ろうという実父母の申し出を断ると、彼らは狼狽した。一旦は他人――血の繋がりはあっても――の手に渡しておきながら、今更どうする積もりなのだろうと、オラクルは思った。彼らは暫く悩んだらしかったが、結局、この時には自分たちが実の両親であるとは打ち明けなかった。
それを聞かされたところで、オラクルの決意は変わりはしなかったが。
「気が済んだか?」
やがて、オラクルは言った。
「お前は理由を聞きたかったんだろう?これで、気が済んだか?」
「オラクル……」
オラクルは、軽く溜息を吐いた。
「理由なんか聞いても、何の解決にもならない――」
言って、オラトリオをまっすぐに見据える。
「お前が何かした訳じゃない。お前に罪がある訳でもない。それでも……」
私は、お前が嫌いだよ
今までも、これからも――そう、オラクルは付け加えた。
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