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ああ…また、だ

これで3度目ともなれば、気付くのも早かった。
理由は判らない――判りたくもない。
けれども、オラトリオの愛した相手は、いつもなぜかオラクルが奪ってゆくのだ。

オラトリオが打ち合わせを終えて従兄弟のマンションに着いた時、コードとオラクルは、リビングでお茶を飲んでいた。嫌、正確に言えば、コードはティーカップに口をつけもしなかったが。
「今日はちょっと用事があって、会社は早退したんだ」
穏やかに微笑んで、オラクルは言った。そして、でも、と続ける。
「出掛けて来るから、好きにしてて良いよ」
「――そいつは…」
言いかけて、オラトリオは口篭もった。年上の恋人が酷く不機嫌そうなのが、見るからに明らかだったから。そしてそれにも拘わらず、オラクルはいつもと変らぬ態度を保っていたから。
「……それじゃ追い出すみてぇで悪いし。とりあえず俺が飯、作るから、3人で食わねえか?」
言って、オラトリオはオラクルを見た。オラクルは、コードを見ていた。その視線を辿り、オラトリオもコードを見た。
思わず、拳に力が篭もるのを、コードは感じた。
この二人は、決定権をこちらに与える事によって、責任も押し付けようとしているのだ。
卑怯だ。と言うより、こすからい。
改めて視線を向けると、恋人は慌てたように目を逸らした。

何かが、コードの中で幽かに音を立てて砕けた。

「用事があるなら、出掛ければ良い」
オラクルに向き直り、コードは言った。オラクルの形の良い眉が、ほんの少しだけ、顰められる。
「だが、俺様達に気を使って出掛ける必要など無いぞ?」
オラクルはすぐには答えなかった。が、優しく――本当に、信じられないくらい奇麗に――微笑むと、穏やかに言った。
「だったら…三人で一緒にご飯にしよう」



3時間後。
オラクルの部屋を出、オラトリオはコードを送っていった。
「…コード?」
無言で、足早に先を歩く恋人の名を、オラトリオは呼んだ。
その声は甘さを孕み、類希に美しい。
背筋がざわりと粟立つのを、コードは覚えた。口惜しいが、身体は時に心を裏切る。
「どうして…怒ってるんです?」
僅かに歩調を緩めた相手を、オラトリオは背後から抱きしめた。
夜のこの時間ともなれば、閑静な住宅街であるこのあたりには、殆ど人通りも無い。それでも、他人に見られる危険を冒す事は、普段のオラトリオならしなかった。
「オラクルの予定が急に変わって部屋にいたからって、怒らなくても良いでしょう?」

もともと、あいつの部屋なんだから

首筋に軽く触れて来る唇の感触に、コードは血が滾るのを覚えた。それが、オラクルとの情事を思い起こさせる。
オラトリオはコードにくちづけを繰り返しながら、街灯も無い脇道に連れ込んだ。そして、服の上から愛撫する。

――いつも…オラトリオにはどんな風にされてるんだ?

オラクルの言葉が、コードの脳裏に蘇った。
用事があって、仕事は休んだのだとオラクルは言っていた。急に予定が変わった訳では無いのだ。初めから、オラクルは部屋にいる積もりだった――コードを待ち構えて。
「――コード…?」
乱暴に手を振り払われ、オラトリオは相手を見た。
闇の中で、琥珀色の瞳が美しく煌く。
だがその色には、近寄りがたい冷たさがあった。
「……どういう積もりだ、貴様」
「どう…って、何がです?」
「とぼけるな…!」
言い捨てて、コードはその場から歩み去ろうとした。そのコードを、オラトリオは背後から抱きしめた。
「言ってくれ――俺には本当に判らない――何があったんだか…」
縋るような想いで、オラトリオは言った。今ここでコードを離してしまったら、二度と戻っては来ない――怖れに似た感情に動かされるままに、オラトリオは恋人をかき抱いた。
「……コード……」
耳元で囁かれる美声に、コードは身体の芯が疼くのを覚えた。それがオラクルに散々、弄ばれた結果なのだと思うと、酷く腹立たしい。

オラトリオは、良いって…構わないって…

もう一度、コードはオラトリオの腕を乱暴に振り払った。剣道で鍛えられた身体には、外見の華奢さに似合わぬ力がある。
「貴様は俺様を、オラクルに売り渡しただろう」
「売り渡した……?」
思ってもいなかった言葉に、オラトリオは驚いて聞き返した。
「ああ、そうだ。お前達、二人で仕組んだ事だろう?俺様に薬を盛って――なぶり者にして……」
語尾が幽かに震えるのを、コードは口惜しく思った。こんな事を、言うつもりは無かった。全てを忘れ、もう二度と、オラトリオには会うまいと思っていたのに。
「嘘――でしょう?」

オラクルが、そんな事を

する筈が無いと、言葉を続けられなかった。言えば、コードを疑う事になる。けれども言わなければ、オラクルを貶める事に……
美しい暁の瞳が、傷ついた色に歪むのを、コードは不本意に思いながら見つめた。
ぎり、と、唇を噛み締める。
今まで、何度も――無言で――繰り返した問い。
それが今、こんなにも自分を責め苛んでいる。
「――貴様……」
コードの唇から、軋むように言葉が漏れた。

俺様とオラクルと、どちらが大事だ……?



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